建国記念パーティー《ジーク side》
「えっ!?マジで!?」
『絶対、却下されると思ったのに!』と驚き、アランはこちらを凝視する。
落ち着かない様子で身動ぎする彼を他所に、俺は手を組んだ。
「とはいえ、あまり大きな騒ぎ……というか、表立った動きは出来ないかな。自作自演だとバレる可能性が、高まるから」
その作戦の懸念点を述べる俺に、リカルド団長は難しい顔をする。
「そうですね。隠蔽しやすい規模かつ信憑性のある内容にしなければ」
「となると、研究中に起こった事故の対処というのが一番現実的ですね」
『これなら、関係者を絞れるのでバレる心配が減ります』と説明し、アリシア大公は詳細を詰めていく。
おかげで、あっという間に話し合いを終えられた。
『さすがは宰相』とアリシア大公の手腕を褒めつつ、俺達はそれぞれ準備に勤しむ。
────そして、ついに建国記念パーティー当日を迎えた。
「さて、気を引き締めていこうか」
パーティー会場へ繋がる観音開きの扉を見据え、俺は一つ深呼吸する。
『打ち合わせ通りにやれば、大丈夫』と心の中で繰り返し、姿勢を正した。
その瞬間、
「────ジーク・ザラーム・アルバート様のご入場です!」
目の前の扉が開く。
露わになった会場内を前に、俺はゆっくりと歩き出した。
案の定とでも言うべきか……俺だけの入場に皆、違和感を持っているようだ。
開始時刻を大幅に過ぎているということもあって、余計に。
まあ、突発的なトラブルに見えるよう敢えてそうしたんだけど。
『時間通りの進行だと、わざとらしいから』と思案し、俺は周囲から突き刺さる視線を受け流す。
と同時に、玉座の前まで辿り着き、後ろを振り返った。
「皆の者、待たせてすまない」
会場に居る面々を見やり、俺は少しばかり背筋を伸ばす。
「実は研究のことでトラブルがあり、開始時刻に間に合わなかった。最悪なことにまだ解決の目処も、立っていない状態だ。対処を行っているイザベラ様が、ここに来るのは難しいだろう」
予め考えておいたセリフを述べ、俺は少し表情を曇らせた。
突発的なトラブルに辟易している様を見せるために。
「せっかく帝国の誕生を祝う席へ来てもらったのに、こんなことになってしまい申し訳ない。さぞ落胆したことだろう」
そっと眉尻を下げ、俺は自身の胸元を握り締める。
「だが、安心してほしい。建国記念パーティーはきちんと執り行う。俺ジーク・ザラーム・アルバートが、責任を持って」
『イザベラ様の代理を務め上げてみせる』と表明し、俺は少しばかり身を乗り出した。
「では、早速建国記念パーティーを始めよう」
『まずは乾杯から』と言い、俺は使用人の一人からグラスを受け取る。
赤いワインの入ったソレを一瞥し、俺は一歩前へ出た。
「アルバート帝国の栄光と平和を祈って────乾杯」
その言葉を合図に、俺はグラスを軽く持ち上げる。
すると、他の者達もソレに倣う。
一先ず、打ち合わせ通りに進行したけど……周りの反応はどうかな?
まだ訝しんでいる?それとも、こちらの言い分を信じた?
『後者であってほしいな』と切に願う中、オーケストラが音楽を奏でる。
パーティーの始まりを告げるように。
「ねぇ、先程のお話どう思いました?」
「正直、ちょっと違和感あるわよね」
「建国記念パーティーを欠席なんて、普通は有り得ないからな」
「トラブルの内容にもよりますけど、大抵の場合はパーティーの方を優先しますよね」
余程大変なトラブルなのか、はたまた別の理由があるのか……貴族達は疑心暗鬼に陥っていた。
こちらの言い分を全面否定してないだけまだマシだが、あまりいい状態とは言えない。
今日のところは何とかやり過ごせそうだけど……そんなの一時凌ぎにしか、ならないだろうな。
『和やか』とは程遠い雰囲気のパーティー会場を前に、俺は玉座の方へ向き直る。
『平和に過ごせるタイムリミットは、もうすぐそこまで迫ってきている』ということを痛感しながら。
「そろそろ、激闘に備えた方がいいかもしれないね」
────という考えは、実に正しかった。
何故なら、建国記念パーティーの半年後に宣戦布告を受けたから。
多分、時間の経過と共に『イザベラ様は今、動けない状態』であることを確信したんだと思う。
姿を見せなくなって、もう一年だからね。
ひた隠しにするのも、そろそろ限界だ。
今回、反旗を翻してきた貴族に限らず民衆も異常を感じ取っているだろうし。
などと思いつつ、俺は執務室に集まったいつもの面々を見やる。
「いい加減、周りに事情を説明するべきかな」
顎に手を当ててそう意見すると、アリシア大公が真っ先に頷いた。
「そうですね。このままでは、情報錯綜も有り得ますし」
「味方には、きちんとお話しするべきかと思います」
「もう隠し通すメリットも、ないですしね〜」
リカルド団長やアランも賛同の意を示し、前を見据える。
少しばかり表情を引き締める彼らの前で、俺は席を立った。
「では、早速説明を行うとしよう。皆を大広間に集めてくれ」
────と、指示した三十分後。
皇室に仕える騎士や使用人が、一堂に会した。
突然の召集に戸惑っている様子の彼らを前に、俺は胸元を握り締める。
『真実を伝える』という決断に後悔はないけど、やっぱり緊張するな。
だって、絶対的強者であるイザベラ様の不在は皆にかなりのショックを与えるだろうから。
少なくとも、『皇室に仕えれば将来安泰』という安心感は消える筈。
『最悪、集団パニックに陥りそうだ』と思案しながら、俺はそっと眉尻を下げた。
その瞬間、アリシア大公がわざとらしく一回咳払いをする。
と同時に、騎士や使用人は口を閉ざした。
「全員集まったようなので、話を始めます」
アリシア大公は綺麗に整列して待機する面々を前に、背筋を伸ばす。
「まずは急な呼び出しにも拘わらずお集まりいただき、ありがとうございます。お話自体は直ぐに終わりますので、きちんと聞いていただけますと幸いです」
『皆さんの今後にも関わることですから』と念を押し、アリシア大公はふとこちらを見た。
「では、ジーク様。詳しい説明をお願いします」
バトンタッチを告げるアリシア大公に対し、俺は小さく頷く。
『さあ、出番だ』と自分に言い聞かせ、俺は顔を上げた。
「話というのは、他でもないイザベラ様のことだ」
そう前置きすると、騎士や使用人達はピクッと反応を示す。
これまで所在はおろか、近況も知らされなかったため気になるようだ。
食い入るようにこちらを見つめてくる彼らの前で、俺は意を決して口を開く。
「薄々勘づいている者も居るだろうが、イザベラ様は今────ここに居ない」
「「「!」」」
ハッとしたように息を呑む彼らは、大きく瞳を揺らした。
だが、衝撃のあまり取り乱すようなことはなく……比較的落ち着いている。
多分、ここ一年の状況を見て何となく察していたのだろう。
『やっぱりか……』と落胆する彼らを前に、俺は話を続ける。
「イザベラ様は訳あって、国を離れている。いつ戻ってくるかは、俺達にも分からない。もしかしたら、俺達の生きている間にはもう姿を拝めないかもしれない」
「そ、そんな……」
思わずといった様子で言葉を発するカミラは、ただ呆然とした。
厳しい現実に絶望する彼女の前で、俺はそっと目を伏せる。
カミラの気持ちは痛いほど、よく分かるため。
『俺も話を聞いた当初は、目の前が真っ暗になった』と思いつつ、視線を上げた。
「でも、これだけは断言出来る────イザベラ様はいつか必ず帰ってくる」




