ケイラー侯爵家
「あと、ニコラス・ジェンソン・ヒックス。貴様は────無能貴族の末路を目によく焼き付けておけ」
今回の件と無関係にも拘わらず、連れてきたのはニコラスにとっていい経験になると思ったからだ。
『一歩間違えれば、自分も酷い目に遭う』という危機感を持つことで、将来の自分がより具体的に想像出来ると思ってな。
『進路を決める一助には、なるだろう』と思案しつつ、私はニコラスの頬を鷲掴みにする。
「決して、目を逸らすなよ」
「ふぁ、ふぁい」
くぐもった声で返事するニコラスは、少し涙目になった。
情けないくらい震える彼を前に、私はパチンッと指を鳴らす。
その刹那、地上へと転移した。
「「うわっ……!?」」
突然変わった景色に、セドリックとニコラスは狼狽える。
上空と地面を交互に見て驚く彼らの前で、私は手を叩いた。
すると、地面が大きく揺れて屋敷に傷をつける。
「さあ、さっさと巣穴から出てこい、羽虫ども」
大きく亀裂が入った外壁や落ちてきた屋根を前に、私はニヤリと笑った。
────と、ここで窓や玄関から人が飛び出してくる。
その中には、ケイラー侯爵の姿もあった。
ちゃんと在宅だったようだな。探す手間が省けて、良かった。
などと考えていると、ケイラー侯爵が私のことを視認する。
「い、イザベラ皇帝陛下!?何故ここに!?」
ギョッとした様子のケイラー侯爵に対し、私は一つ息を吐いた。
『この質問、今日で何回目だ?』とぼんやり考えながら。
「そんなの自分で考えろ。心当たり、あるだろ」
「……いえ、そんなことは」
小さく頭を振り、ケイラー侯爵は困ったような素振りを見せる。
カマを掛けられている可能性でも考えているのか、決してボロは出さなかった。
『本気で分からない』という態度を貫く中、彼はふとセドリックの存在に気づく。
「もしや、セドリックが何か?」
「違う。まあ、こいつも一応関係者ではあるが。親の不始末のせいで、ここへ来たのだから」
「!」
『不始末』という言葉にピクッと反応を示し、ケイラー侯爵は少しばかり表情を硬くした。
が、直ぐさま取り繕う。
「何か大きな行き違いが、ありそうですね」
「まだシラを切り通すつもりか」
『往生際の悪いやつめ』と毒づき、私は腰に手を当てた。
「このままでは埒が明かないから、言ってやる────一部の生徒に身分制度撤廃を提唱するよう、強要した貴様らを裁きに来たんだ」
「「「!?」」」
ケイラー侯爵のみならず、その妻子や家臣まで言葉を失い、固まった。
どうやら、こいつら全員グルだったらしい。
「我々はそんなこと知りませんよ。何かの間違いでは……?」
まだ嘘で切り抜けられると思っているのか、ケイラー侯爵は誤解という線を押してきた。
その何とも情けない悪足掻きに、私はハッと乾いた笑いを零す。
「証人も居るのだから、それはないだろう」
「そ、その証人が嘘を言っている可能性だってありますよね?」
「確かにあるにはあるな」
「なら……!」
少しばかり身を乗り出し、ケイラー侯爵は何か言おうとする。
が、それよりも早く私が口を開いた。
「だが、そんなものは瑣末事だ。私の信じたものが、真実となるのだから」
「!?」
横暴すぎる発言に目を白黒させ、ケイラー侯爵は唇を引き結ぶ。
『これは説得出来ない……!』とでも言うように。
「クソッ……!」
もう取り繕うことをやめたケイラー侯爵は、忌々しげにこちらを睨みつけた。
かと思えば、勢いよく後ろを振り返る。
「お前達、イザベラ皇帝陛下を何とかしろ!」
「「「えっ……!?」」」
ケイラー侯爵家の騎士や使用人達は、突然の無茶ぶりに狼狽えた。
私に牙を剥くのは自滅行為に等しい、と正しく認識しているらしい。
『さすがに命は惜しい……!』と考えている様子の彼らを前に、ケイラー侯爵は眉を顰める。
「お前達も今回の件に一枚噛んでいるのだから、どの道処罰されるんだぞ!?なら、一か八か実力行使を試みるべきだろう!」
『罪人の扱いはお前達も知っているだろう!』と叱咤し、ケイラー侯爵は味方を焚き付けた。
すると、騎士や使用人達は表情を引き締める。
私のモルモットになるのは、避けたいようだ。
「やるしかない……」
誰かがそう呟いた瞬間、ケイラー侯爵家の騎士や使用人達は一斉に剣や拳を振り上げる。
決死の思いで突撃してくる彼らを他所に、ケイラー侯爵はそそくさとこの場を離れた。
あいつ、こちらに気取られるリスクを考えてか妻子も置いていったぞ。
本当に自分のことしか、考えてないんだな。
『ここまでクズだと、いっそ清々しい』と思案しつつ、私は手のひらを前に突き出す。
────と、ここでセドリックが顔を覗き込んできた。
「あの、イザベラ皇帝陛下。ケイラー侯爵の相手は、俺に任せていただいてもよろしいでしょうか?」
『絶対に取り逃がすようなヘマは、しませんので』と言い、セドリックはじっとこちらを見つめる。
強い意志と覚悟が窺える深緑の瞳を前に、私は目を細めた。
ずっと、待ち望んでいたであろう復讐のとき……横槍を入れるのは、野暮というものか。
『少し手伝ってやろうと思っていたんだが』と考えながらも、私は手を下ろす。
「分かった。ただし、これを持っていけ」
手のひらから細長い棒状のものを生成し、私はセドリックに手渡した。
「氷で出来た剣だ。強度も、切れ味もそれなりにある。しかも、軽くて扱いやすいから子供の貴様でも問題なく使えるだろう」
さすがに丸腰では危険なので武器を与えると、セドリックは僅かに表情を硬くする。
どうやら、『復讐しに行く』という実感が湧いてきたようだ。
「ありがとうございます、イザベラ皇帝陛下」
『有効に活用させていただきます』と意気込み、セドリックは剣の柄を強く握り締める。
と同時に、こちらへ向かって一礼すると、ケイラー侯爵の後を追い掛けた。
さて、こちらもそろそろ戦いに興じるとするか。
何気にずっと結界で防いでいた騎士や使用人達の攻撃を前に、私は何かを薙ぎ払うような動作をする。
その刹那、彼らの体が宙を舞って、三十メートルほど離れた場所に落下した。




