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絶体絶命《ジーク side》

「あともうちょっと持ってほしかったんだけどな……!」


 魔剣だった鉄の塊を投げ捨て、アランは暗器を構える。

『ここから先は、完全に自分の力だけで戦わないといけない』というプレッシャーを感じながら、彼は敵に斬り込んだ。

文字通り身を削って時間を稼ぐアランの前で、俺は扉に手を伸ばす。


「危ない……!」


 悲鳴にも似た声色でそう叫び、俺の背中に覆い被さったのは────アリシア大公だった。

勢い余って押し倒してくる彼女は、声にならない声を上げる。


「あ、アリシア大公……?」


 俺は転倒した体勢のままゆっくりと後ろを振り返り、戦慄した。

だって、アリシア大公の背中に大きな刀傷があったから。

一目で重傷と分かるソレを前に、俺はゆらゆらと瞳を揺らす。

────と、ここでアランが俺達の前に躍り出た。


「ジーク様だけでも、逃げてください!」


 『アリシア大公はもう見捨てるしかないです!』と告げ、アランは向かってきた敵を蹴り飛ばす。

と同時に、別の敵へ暗器を投げつけた。


「イザベラ様の代理である貴方の死は絶対に避けなければ、なりません!だから、早く!」


 『貴方を失ったら、国として成り立たない』と主張し、アランは予備の暗器を取り出す。

少しばかり表情を険しくする彼の前で、アリシア大公は僅かに身を起こした。


「ジークさ、ま……どう、か帝国を……お願いしま、す……」


 未来を俺に託し、アリシア大公は最後の力を振り絞って上から退ける。

半ば倒れ込むようにして横へ転がる彼女を前に、俺は表情を強ばらせた。


 そんな……俺だけ助かっても、意味が……いや、分かっている。

アルバート帝国の存続には、俺が必要不可欠なんだって。

だから、誰を犠牲にしてでも生き残らないといけない……だけど、こんなの……。


 グッと強く手を握り締め、俺は目の前の現実に絶望した。

が、ここで無惨に命を散らせばアリシア大公の犠牲もアランの尽力も無駄になるため腹を括る。

己の無力さを呪いながら立ち上がり、ドアノブに手を掛けた。

その瞬間、大勢の人間が一斉に動き出したような気配を察知する。

『俺に集中攻撃でも仕掛けるつもりか』と考える中────噎せ返るような血の香りが、鼻を刺激した。


「アラン……」


 反射的に後ろを振り向いた俺は、匂いの発生源である赤髪の男性を見て青ざめる。

何故なら、侵入者達の斬撃を全て体で受け止めていたから。

俺を守るために。


 まだ辛うじて息はあるみたいだけど、先が長くないのは俺でも分かる……。


 『血だらけ』なんて表現じゃ生ぬるいと感じるほど重傷のアランを前に、俺は立ち竦む。

頭の中が真っ白になるような……目の前が真っ暗になるような感覚を覚えつつ、小刻みに震えた。


 に、逃げないといけないのに……体が上手く動かない。

呼吸さえもままならなくて、気が遠くなる……。

やっぱり、俺は一人じゃ何も出来ない……あの頃と何も変わらない、弱者のままだ。

近頃はずっとイザベラ様や皆と一緒に居たから、己の立場を勘違いしていただけで……。


「────いや、違う……そうじゃないだろう」


 恐怖と不安でいっぱいになる己を律し、俺は前を向く。


「今は弱者とか立場とか関係ない。そんな御託を並べている暇があったら、前へ進め!」


 『アリシア大公とアランの献身を無駄にする気か!』と奮い立ち、俺はドアノブを回した。

と同時に、背中や肩へ痛みが走る。

より一層濃くなる血の香りを前に、俺は何とか扉を開けた。


 逃げなくては……帝国の未来を守るために。


 『絶対に生き延びるんだ』と自分に言い聞かせ、俺は一歩を踏み出す。

その刹那、脇腹を剣で貫かれた。


「っ……!」


 痛みのあまり転倒しそうになる俺は、ドア枠に手をついてどうにか耐える。

でも、そんなの悪足掻きにしかならなくて……追撃を受けた。

その結果、俺の体は穴だらけとなり、廊下の方へ倒れ込む。


「だ、れか……」


 上半身だけ執務室から出た状態で、俺は助けを呼んだ。

が、大した声量じゃないため誰にも届かない。

────と、ここで侵入者達が剣を振り上げた。

俺へトドメを刺すために。


 これで、終わり……なのか?

結局、何も成せず……約束も果たせず……負け犬のまま、死んでいくのか?


 あまりに無力で無様で無惨な最期に、俺は歯を食いしばる。

見苦しくても何でもいいから、現状に抗いたいのに……もう指先を動かす力も残ってなくて。

ただただ、侵入者達の動向を見守ることしか出来ないのが悔しかった。


「イザ、ベラ様……」


 掠れた声で愛する人の名前を呼び、俺は一筋の涙を流す。

と同時に、侵入者達が剣を振り下ろした。


「────待たせたな、ジーク」


 聞き覚えのある声が……恋しくて堪らなかった声が耳を掠め、俺はハッと息を呑む。

その瞬間、目の前の侵入者達が吹き飛んで天井や壁に体を強打した。

くぐもった声を上げて気絶する彼らを他所に、俺は破顔する。

だって────すぐそこに銀髪黒目の少女が、居たから。


 この瞬間をどれほど、待ちわびたことか。


「イザベラ様……!」


 今度はちゃんと……声が途切れることもなく名を呼び、俺はうんと目を細めた。

すると、彼女はちょっと呆れたように笑う。


「怪我が悪化するから、少しじっとしていろ」


 『その状態で何故、笑えるんだ』と言いながら、イザベラ様は人差し指を上に向けた。

それを合図に、俺やアランの体が宙を舞う。


「本当に危機一髪だったようだな。こんな重傷でよく生きていたものだ、全員」


 半ば感心しつつこちらに手を翳し、イザベラ様は治癒魔法を展開した。

見る見るうちに塞がっていく俺達の傷口を前に、彼女は横髪を手で払う。


「ほら、もういいぞ」


 『完治した』と告げ、イザベラ様は浮遊魔法を解いた。

と同時に、俺達は床へ着地する。


「あ、あの!イザベラ様……!」


「待て。お互い言いたいことは山ほどあるだろうが、今はとにかく状況を説明しろ」


 片手を上げて制止し、イザベラ様は『情報共有が最優先だ』と説いた。

何となく、戦争のことを察知して危機感を抱いているのだろう。


「分かりました。でも、先に一つだけよろしいでしょうか?」


 『どうしても、これだけは……』と乞う俺に対し、イザベラ様は


「なんだ?」


 と、話の先を促した。

両腕を組んでこちらを見つめるイザベラ様の前で、俺は膝を折る。

満ち足りた気分になりながら頬を緩め、俺は顔を上げた。


「おかえりなさいませ、イザベラ様」


 黒の眼を見つめ返してそう述べると、アランとアリシア大公も俺の後に続く。


「無事に帰ってきてくれて、何よりです」


「生きている間にイザベラ様と再会出来たこと、大変嬉しく思います」


 俺と同様に跪くアランとアリシア大公は、深々と頭を下げた。

言動の端々に喜びを滲ませ、ちょっとだけ涙ぐむ。

────と、ここでイザベラ様がゆるりと口角を上げた。


「ああ。三人とも、これまでご苦労だった」


 『よく留守を守ってくれた』と褒め、イザベラ様はポンッと俺達の頭を順番に撫でる。

それだけで、ここ三年の頑張りが全て報われたような気がした。

自然と肩から力を抜く俺達を前に、イザベラ様は横髪を耳に掛ける。


「では、改めて状況説明を頼む」


 その言葉を合図に、俺達は身も心も引き締めた。

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