褒美
◇◆◇◆
────ソラリスの世界に帰還した翌日。
戦争は終結した。
「あちらは全面的に降伏するとのことです。いかなる賠償にも応じる所存と伺っています」
ジークは敵国からの手紙を一瞥し、こちらに目を向けた。
『どうしますか?』と問い掛けるように。
「なら、国を丸ごと寄越すよう言え。その反応によって、王族皆殺しか領主として再利用か決めろ」
執務机に並べられた書類を眺めつつ、私は淡々と答えた。
すると、ジークは来客用のソファに座ったまま顔を上げる。
「分かりました。では、細かい対応は宰相のアリシア大公に任せることにします」
「ああ」
『アリシアなら、上手くやるだろう』と思い、私は首を縦に振った。
と同時に、ジークが資料のページを捲る。
「それから、罪を自白してきた者達についてですが」
「もう白旗を上げてきた奴が、居るのか?」
「はい。現在把握しているだけでも、二百人ほど」
「思ったより、多いな」
昨日の演説からまだ一晩しか経っていないこともあり、私は少し驚く。
『案外、素直なやつが多いな』と感心する私を前に、ジークは苦笑を漏らした。
「恐らく、イザベラ様の存在を恐れているんだと思います。三年前の……イザベラ様が出立する前の状況を知っている者なら、尚更」
『罪人がどのような末路を辿るのか、知っていますから』と語り、ジークは居住まいを正す。
「それで、罪を自白してきた者達についてですが」
話を元に戻し、ジークはおもむろに天井を見上げた。
「一先ず、各地の公共施設や領主の屋敷に閉じ込めています。尚、貴族については即刻皇城へ移送して留置済み。事実確認が取れた者から、規定の八割程度の罰を与えています」
『通常より、二割ほど処罰を軽くするように』という指示のもと動いているジークに、私は目を細める。
「よくやった。そのまま、進めてくれ」
「分かりました」
『お任せください』と言い、ジークは胸を張る。
私の不在の穴埋めをしていく間に成長したのか、以前よりずっと頼もしくなっていた。
『顔つきも随分と良くなった』と考える中、彼はふとこちらを向く。
「あっ、それと────アランに頼んで、見張りとして残ったリカルド団長達を呼び戻しています。魔道具などを使って移動しているため、もうじき皇城に着く頃かと」
執務室の窓から外を眺めながら報告するジークに、私は相槌を打つ。
「そうか。では、帰還でき次第ここにリカルド・セザール・アリシア・アラン・リズベットを集めてくれ」
『話したいことがある』と明かし、私は黄金の瞳を見つめ返した。
「無論、ジーク。お前もな」
────と、告げた数時間後。
私は執務室に集まった面々を見やり、おもむろに足を組む。
と同時に、執務机の上で頬杖をついた。
「貴様ら、六人に────褒美をやる」
開口一番そう告げると、ジーク達はパチパチと瞬きを繰り返す。
困惑を隠し切れない様子の彼らに対し、私は肩を竦めた。
「今回はかなり無理をさせたからな。何でも一つ願いを叶えてやろう」
ここ三年の献身と尽力を鑑みて、私はかなりの大盤振る舞いをする。
────が、ジーク達はあまり嬉しそうじゃなかった。
「そ、そんな……褒美なんて、いただけません」
「私達はそれほどの働きをしていませんから」
「及第点と呼ぶのも、烏滸がましい有り様です」
即座に辞退の意思を示すジーク・リズベット・リカルドの三人は、少しばかり表情を硬くする。
『自分達に褒美をもらう資格などない』と考えている彼らに、アリシア・セザール・アランも同調した。
「むしろ、ここ三年で生じた損害を補填するべき立場かと」
「お与えになるなら褒美ではなく、罰を……」
「そうじゃなきゃ、俺達の気が済みません」
それぞれ歯を食いしばり、手を握り締め、表情を強ばらせる。
責任感という名の罪悪感を前面に出す彼らに対し、私は一つ息を吐いた。
「貴様らは本当に────面倒臭いな。私がやると言っているのだから、素直に受け取っておけばいいだろう」
『何故、こうも理屈っぽいんだ』と呆れ、私は小さく頭を振る。
謙虚な態度に嫌気が差す中、ジークはそっと眉尻を下げた。
「で、ですが……」
「くどい。他の誰でもない私が、『褒美を与える価値がある』と判断したんだ。貴様らはただそれに従えばいい」
『私の判断が間違っていると言いたいのか』と威圧すると、ジーク達は一先ず口を閉じる。
でも、決してこちらの言い分を受け入れようとはしなかった。
『どうにか、穏便に褒美を断れないか……』と視線をさまよわせる彼らの前で、私は腕を組む。
「それでも納得いかないと言うのなら、言い方を変えよう」
床に跪く面々を見下ろし、私はゆっくりと口を開いた。
「ジーク、リズベット、リカルド、アリシア、セザール、アラン────命令だ、褒美を受け取れ」
「「「!」」」
押し売りと言っても過言ではない強引なやり方に、ジーク達はハッと息を呑む。
と同時に、小さく肩を落とした。
こう言われてしまっては、もう反発など出来ないからだろう。
『皇命は絶対』というアルバート帝国の在り方を思い浮かべ、ジーク達はようやく────
「「「ご用命、賜りました」」」
────頭を垂れた。
どこか吹っ切れた様子で顔を上げる彼らに対し、私はゆるりと口角を上げる。
「では、一人ずつ願いを述べろ」
椅子の肘掛けに寄り掛かりながら、私は返答を促した。
すると、リズベットが真っ先に手を上げる。
「学校の卒業式に恩師様も出席していただきたいです」
「!」
ピクッと僅かに反応を示し、私はリズベットのことを凝視した。
てっきり、家族になりたいだのなんだの言い出すかと思っていたため。
少なくとも、自分自身のために褒美を使うと予想していた。
第一────
「────今年、学校を卒業出来るやつが居るのか?」
リズベットの運営する学校は、基本三年制。
なので、順当に行けば今年が初の卒業式となる。
だが、私の不在だった三年のうち二年は戦争問題により勉強どころじゃなかった筈だ。
『登下校すら、ままならない状況だっただろう』と考える中、リズベットはしゃんと胸を張る。
まるで、己のことを誇るように。
「居ます。それも────開校と同時に入学した生徒全員」
「なんだと?」
思わず目を見開く私は、『どうやって、登下校や授業を?』と訝しんだ。
別に嘘を言っているとは思っていないが、とても信じられなくて。
『リズベットに限って、卒業のハードルを下げる訳ないし』と思案する私を前に、彼女は説明を口にする。
「実は戦争の間だけ、寮制度に切り替えて生徒や教師を学校の敷地内に留めていたんです。それで、外界との行き来を完全に遮断する強力な結界を張り、学校生活を続けていたという訳です」
『もちろん、結界はもう解きましたよ』と述べつつ、リズベットはふと天井を見上げた。
「自給自足に近い環境だったのでトラブルも多かったでしょうが、全員で力を合わせて乗り越えてくれました。なので、そのお返しと言ってはアレですが……人気も知名度も高い恩師様に彼らの門出を祝っていただきたいんです」
『きっと、いい思い出になるでしょうから』と語り、リズベットはこちらを見つめる。
切実な願いであることを訴え掛けるように。
「────分かった。その願い、叶えてやる」




