イザベラ様の不在を隠す《ジーク side》
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────時は遡り、イザベラ様を送り出した後のこと。
俺は執務室に戻るなり、自室へ移動してひたすら仕事を行っていた。
周囲へ異変を悟られないために。
それに何かしていた方が、気を紛らわせられていい。
イザベラ様ともう会えないかもしれない可能性を意識せずに済む。
ペンを握る手に力を込め、俺は目の前のことに集中した。
────そして、月日は流れ……イザベラ様の出立から、ちょうど一ヶ月ほど経過する。
「はぁ……やっぱり、そろそろ勘づいてくる者達が現れるか」
貴族や商人から届いた手紙を前に、俺は目頭を押さえた。
というのも、その内容がイザベラ様の所在や体調を尋ねるものだったから。
さすがに一ヶ月も姿を現さなくなれば、違和感を抱くか。
イザベラ様の場合は、特に。
基本フットワークが軽くて、あちこちに度々顔を出していたため。
僻地であろうと他国であろうと用があれば直ぐに出向いていたイザベラ様を思い浮かべ、俺は目を細める。
────と、ここで手紙を持ってきたアリシア大公が口を開いた。
「とりあえず、当初の予定通り『研究に専念しているので、しばらく表舞台には立たない』と返信しましょう。イザベラ様が罪人を使って実験しているのは有名な話ですし、当分は誤魔化せる筈です」
『重要人物以外の返信は文官で行いますね』と申し出るアリシア大公に、俺は小さく頷く。
「分かった」
『よろしく頼むよ』と述べ、俺は大量の手紙を一瞥した。
と同時に、アリシア大公が臣下の礼を取る。
「では、私はこれで」
『お互い、返信作業頑張りましょうね』と言い残し、アリシア大公はクルリと身を翻した。
そのまま部屋から出ていく彼女を前に、俺は一つ息を吐く。
久々にイザベラ様の話をしたからか、ちょっと憂鬱だ……でも、それ以上にとても恋しい。
『今すぐ会いたい』と思ってしまい、俺は苦笑を漏らす。
自分の堪え性のなさに、呆れてしまって。
『まだ一ヶ月しか経っていないのに……』と思案しつつ、俺は返信用のレターセットを取り出した。
「一先ず、仕事しよう」
────と、気持ちを切り替えた半年後。
最難関の建国記念パーティーが、やってきた。
ここでイザベラ様が姿を現さなければ、確実に不信感を持たれる。
少なくとも、表舞台に出られない状態であることは悟られるだろう。
そうなったら、周囲の者達は一斉にそっぽを向く筈。
最悪、反旗を翻される可能性も……。
『戦争』という単語が脳裏を過ぎり、俺は額に手を当てる。
「何としてでも、イザベラ様の不在は隠し通さないといけない……」
半ば自分に言い聞かせるようにして呟き、俺は顔を上げた。
「そこで、皆の知恵を貸してほしい」
執務室に集まったメンバーを見やり、俺は助力を乞う。
すると、アランが真っ先に手を上げた。
「イザベラ様の影武者を立てるのは、どうですか?」
「「「……」」」
俺、アリシア大公、リカルド団長はそれぞれ微妙な反応を示した。
というのも、アランの案はあまり現実的じゃないので。
「実現可能なら、是非そうしたいけど……イザベラ様に似た人間を探すという時点で、かなり無理があると思うな」
「銀髪黒目の少女なんて、なかなか居ませんからね……少なくとも、私はイザベラ様以外で見たことありません」
「自分もです」
珍しい容姿のイザベラ様を思い浮かべ、俺達は苦笑を漏らす。
『奇跡でも起こらない限り、似た人は見つからないだろうな』と確信する中、アランは自身の頭を搔いた。
「あー……確かにそうですね」
『言われてみれば……』と納得を示し、アランはソファの背もたれに寄り掛かる。
執務室の天井を見上げながら。
「じゃあ、やっぱりパーティーを欠席する正当な理由を作るべきですね。イザベラ様が本番までに帰ってこなかった場合、出席はどう考えても無理なんで」
『物理的に不可能』と主張するアランに対し、俺達は首を縦に振った。
この意見に関しては、完全同意のため。
「問題は『パーティーを欠席する正当な理由』をどうするか、ですね」
アリシア大公は悩ましげに眉を顰め、テーブルの上にある紅茶をじっと見つめる。
『何かいい案はないか』と考え込む彼女を前に、リカルド団長は自身の顎を撫でた。
かと思えば、おもむろにこちらの方を向く。
「外出中ということにするのは、どうでしょう?」
『実際に出掛けている訳ですし』と述べるリカルド団長に、俺はそっと眉尻を下げた。
ちょっと反応に困ってしまって。
「う〜ん……イザベラ様の性格的に皇室の行事を放り出して、どこかへ行くとは思えないし……それにイザベラ様なら、魔法で直ぐに戻ってこられるから単なる外出では欠席理由に弱いかな」
「私もそう思います。もし、行き先を尋ねられて本当に行ったのかどうか確認されても厄介ですし」
『その手の嘘はバレやすいんです』と指摘し、アリシア大公はティーカップを持ち上げた。
と同時に、アランが頬杖をつく。
「じゃあ、病欠は?」
「欠席理由としては妥当ですが、思わぬトラブルを生む原因になりかねません」
『正直、オススメはしませんね』と告げるアリシア大公に、リカルド団長は小さく頷いた。
同感だ、と示すように。
「アルバート帝国はイザベラ皇帝陛下の絶大なる力によって、成り立っている。だから、『弱っている』と認識されれば皇室の地位や権威は揺らぐだろう」
「それどころか、『アルバート帝国を滅ぼす絶好のチャンスだ』と過激な行動に出る輩も居るかもしれない」
『少なくとも、静観はしないと思う』と話す俺に対し、アランはガックリと肩を落とした。
「そんなことになったら、イザベラ様の不在を隠していた意味がなくなりますね……」
『荒事を避けるための措置だから……』と呟き、アランは頭を抱え込む。
「はぁ……パーティーの欠席理由を見つけるのが、こんなに大変なんて知りませんでした」
『ぶっちゃけ、楽勝だと思っていた』と明かし、アランは疲れた素振りを見せた。
────と、ここでアリシア大公がティーカップをソーサーの上に戻す。
「建国記念パーティーなんて一大行事、普通は緊急事態でも起きない限り欠席しませんからね」
「なら、もう当日に騒ぎを起こして『緊急事態につき、欠席』ってことにしません?」
半ば投げやりになりながら、アランは突拍子もないことを提案した。
その瞬間、俺達は顔を見合わせてパチパチと瞬きを繰り返す。
「それは……」
「案外……」
「アリかもしれないな……」
俺、アリシア大公、リカルド団長の順番で肯定的な反応を示すと、アランは大きく目を見開いた。
「えっ!?マジで!?」




