トンネル工事
「消し飛べ」
その言葉を合図に、手のひらから真っ赤な炎が吹き出した。
かと思えば、雪山に激突し、自然を溶かしていく。
と言っても、一部だけだが。
『全部吹き飛ばしたら、トンネルにならないからな』と考える中、雪山に大きな穴が開いた。
「おっと……やはり、雪崩が起きたか」
突貫工事の反動で生じた自然災害を前に、私は小さく肩を竦める。
予め張っておいた結界のおかげで被害はないが、このまま放置は出来ないな。
結界が消えたら、確実に雪崩を引き起こすだろうから。
『対処は必要』と思い立ち、私は結界内の温度を思い切り上げた。
なので、あそこはもう蒸し風呂状態。雪なんて、瞬く間に溶けて消えた。
『こんなものか』と思い、温度を正常に戻すと、私は結界を解く。
「これで、あとはトンネルの整備と安全対策をするだけだな。まあ、道路の工事もあるから直ぐに開通とはいかないだろうが」
「い、いや……そんな……当初の準備期間を考えれば、全然……」
ラッセル子爵は呆然としたままそう言い、瞳を揺らした。
『夢……ではありませんよね』と呟く彼を前に、私は横髪を耳に掛ける。
「そうか。なら、手を貸すのはここまでにしておこう。あまりやり過ぎると、こいつらの仕事が減るからな」
唖然としている作業員を一瞥し、私はジークの手を掴んだ。
と同時に、軽く引っ張る。
「では、そろそろ失礼するとしよう」
『何かあれば、また連絡しろ』と言い残し、私は足の爪先で地面を軽く突いた。
その瞬間、皇城の執務室へ戻る。
「付き合わせて悪かったな、ジーク」
「いえ、イザベラ様とお出掛け出来て楽しかったです」
僅かに頬を緩めて、ジークは繋いだ手を控えめに握り返した。
幸せを噛み締めている様子の彼を前に、私はフッと笑みを漏らす。
「じゃあ、次のデートはもっと良い場所へ連れて行ってやろう」
「はい、ありがとうございます」
少しばかり声を弾ませ、ジークは嬉しそうに目を細めた。
『デート』という単語に胸躍らせている彼の前で、私はソファへ腰を下ろす。
「それはそれとして、仕事の話はまだ残っているのか?」
『ラッセル子爵の件で最後か?』と尋ねると、ジークはテーブルに置いていった書類を拾い上げた。
「えっと、あと一件……学校から、要請が」
「なんだ、何かトラブルでもあったのか?」
リズベットは知識や技術こそ一流だが、ガキのお守りは初めてだからな。
何かしら、苦戦していてもおかしくはない。
『とはいえ、あまり手を貸すのもな』と思案しつつ、私はジークの手を引っ張った。
すると、彼は隣に腰を下ろす。
「ええ、そのようです。なんでも────一部の生徒が身分制度撤廃を提唱し、貴族の生徒と平民の生徒の対立を煽っているみたいで」
困ったように眉尻を下げ、ジークは書類に目を向けた。
「今のところ大きな衝突はありませんが、生徒の間に溝が出来ているのは間違いなさそうです。放置すれば、後々深刻な事態に発展するかもしれません」
「なるほど」
適当に相槌を打ち、私はおもむろに天井を見上げる。
「今後のことを考えると、このトラブルは見過ごせないな。早急に何か手を打つべきだろう。でも」
そこで一度言葉を切り、私は真っ直ぐに前を見据えた。
「対処に動くべきなのは、学校であって我々じゃない。いちいち皇室がトラブルを解決していてはキリがないし、学校の威信にも関わるからな────と言いたいところだが」
『はぁ……』と小さな溜め息を零し、私は前髪を掻き上げた。
「今回ばかりは、私が動いた方が良さそうだ」
貴族と平民の対立はある程度予想していたが、あまりにも早すぎる。それに、とても顕著だ。
誰かの作意が働いているのは、間違いない。
そして、学校にこのようなことをする……いや、出来るのは────貴族みたいな上流階級の人間のみ。
そんな奴らを相手取るのは、さすがのリズベットでも厳しいだろう。
開校したての状態なら、尚更。
腕っ節の問題ではなく、関係各所との兼ね合いや立場を考え、私は重い腰を上げる。
『仕方ないから、矢面に立ってやるか』と考え、腰に手を当てた。
「ジーク、私はしばらく学校に行ってくる。留守を任せたぞ」
今すぐトラブルの対処に当たることを告げると、ジークは少しばかり目を剥く。
が、すんなりこちらの言葉を呑み込んだ。
「はい、お気をつけて」
おもむろに立ち上がり、ジークは自身の胸元に手を添える。
慣れた様子で送り出してくる彼を前に、私は転移魔法を発動した。
その瞬間、目の前の景色が変わり、見覚えのある紫髪を目にする。
「────おい、リズベット。来てやったぞ」
理事長室の来客用ソファにドカッと腰掛け、私は腕を組んだ。
と同時に、執務机へ向かっていたリズベットが顔を上げる。
「恩師様!」
これでもかというほど目を輝かせ、リズベットは席を立った。
かと思えば、こちらへ一直線に向かってくる。
「お待ちしておりました!」
全身を投げ出すようにしてこちらへ飛び込んでくるリズベットに、私は眉を顰めた。
一応学校の危機に直面しているのに、随分元気だな。
普通はもっと、神妙にしているものだが。
『理事長としての自覚がないのか』と呆れつつ、私はヒラヒラと手を振る。
すると、その動作に呼応して強風が巻き起こり、リズベットを跳ね返した。
「いたっ……!」
執務机に背中を強打したリズベットは、早くも涙目になる。
「うぅ……恩師様ってば、酷いです〜!ただ、ちょっと抱擁を交わそうとしただけじゃないですか〜!」
『こんなのあんまりです〜!』と抗議してくるリズベットに、私は一つ息を吐いた。
「鬱陶しい。いいから、さっさとトラブルの詳細を話せ」
『こんな茶番、付き合ってられるか』と一蹴し、私はソファの肘掛けに寄り掛かる。
早く本題に入るよう圧を掛ける私の前で、リズベットはよろよろと身を起こした。
「詳細と言われましても……要請書に記載した以上のことは、知りませんよ」
「使えんな」
間髪容れずに毒を吐くと、リズベットは自身の胸元を押さえる。
「うぐっ……心に大ダメージが……」
『もう立ち直れないかもしれません……』と言い、リズベットは少し身を屈めた。
言動の端々に悲壮感を漂わせる彼女の前で、私はソファから立ち上がる。
「とりあえず、学校内で秘密裏に調査を始めるか」




