学校の創立に先んじて
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────クソ皇帝の一件から、早数ヶ月。
長い長い冬が終わりを告げ、季節は春となった。
その途端、皇城内は一気に慌ただしくなり、連日徹夜するのも珍しくない事態に。
というのも、これから────今年の社交界シーズンの始まりを宣言する、皇室主催のパーティーがあるから。
その準備で、使用人やジークは忙しいのだ。
本来であれば、皇帝である私もあれこれ業務をこなさないといけないのだが……例の如く、ジークに丸投げした。
正直、とても面倒臭かったたため。
『まあ、今はアリシアも居るし、どうにかなるだろ』と考えつつ、私は帝都の一角へ繰り出す。
元々スラムだった土地を上空から眺め、スッと目を細めた。
学校の建設は上手くいっているようだな。
キースとやらが開発・改良した浮遊魔道具を使っているからか、作業効率も格段に上がっている。
この分なら、あと一ヶ月くらいで完成するだろう。
スラムの面影なんて微塵もない建設現場を一瞥し、私は皇城の執務室へ転移する。
と同時に、アリシアが書類を持って中へ入ってきた。
「あっ、すみません……!一応、ノックはしたのですが……!」
『てっきり不在かと思って……!』と焦り、アリシアはペコペコと頭を下げた。
怒涛の勢いで謝り倒す彼女を前に、私はヒラヒラと手を振る。
「構わん。それより、手に持っている書類はなんだ?報告書か?」
「いえ、こちらは以前頼まれていた件の草案になります」
『早めに目を通していただけると……』と言い、アリシアはこちらへ書類を差し出した。
と同時に────天井から、赤髪の男が降ってくる。
「なら、こっちも合わせてどうぞ。貴族達の素行調査の結果です」
そう言って、アランは数十枚に渡る資料を手渡してきた。
『これ、超大変だったんですよ〜』とボヤく彼を他所に、私はアリシアの方の書類も受け取る。
「アリシア、内容はこれでいい。進めてくれ」
「はい」
「アラン、目星をつけた貴族の親戚も細かく調べ上げろ」
「了解です」
「どちらも、期限はパーティー当日まで。いいな?」
「「は……えっ?」」
『はい』と続ける筈だった言葉を呑み込み、アリシアとアランはピタッと身動きを止めた。
かと思えば、油の切れたブリキ人形みたいな動作で顔を上げる。
『正気か……!?』と言わんばかりの二人の視線を前に、私は小さく首を傾げた。
「学校の創立に先んじて、無能な権力者を排除しようとしているんだぞ?開校の時期を考えると、一ヶ月後のパーティーで動き始めるのが一番いいんだ」
「は、はあ……?」
「そんなん初めて聞きましたけど……」
戸惑いを露わにしながら嘆息し、アランは前髪を掻き上げる。
「てか、何で学校の創立に合わせる必要が……?」
怪訝そうな表情を浮かべ困惑するアランに、私はニヤリと笑った。
「『今なら、こういうポジションが空いているぞ』と先に示せば、生徒のやる気を引き出せるだろ。それこそ、死に物狂いで勉強する筈だ」
「えっと、つまり一部の……無能で血筋しか取り柄のない貴族は餌、だと?」
「まあ、そうとも言うな」
『当たらずとも遠からず』と主張すると、アランは後ろに仰け反った。
僅かに表情を強ばらせながら。
「ひぇ〜!マジでイザベラ様、容赦ねぇ〜!」
「でも、実に合理的だと思います」
『具体的な目標を定めた方が、努力しやすいですし』と述べ、アリシアは賛同の意を示す。
宰相になるべく頑張った日々を思い返しているのか、やけに言葉に力が籠っていた。
「ご要望頂いた件、必ずや期日までに仕上げます」
「俺も『疾風』の精鋭メンバーを総動員して、調べ上げてきまーす」
軽い口調に反して覇気のある顔で、アランは了承の意を示した。
『さて、頑張りますか〜』と伸びをする彼の前で、私はスッと目を細める。
「ああ、二人とも頼んだぞ」
────と、仕事を任せた一ヶ月後。
アリシアもアランも急いで成果を出し、皇室主催のパーティーに間に合わせてくれた。
おかげで、心置きなく催しを楽しめる。
『さて、無能な貴族共はどんな表情をするのかな』と思いつつ、私は新品のドレスに袖を通した。
黒をベースに作られたソレは、ゴスロリチックでところどころ金の刺繍やリボンが施されている。
ぶっちゃけ趣味ではないが、あまりにシンプル過ぎると喪服みたいなので我慢した。
まあ、服なんて所詮飾りだしな。衛生面で必要な役割さえ果たしてくれれば、あとはどうでもいい。
金の王冠を人差し指に引っ掛ける形でクルクル回しながら、私は鏡に映る自分を見る。
『今日はハーフアップにしているからか、いつもより黒い瞳が目立つな』と思いながら。
「イザベラ様、そろそろお時間です」
朝から服の着付けや髪のセットに追われていたカミラは、どこか満足な表情で頭を垂れた。
『やり切った』という達成感に見舞われる彼女を前に、私はコクリと頷く。
「ジークは?」
「隣の部屋でお待ちです」
夫婦の共有スペースに繋がる扉を手で示し、カミラは『お声掛けしましょうか』と尋ねてきた。
が、私は首を横に振る。
この程度の距離でいちいち呼びつけていたら、キリがないため。
『自分の夫くらい、自分で迎えに行くさ』と肩を竦め、扉に手を掛けた。
「ジーク、貴族共のアホ面を拝みに行くぞ」
ノックもなく扉を開け、私はソファに座る黒髪の少年を手招きする。
その途端、彼は勢いよく立ち上がり……何故か、膝から崩れ落ちた。
「は……ぅ……」
真っ赤な顔を両手で覆い隠し、ジークは下を向いた。
悶々としている様子の彼を前に、私は小首を傾げる。
「おい、ジーク。どうしたんだ?様子がおかしいぞ」
「す、すみません……その……イザベラ様が────凄く可憐で、直視出来ないんです……」
『普段はどちらかと言うと、綺麗系だから余計に……』と零し、ジークはたじろいだ。
これでもかというほど挙動不審になる彼に対し、私はパチパチと瞬きを繰り返す。
「可憐なのはどちらかと言うと、ジークの方だと思うが」
『今日は一段と愛いぞ』と言い、私はゆっくりと歩を進めた。
そして、オールバックにされた黒髪へ少し触れる。
「この髪型も、黒い衣装も、銀のピアスも全部よく似合っている。とても、可愛いぞ」
「っ〜……」
言葉にならないといった様子で蹲り、ジークは更に顔を赤くした。
相変わらずいい反応を返してくれる彼に、私はクスリと笑みを漏らす。
「ほら、さっさと立て。その緩み切った顔もどうにかしろ。まさか、私以外の奴に見せるつもりか?」
『見るのは私だけでいいだろ』と言い放ち、ジークの手を軽く引いた。
すると、彼はよろよろと立ち上がる。
深呼吸を繰り返しながら気持ちを落ち着かせ、緩んだ頬も何とか引き締めた。
『も、もう大丈夫です』と背筋を伸ばす彼に頷き、私は
「では、そろそろ会場に行くとしよう」
パチンッと指を鳴らす。
その瞬間、景色は変わり────謁見の間にある玉座の前まで、移動していた。
手に持ったままの王冠を宙に浮かせ、私はジークと共に着席する。
と同時に、アリシアやリカルドが膝を折った。
黙って敬意を表する彼らの前で、貴族達は顔を見合わせる。
「えっ?いきなり、どうしたんだ?」
「もしや、ようやく自分達の立場を理解したのか?」
「やっと、身の程を弁えるようになったか。全く……遅いにも程がある」
「もっと早く従う姿勢を見せてくれたなら、我々も……」
「────『我々も』、なんだ?」
肘掛けに体重を載せ、おもむろに足を組む私は『随分と面白そうな話をしているな』と笑った。
打って変わって、隣に座るジークはかなり不機嫌だが。
『身の程を弁えるのは、どっちだ』と憤る彼を前に、貴族達は竦み上がった。
「「「い、いいいいいいい、イザベラ皇帝陛下……!」」」
半ば崩れ落ちるようにして跪き、貴族達は『失礼しました!』と謝罪する。
が、もう遅い。
「飼い主の存在にも気付かぬとは、とんだ駄犬だな」
「も、申し訳ございません……!扉には、常に気を配っていたのですが……」
「私がいつ、『扉から入場する』と言った?」
「えっ?」
「転移で来ることも、想定出来なかったのか?私の魔法の実力は貴様らも知っている筈なのに?」
『察しの悪い犬だなぁ』と責め立て、私はゆるりと口角を上げる。
「我が忠臣は直ぐにこちらへ気づき、敬意を表したぞ?まあ、貴様らはソレを変な方向へ解釈していたようだが……」
「ぁ……そ、れは……」
「思い上がりも甚だしいな、駄犬共」
夜より暗い瞳に侮蔑を宿し、私は左手の人差し指を上へ向けた。
その途端、アリシアやリカルドに生意気な態度を取った貴族共が宙を舞う。
いや、胸ぐらを掴み上げられると言った方が正しいか。
「も、申し訳ございませ……っ」
「ぁ……ぐっ……ゆる、し……」
「けっ、して……悪意が……あった訳じゃなく……」
「ほんの……冗談のつもり……でっ……」
半泣きになりながら懇願し、彼らは床を探すように手足を動かした。
が、三メートルほど浮いているため当然足はつかない。
いいのか?そんなに暴れて。
私が掴んでいるのは、あくまで胸ぐら……謂わば、服だぞ。
引きちぎれれば、どうなるかくらい……馬鹿でも分かるよな?
『まあ、この高さでは死なないだろうが』と思案する中、布の破れる音が木霊した。
かと思えば、太っている貴族から順番に床へ落ちていく。
「「きゃぁぁぁあああ!!!」」
他の貴族達は蜘蛛の子を散らすように会場の隅へ逃げていき、落下の巻き添えを防いだ。
────と、ここでバンッと肉の叩きつけられる音が広がる。
それも、四回連続で。
『こいつら、まともに受け身も取れないのか?』と呆れる私を他所に、彼らは身を縮めた。
あまりの痛みに声も出ないようでひたすら嗚咽を漏らし、苦しそうに顔を歪めている。
「「ひぃ……!!!」」
涙を流す力さえ残っていない彼らの姿に恐れを成したのか、他の貴族達は腰を抜かした。
真っ青になりながら震え上がる彼らの前で、私はパチンッと指を鳴らす。
と同時に、魔法で掴んでいた布が降ってきた。
「何故、貴様らはそんなに死に急ぐんだろうな」




