謁見
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────皇室主催のパーティーから、一週間。
私は貴族からの相次ぐ謁見申請に、辟易していた。
というのも、その大半がこちらの機嫌を窺うものだったから。
次期当主を紹介してきた者は、全体の三割にも満たない。
恐らく、私に気に入られようとしているのだろう。
当主承認制度を乗り切るために。
全く……馬鹿の一つ覚えみたいに、媚びを売ってきて鬱陶しいな。
何度、『完全実力主義』『贔屓も差別もしない』と言えば気が済むんだ……。
『いい加減、どうでもいい謁見申請は蹴るか』と思案しつつ、私は玉座の背もたれに寄り掛かった。
と同時に、謁見の間の中央付近で跪く侯爵一家を見つめる。
『今日は息子達も連れて来ているような』と目を細め、一先ず顔を上げるよう促した。
すると、彼らは人のいい笑みを浮かべて軽く挨拶してくる。
が、
「おべっかは結構だ。さっさと本題に入れ」
無駄を嫌う私によって、一刀両断された。
『貴様らの挨拶は退屈すぎて、眠くなる』と述べる私の前で、侯爵はヒクヒクと頬を引き攣らせる。
でも、こちらの機嫌を損ねる訳にはいかないためグッと堪えた。
「これは、これは……大変失礼しました。では、単刀直入に言いますね」
ゴマを擦るように手を動かしつつ、侯爵は僅かに身を乗り出す。
「本日はイザベラ皇帝陛下に────ケイラー侯爵家の次期当主をお選びいただきたく、馳せ参じました」
「ほう?次期当主の紹介ではなく、選択か。面白い」
『とりあえず、家の存続を優先した訳か』と納得し、私はゆるりと口角を上げる。
恐らく、こいつは表面上こちらの選んだ者を次期当主として扱い、実際の業務は自分の選んだ者にさせるつもりだろう。
摂政の貴族バージョンみたいなものだな。
『小物の考えそうなことだ』と嘲笑い、私はトントンと指先で肘掛けを叩く。
何故、こちらが傀儡人形に甘んじるような者を次期当主として選ぶと思ったのか……理解に苦しむ。
そんなヘタレを有能だと判断するほど、私は優しくないぞ?
横に並べられた侯爵の三人の息子を見下ろし、私はニヤニヤと笑った。
その途端、金髪その一とその二は震え上がるものの……茶髪の奴だけはじっとこちらを見据えている。
『俺を選べ!』とでも言うように。
いい目だ。アランの情報通り、こいつは使えそうだな。
『まだ青臭い子供ではあるが』と目を細め、私はおもむろに身を起こす。
「そこの茶髪。ケイラー侯爵家の次期当主として認められるのは、そいつだけだ。金髪その一とその二は論外」
「「「!!」」」
カッと目を見開き、ケイラー侯爵や夫人は茶髪を凝視した。
かと思えば、僅かに顔を顰める。
恐らく、婚外子か何かだろう。
夫人の目が、我が子を見るソレではないから。
『忌々しい!』と言わんばかりの反応を示す彼女の前で、私は足を組む。
「それで、どうする?そいつを次期当主と定めるのであれば、承認手続きを行ってやるが」
『選んでほしい』とは言われたものの、ケイラー侯爵の同意がなければ手続きを行えないため、決断を委ねた。
すると、彼は若干頬を引き攣らせながらも何とか取り繕い、恭しく頭を垂れる。
「もちろん、陛下のご判断に従います」
「そうか。では、これを持ってアリシアのところに行け。直ぐに承認手続きを行ってくれる筈だ」
そう言って、私は茶髪の名前が書かれた紙を投げ捨てた。
と同時に、転移魔法でケイラー侯爵の手元へ送り付ける。
慌てて書類を掴む彼の前で、私はパチンッと指を鳴らした。
その瞬間、ケイラー侯爵一家は皇城の廊下へ転移する。
「アラン」
ずっと玉座の後ろに隠れていた部下へ声を掛け、私は腕を組んだ。
「あの茶髪の動向を見守れ。ただし、手出しはするな。本当の意味で当主になりたいなら、自力でどうにかするべきだからな」
「了解です」
二つ返事で応じるアランは、音もなくこの場を立ち去る。
────と、ここで次の訪問者が姿を現した。
元フィーネ王国の貴族である彼は、見目麗しい青年達を引き連れてこちらへやってくる。
と同時に、仰々しい所作で膝をついた。
確か、こいつらは……シートン男爵家の人間だよな。
連日、息子や親戚の男児を連れてきては『次期当主として、どうか』と聞いてきていたため、よく覚えている。
悪い意味で。
『この一家は直系から分家まで見事に全員無能なんだよな』と思い返し、私は嘆息する。
今日は一体、何をしに来たんだ?と疑問を抱きながら。
私の記憶が正しければ、シートン男爵家関連の男児は既に全員却下している筈。
今、連れて来ている男爵の息子達なんて即座に『次期当主として、認めない』と断言した。
それなのにも拘わらず、再登場とは……どういう腹積もりなのか。
『何度も頼めば、承認してもらえるとでも思っているのか』と思案しつつ、私は男爵の挨拶を聞き流す。
その間、何故か令息達が熱い眼差しを送ってきた。
中には、ウィンクしてくる者も……。
『本当に何なんだ……』と眉を顰める中、シートン男爵はようやく本題を切り出す。
「失礼ですが、陛下は────第二の伴侶をお迎えしないのですか?」
キラキラした目でこちらを見つめ、シートン男爵は僅かに身を乗り出した。
かと思えば、後ろに控える息子達の方を振り返る。
「アルバート帝国の皇帝ともあろうお方が、伴侶一人だけなど笑いものにされてしまいます。そこで、我が息子達を側室として迎え入れるのはどうでしょう?親の欲目かもしれませんが、ウチの子達は本当に見目麗しく育って────」
まさかの息子自慢を始めたシートン男爵は、『愛人からでもいいので』と申し出た。
それどころか、『夜の方もきっちり仕込んでありますので』と宣う始末。
一応、肉体の年齢はまだ子供だというのに。
『こいつ……孕ませるつもりか』と衝撃を受けながら、額に手を当てた。
なるほど……大体、読めたぞ。
こいつは容姿の優れた令息達を使って、私を懐柔するつもりなんだ。
どんなに暴君でも、所詮は人。惚れ込ませれば、こっちのものと判断したのだろう。
色欲に狂った暴君を裏から操り、自分の息子・親戚いずれかの男児を次期当主として認めさせ、存続を勝ち取る。
また、皇族の仲間入りも出来てラッキー……と言ったところか。
『場合によっては、帝国そのものを意のままに出来るし』と考え、私は目頭を押さえる。
こんなお粗末極まりない計画を貴族が立てたのかと思うと、頭が痛くて。
『よく今まで生きて来れたな』と半ば感心しつつ、私はシートン男爵一家を見据えた。
「私は側室を迎える気など一切ない」
「えっ?ですが、それだと他国に示しが……」
「伴侶を多く侍らせなければ、皇帝の威厳は示せないのか?私は他国に舐められるのか?未だにそんなステータスでしか本質を見定められない奴が、居るのか?」
「そ、それは……」
途端に言い淀み、シートン男爵は右へ左へ視線をさまよわせる。
先程までの饒舌ぶりがまるで嘘のように、静かになった。
すると、後ろで控えていた息子達も顔を見合わせて俯く。
若干表情を強ばらせながら。
「側室を持たないことで私を馬鹿にする奴が居るなら、教えろ。今すぐ、首を斬り落としてやる」
「……」
「なんだ?居ないのか?」
「……そ、その……さっきの発言はあくまで可能性の話で……」
しどろもどろになりながらも何とか言い訳を捻り出す男爵に、私はゆるりと口角を上げた。
「つまり、貴様はまだ実際に起こってもいない出来事をさも事実のように語ったのか」




