クソ皇帝からの反撃
「さて、そろそろ僕も反撃しようかな」
『防ぐばかりでは、つまらないし』と言って、クソ皇帝は手のひらを前に突き出す。
早速こちらに狙いを定めようとする彼の前で、私はハッと乾いた笑みを漏らした。
「反撃だと?私がそんな暇を与えるとでも?」
そう言うが早いか、私は雷の矢をいくつも作り出す。
その際、周囲の光を屈折させることも忘れずに。
『こうしないと、攻撃が通らないからな』と思案しながら、私は雷の矢を放った。
すると、クソ皇帝はクスリと笑みを漏らす。
「おや?それはむしろ、反撃の手伝いをしてないかい?だって────自然の理を書き換えれば、君の炎の矢は僕の手に落ちるのだから」
『敵に塩を送るようなものだよ』と言い、クソ皇帝は攻撃のコントロールを奪おうとした。
だが、しかし……
「えっ?何で僕の力が通じないの?」
クソ皇帝はこちらの攻撃を支配下に置けなかった。
『確かに炎に関する理を書き換えた筈なのに……』と動揺を示し、彼は固まる。
でも、直ぐに平静を取り戻し、回避に専念した。
「っ……」
かなり直前になって避けることを選択したからか、クソ皇帝は雷の矢を躱し切れず……右の太腿と二の腕にダメージを負う。
と同時に、ハッとした。
恐らく、痛みや衝撃から攻撃が炎の矢じゃなくて雷の矢であることを理解したのだろう。
「……幻影魔法で攻撃を偽るなんて、意地悪だね」
「気づかない方が、悪い。あと、私は幻影魔法など使っていない」
『貴様の目は節穴か?』と呆れ、私は小さく肩を竦める。
「ただ光の屈折をいじって、少し見え方を変えただけだ」
『炎も雷も熱エネルギーだから、偽装は簡単だしな』と説明し、私はパチンッと指を鳴らした。
それを合図に、またもや雷の矢が顕現する。
「なるほど。まあ、幻影魔法くらい大袈裟な細工をするとさすがに僕も違和感を覚えるからね」
『いい匙加減じゃないか』と褒め、クソ皇帝は太腿や二の腕に突き刺さった雷の矢を引き抜いた。
バチッと軽く弾けて無くなるソレらを前に、彼は数歩後ろへ下がる。
新たに作った雷の矢を警戒するように。
また偽装されている可能性を考えると、腰が引けるんだろうな。
カラクリを理解していても、見分けるのは至難の業だから。
なんにせよ、こちらとしては好都合。
『今が攻め時だな』と判断し、私は追加で炎の矢を生成した。
────が、雷の矢もろとも消え失せる。
「……雷と炎の存在自体、この世界から削除したのか」
『なかなか、強引なことをする』と思いつつ、私は氷の矢を生成しようとした。
が、出来ない。
どうやら、他のやつも存在ごと削除したみたいだな。
無事なのは、土と風くらいか。
まだしっかりある地面と空気を感じ取り、私は『攻め方を変えた方が良さそうだな』と考える。
────と、ここでクソ皇帝が片手を上げた。
「ねぇ、そろそろ終わりにしないかい?これ以上続けたら、殺し合いになりそうだから」
『それは僕の本意じゃない』と示し、クソ皇帝は既に塞がった太腿と二の腕の傷を一瞥する。
「もし、ここでやめにするなら君の蛮行には目を瞑ろう」
『やり返したり、根に持ったりはしない』と話し、クソ皇帝は優しく微笑んだ。
かと思えば、不意に空を見上げる。
「あっ、でも謝罪は欲しいかな。君の唇で、ね。もちろん、『言葉で』という意味ではないよ」
意味ありげに自身の唇を指先で突き、クソ皇帝はうんと目を細めた。
どこか期待するような眼差しを向けてくる彼の前で、私は眉を顰める。
この不愉快な催促はもちろん、上から目線の和解の申し出も気に食わなくて。
「却下だ。貴様の希望など、聞く気はない」
「それは残念。じゃあ、キスは諦めよう」
『してくれたらラッキー程度の認識だったし』と言い、クソ皇帝は後ろで手を組む。
「でも、和解の方はもう一度よく考えてみて?君にとっても、悪くない話だから」
人の良さそうな笑みを浮かべ、クソ皇帝は説得を始めた。
『胡散臭いな』と感じる私を前に、彼は一歩前へ出る。
「細かいところは話し合い次第だけど、僕は君に出来るだけ歩み寄るつもりだよ。少なくとも、傍に縛り付けておく気はない。君が希望するなら、ソラリスの世界で暮らしてくれたって構わない。もちろん、『定期的に会いに来てくれれば』の話だけどね」
『肩書きだけ夫婦になって、別々に生きるのはダメ』と強調し、クソ皇帝は少し身を乗り出す。
「所謂、通い妻や別居婚みたいなライフスタイルを……」
「────以前から何度も言っているが、貴様と男女の仲になるつもりはない」
クソ皇帝の言葉を遮り、私は改めて自分の意思を表明した。
と同時に、腰へ手を当てる。
「第一、私にはもう夫が居る」
ジークの存在を表に出すと、クソ皇帝は
「……はっ?」
と、低い声を出した。
かと思えば、先程までの柔らかい表情が嘘のように無表情となる。
「君に夫?僕の聞き間違いかな?」
『そんな筈ないよね?』と問い質し、クソ皇帝は覚束無い足取りでこちらへ向かってきた。
見るからに情緒不安定な彼を前に、私は横髪を耳に掛ける。
「いや、事実だ」
『空耳などではない』と現実を突きつける私に、クソ皇帝は大きく瞳を揺らした。
その瞬間、身の内に秘めていた神の力が溢れ、強風と耳鳴りを巻き起こす。
「……そっか。じゃあ────もう手加減しない」
金の瞳に暗く重たい感情を滲ませ、クソ皇帝は強く手を握り締めた。
「和解の話も白紙に戻す。ソラリスの世界には……君の夫が居る世界には、絶対に帰さない」
淡々とした……でもどこか力強い口調で宣言し、クソ皇帝は真っ直ぐこちらを見据える。
明らかな敵意と害意を露わにしながら。
「今から酷いことをするけど、頑張って耐えてね。僕はもっと辛い思いをしたんだから……」
『君も少しは苦しんで』と述べるクソ皇帝に、私は辟易する。
何でこいつが被害者面しているんだ、と思って。
『貴様は私の恋人でも、伴侶でもないだろう』と呆れつつ、クソ皇帝の足元に突起物を生やした。
何をするか知らないが、大人しく攻撃を受けるつもりはない。
防御で手一杯になるよう、畳み掛けてやる。
おもむろに手を振り上げ、私は突起物を更に上へ押し出す。
このままだと、針のように鋭い先端がクソ皇帝の脇腹を貫くことになる。
『防御か、回避か、相殺か好きなものを選べ』と思案する中、クソ皇帝は────放置を選択した。
なので、まともに攻撃を食らってしまう。
「魔導師……無駄な抵抗はやめようね」
脇腹に刺さった突起物を一瞥し、クソ皇帝は何かをした。
その瞬間────私は吐血する。
なんだ?何が起きている?
手や服に付着した血を見やり、私は眉間に皺を寄せた。
全身の血管が、沸騰するような……引きちぎられるような感覚を覚えながら。
自然の理を書き換える力は、生物に作用しない筈だが……奥の手として、隠していたのか?
それとも、ルールの改変が巡り巡って私の体に異常を来しているのか?
もし、後者だとすれば一番可能性が高いのは────
「────空気か」




