戦争準備《ジーク side》
「でも、これだけは断言出来る────イザベラ様はいつか必ず帰ってくる」
金の瞳に確信を滲ませ、俺は真っ直ぐ前を見据える。
「だから、俺はイザベラ様の帰る場所を何としてでも守り抜くつもりだ。けど、君達にまでその役目を負わせる気はない。逃げたいなら、逃げてもらっていい」
『きっと、イザベラ様なら強制はしないだろうから』と言い、俺は表情を硬くする。
「ただ、決断は早めにしてほしい」
『というか、した方がいい』と主張し、俺は顎に手を当てた。
「実はさっき、一部の貴族から宣戦布告を受けてね……近々戦争になりそうなんだ」
「「「!?」」」
騎士や使用人達は大きく目を見開き、こちらを凝視する。
ここ最近ずっと平和だったこともあって、動揺を隠し切れないようだ。
「イザベラ様の居た頃と違って、相当危険な戦いになると思う。君達にも、被害が及ぶかもしれない。だから、ここに残るなら覚悟してほしい」
────死ぬことを。
とは言わずに、俯いた。
その可能性を口にするのも、なんだか恐ろしくて。
『現実になりそうで、不安なんだ』と憂慮する中、カミラが
「私は……!」
と、声を上げた。
目にいっぱいの涙を溜めながらこちらを見る彼女は、口元に力を入れる。
「私は────残ります!死ぬまでイザベラ様に仕えるって、もう決めているので!」
半ば叫ぶようにして宣言し、カミラは手を強く握り締めた。
「もう二度とイザベラ様に会えないかもしれないのは、辛いけど……でも!自分の出来ることを精一杯やりたい!それが、巡り巡ってあの方のためになるから!」
僅かに身を乗り出し、カミラは強い意志と覚悟を示した。
すると、それに触発されたのか他の者達も決意を固める。
「自分も同じ気持ちです!」
「私も……!今こそ、イザベラ様への恩を返す時だと思うので!」
「国の一大事に逃亡を選択なぞ、騎士の名折れ!命を賭して、戦いますとも!」
「イザベラ様の帰る場所を守り抜くその役目、是非一緒に背負わせてください!」
次々と残留の意向を示し、彼らは明るく笑ってみせた。
本当は怖くてしょうがないだろうに。
有り難いな、本当に。
まさか全員残ってくれるとは思ってもなかったため、俺は安堵と歓喜を覚える。
と同時に、イザベラ様の築き上げた信頼と人望を強く感じた。
『やはり、あのお方は凄いな』と実感しつつ、俺は少しばかり表情を和らげる。
「皆の気持ちはよく分かった。共にイザベラ様の帰る場所を守ろう」
一人一人の顔を見てそう言い、俺はスッと目を細めた。
「じゃあ、今日のところは解散だ」
『詳しい話はまた後日』と告げ、俺は大広間を後にする。
そして、次に向かったのは────学校だった。
目的はもちろん、リズベット様に会うため。
戦争となれば、リズベット様のお力が必ず必要になる。
我々だけでは、正直これからの戦いに勝てる気がしないから。
『情けない話だけど……』と肩を落としながら、俺は応接室のソファに腰掛ける。
────と、ここでリズベット様が姿を現した。
それも、転移魔法を使って。
「用件は何ですか?まあ、大体予想はついてますけど」
両腕を組んでこちらを見下ろし、リズベット様は『早くしてください』と急かす。
なので、俺は挨拶などを飛ばして一先ず
「近いうちに戦争が巻き起こるので、その協力を要請しに来ました」
本題を切り出した。
下手に会話を長引かせると、リズベット様の機嫌を損ねてしまうため。
「なるほど、案の定ですね」
リズベット様は大して驚いた様子もなく、戦争の話を受け止めた。
かと思えば、深紅の瞳に冷たい感情と熱い意志を宿す。
「協力要請、確かに承りました。恩師様の居場所を奪おうとする輩は、絶対に許しません」
『私が必ず排除します』と断言し、リズベット様はこちらへ手を伸ばした。
「とはいえ、今すぐの合流は難しいです。理事長として、学校の今後や生徒の安全対策を立てねばなりませんから。なので、準備が出来次第こちらから出向くことにします」
『迎えの馬車なんかは不要です』と告げ、リズベット様は俺の額を指で弾く。
「だから、今日のところはお引き取りください」
その言葉を合図に、俺は尻餅をついた。
『えっ?』と思わず声を出す俺は、キョロキョロと辺りを見回す。
すると、見覚えのある天井や家具を目にした。
ここは……イザベラ様の執務室?もしかして、転移したのかな?
『じゃあ、バランスを崩したのは座ったままの状態だったから?』と思案しつつ、俺は立ち上がる。
「とりあえず、アリシア大公達に協力要請が通ったことを報告しに行こう」
『リズベット様の訪問の件も話しておかないといけないし』と思い立ち、俺は部屋を出た。
その足でアリシア大公の元へ赴き、リカルド団長やアランも呼び寄せ、情報共有を行う。
『良かった』と胸を撫で下ろす彼らの前で、俺は一先ず通常業務に戻った。
出来れば、作戦会議を行いたかったんだけど……さすがにリズベット様抜きで、話を進める訳にはいかなかったから。
『戦争開始まで一応まだ猶予はあるし、焦らず行こう』と自分に言い聞かせる中────一週間ほど経過する。
いよいよ待つのも限界に差し掛かり、催促すべきか悩んでいると、リズベット様が姿を現した。
今度は扉から。
多分、イザベラ様の執務室に転移した後こちらへ歩いて来たんだと思う。
もし、門から入ってきていたなら報告が上がってくる筈なので。
『それに何となくこうなる気はしていたし』と肩を竦め、俺は席を立つ。
と同時に、リズベット様がこちらを見据えた。
「お待たせしました。作戦会議を始めましょう」
もう時間がないことを自覚しているのか、リズベット様は早々に本題へ入る。
なので、俺は慌ててリカルド団長・アリシア大公・アランを招集した。
執務室のソファに腰掛ける面々を前に、俺は手を上げる。
「じゃあ、まずはリズベット様の実力を教えていただけませんか?」
『出来るだけ、率直に』と付け足す俺に対し、リズベット様は小さく頷いた。
「私はおよそ、恩師様の十分の一……いえ、二十分の一くらいの実力です。魔法においては」
おもむろに自身の手のひらを見下ろし、リズベット様は神妙な面持ちになる。
「正直、剣術や体術は得意じゃありません。強化魔法を使って力任せに戦うことは出来ますが、技などはないので」
グッと手を握り締め、リズベット様は小さく息を吐く。
作戦を立てるためと言えど、己の苦手分野や弱点を晒すのは不服な様子。
『まあ、それが普通の感覚だよな』と感じる中、彼女は顔を上げた。
「とはいえ、恩師様に鍛えられたこの私が負けることなどそうそう無いでしょう。魔力切れにでもならない限り」
『もちろん、そんなヘマはしませんけど』と言い、リズベット様は自身の胸元に手を添える。
「なので、基本は────敵兵を殺さず制圧するスタイルで、行きます」
「「「!?」」」
俺達は衝撃のあまり言葉を失い、ただただリズベット様のことを凝視した。
すると、彼女は覚悟の決まった顔で前を見据える。
「恩師様なら、きっとそうするでしょうから。私はあの方の弟子として、その信念を引き継ぎたいのです」




