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出立

◇◆◇◆


 ────翌日の早朝。

私はジークやアランと共に、執務室でソラリスの合流を待っていた。

別に私一人でも良かったんだが、『見送りたい』とうるさかったので。

それに、出発したことを確認する者が居なくては混乱すると思ったため。


 まあ、さすがにリズベットやアリシアの見送りは断ったけどな。

あいつらは仕事も多く、忙しいから。

何より、周囲の注目も大きい。

いつもと違う行動を取れば、怪しまれる。


 『私の不在を限界まで隠し通すには、普段通り過ごしてもらう他ない』と考えつつ、席を立った。

その瞬間────ここら一帯の空間が歪み、昨日のような状態を作り出す。


「やあ、お待たせ」


 そう言って、どこからともなく現れたのはソラリスだった。

片手を上げてこちらへ向かってくる彼を前に、私はジークとアランの方を見る。


「では、行ってくる」


 『あとは任せた』と告げる私に対し、アランは小さく笑った。


「はい、お気をつけて」


 青い瞳に僅かな葛藤を滲ませながらも、アランはいつも通りの態度を取る。

『今生の別れになるかもしれない』という懸念を振り払うように。

だが、ジークは対照的に重く暗い表情を浮かべていた。

多分、決別を強く意識しているからだろう。


「……イザベラ様、最後に少しよろしいでしょうか?」


 思い切った様子でそう切り出すジークに、私はコクリと頷く。


「なんだ?」


 金の瞳を真っ直ぐ見つめ返し、私は『何か言いたいことでもあるのか』と思案した。

と同時に、頬を優しく包み込まれる。


「愛しています、心の底から」


 ジークは熱の籠った目でこちらを見つめ、唇を重ねた。

本当に軽く触れるだけのキスを前に、私は思わず目を見開く。

まさか、あのジークが自ら口付けを交わすなど……思いもよらなかったから。


 普段は基本、受け身だというのに。

最後かもしれないから、勇気を出したのか。


 『こんなに顔を赤くしてまで』と驚いていると、ジークが穏やかに微笑む。


「どうか、無事に戻ってきてくださいね」


 涙の滲んだ瞳をうんと細め、ジークは頬から手を離した。

名残惜しそうに……でも、一切縋らず。


 ここで『俺の生きている間に』と欲を出さないあたり、ジークらしいな。


 『実に健気でいじらしい』と感じつつ、私は腰に手を当てる。


「ああ、約束する」


 『心配するな』と言い聞かせると、ジークは肩の力を抜いた。

金の瞳に安堵を滲ませる彼の前で、私は


「だから、大人しく待っていろ」


 と、告げる。

そして、ソラリスの方へ向き直った。


「別れの挨拶は済んだ。あちらの世界へ送れ」


「分かった」


 間髪容れずに首を縦に振り、ソラリスは私の頭上へ手を翳す。


「帰るときは印に向かって、僕の名前を呼んでね。そしたら、迎えに行くから」


 私の手の甲にある太陽のマークを一瞥し、ソラリスは木漏れ日のような暖かい光を放つ。

それも、全身から。


「じゃあ、健闘を祈っているよ、イザベラ・アルバート」


 その言葉を合図に────目の前の景色は一変した。

どこまでも続く草むらと青空、それに男が一人。


 想像以上に早いな。あいつの管理領域だから、私の出現にはすぐ気づくだろうと思っていたが。


 『こんなに早く駆けつけるとは』と少し驚き、私は自身の顎を撫でる。

と同時に、その男がふわりと柔らかい笑みを浮かべた。


「おかえり、魔導師。君なら、きっと来てくれると思っていたよ」


 金色に輝く髪を風に揺らし、こちらへ向かってくる彼は言うまでもなく嬉しそうだった。

『やっと、会えたね』と頬を緩め、金の瞳に私だけを映り出す。


「この瞬間をどれだけ、待ち侘びたことか」


 少し歩調を早めて私の前に来ると、男は僅かに身を屈めた。

こちらへ触れるために。


「言っておくが、今日ここに来たのはこの世界へ移り住むためじゃない」


 身柄譲渡に応じた訳じゃないことを明言し、私は真っ直ぐ前を見据える。

その瞬間、突風が吹いて男の体を跳ね飛ばした。


「────オリエンス・シルヴァ・エリジウム、貴様を叩きのめして二度と関わらないようにするためだ」


 宣戦布告を突きつけ、私は横髪を手で払う。

────と、ここでクソ皇帝が体勢を立て直して綺麗に着地した。


「ははっ。一筋縄じゃいかないのは分かっていたけど、随分と大きく出たね」


 おもむろに前髪を掻き上げ、クソ皇帝はゆるりと口角を上げる。


「ここでは、僕がルールであり勝者であり絶対的存在だというのに」


 『間違いなく、こちらが優位』と主張するクソ皇帝に、私は一切反論しなかった。


 まあ、実際その通りだからな。

世界と一体化している神は自分の管理領域において本来の力を発揮出来るため、大抵のことは何でも出来る。

おまけにこいつは国を運営しているため、数の利や人脈も使えた。


 『まさに最強だろう』と考え、私はスッと目を細める。


「確かにここは貴様にとって、有利なフィールドだな。だが────それがどうしたと言うんだ?」


 ふわりと宙に浮き、私はクソ皇帝を見下ろした。


「自分に都合のいい戦場を得られた程度で、もう勝った気になっているのか?だとしたら、勘違いも甚だしいな」


 クソ皇帝のことを嘲笑い、私は空に向かって手のひらを突き上げる。

すると、晴天にも拘わらず雷鳴が轟いた。


「そんなハンデ、圧倒的力の前では何の意味も成さないということを教えてやる」


 声高らかに宣言し、私は手を振り下ろす。

と同時に、雷が落ちた。

それも、クソ皇帝の頭上に。

だが────


「では、お手並み拝見と行こうか」


 ────本人は至って、ピンピンしていた。

恐らく、自然の理を書き換えて(・・・・・・・・・・)落雷の影響を軽減……もしくは無効化したのだろう。


 非常に厄介な能力だが、そこまで脅威ではない。

私なら、充分対応可能だ。


 などと考えつつ、私は手を握り締めてクソ皇帝の後ろに転移した。

がら空きの背中を前に、私は魔法で強化した拳を振り下ろす。

それも、クソ皇帝の脳天目掛けて。


「君は相変わらず、容赦ないね。思い切りがいいとも言うのかな」


 クソ皇帝は苦笑しながらこちらを振り返り、私の拳を受け止めようとした。

いや、『掴もうとした』と言った方が適切か。

まあ、触れさせる訳ないのだが。


「おっと」


 今度は目の前へ転移した私を見て、クソ皇帝は少しばかり目を見開く。


「随分と器用なことをするね。攻撃モーションを保ったまま、移動するなんて」


 『普通は一度攻撃を諦めて、体勢を立て直すのだけど』と零し、クソ皇帝は肩を竦めた。

かと思えば、眼前に迫った私の拳へ息を吹きかける。

その途端、強風が巻き起こって私の体を跳ね飛ばした。


「さて、そろそろ僕も反撃しようかな」

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