エルフの襲来《リズベット side》
「あと、何で恩師様に会いたいんですか?あなた方と、どんな関わりが?」
ハーフエルフの私絡みならまだしも、恩師様は普通の人間の筈だ。
エルフ達に目をつけられるような要素は、一つもない。
強いて言うなら、エルフを凌駕するほどの魔導師ということくらい……。
『でも、それだけで接触を図るだろうか?』と疑問に思い、私は悶々とする。
────と、ここでエルフ達が一斉に吹き出した。
「お前、本当に何も知らないんだな!」
「余程、信用されていないんだろう!」
「まあ、こいつは半端者だからな!」
『何も知らされてなくて当然!』と言ってのけ、エルフ達はケラケラと笑った。
かと思えば、こちらに身を乗り出し、スッと目を細める。
「しょうがない。哀れな半端者にフードの女の正体を教えてやるよ」
『何も知らないのはさすがに可哀想だからな』と言い、エルフの一人は勢いよく両手を広げる。
「いいか?よく聞け。あいつはな────突然変異で化け物みたいな強さを持って生まれた、ハイエ……」
最後まで言い切る前に、エルフの一人は弾け飛んだ。
パンッと風船が破裂する時みたいに。
おかげで、血と肉しか残らず……生き物だった面影はない。
「────全く……ペラペラとよく回る口だな」
そう言って、エルフだったモノを踏みつけるのは────恩師様だった。
いつの間にか外へ出ていた彼女は、いつものローブ姿で周囲を見回す。
圧倒的存在感を放つ彼女の前で、エルフ達は竦み上がった。
恐らく、本能的に敵わない相手だと悟ったのだろう。
かつての私が、そうだったように。
「それで、貴様らは私の何を求めてここへ来た?」
パシャパシャと水飛沫……いや、血飛沫を上げながら残りのエルフへ向き直り、恩師様は肩を竦める。
「まあ、どうせくだらんことだろうがな」
「「「な、なんだと……!?」」」
どんなに怖くても、エルフとしてのプライドは捨て切れないようで……彼らは眉間に皺を寄せる。
と同時に、強く手を握り締めた。
「……我々はお前を迎えに来たんだ」
『ここで怒ってはいけない』と自制しているのか、エルフの一人は歯を食いしばって応対する。
が、恩師様はそんなのお構いなしで……
「ほう?それにしては、随分と無粋だったな」
と、最初の奇襲を指摘した。
『アレが迎えに来た者の態度か?』と問う恩師様に、エルフ達はハッと乾いた笑いを零す。
「別に『生け捕りにしろ』とは、言われてないからな。回収するのは、死体でもいいんだ」
「むしろ、そっちの方が喜ばれるだろう。貴様は何をするか、分からないし」
「まあ、せいぜい我々エルフの糧となれることを幸福に思うんだな」
「本来、貴様のような化け物には許されないほどの待遇なんだから」
『これぞ、誉れ高き死』と主張するエルフ達に、恩師様は一瞬黙り込んだ。
かと思えば、大笑いする。
おかしくて堪らない、とでも言うように。
「つまり、貴様らは────私を実験材料にして、更なる高みへ登りたいということだな?あれほど恐れ、忌み嫌い、遠ざけてきた私になりたいとは……余程、困り果てていると見える」
「なっ……!?我々は一度も『私になりたい』なんて……!」
「なんだ、違うのか?」
「それは……!」
『違う!』とは言い切れないのか、エルフ達は途端に押し黙る。
クシャリと顔を歪めて俯く彼らに、恩師様はゆっくりと手のひらを翳した。
「何故私の力を求めているのかは知らんが、礼儀のなっていない奴らに手を貸す気はない。ましてや、私を糧とするなんて……許す訳ないだろう」
『他人に死体を弄り回されるなんて、御免だ』と言ってのけ、恩師様は一歩前へ出る。
「それに、私にはやらなきゃいけないことがあるんだ。まだ死ぬ訳にはいかない」
そう言うが早いか、恩師様は翳した手を横に動かした。
と同時に────エルフ達の首は絞まっていく。たった一人を除いて。
『えっ?えっ?』と困惑する金髪のエルフを前に、恩師様は開いた手をグッと握り締めた。
その瞬間、エルフ達の首は折れる。
「リズベットに余計なことさえ言わなければ、全員生かしてやったのにな」
『馬鹿な奴らだ』と肩を竦め、恩師様は風魔法でエルフの死体を積み重ねる。
血と肉だけになった者に関しては、大きめの瓶を用意して収納したようだ。
『これで持ち運べるだろ』と言いながら死体の山のてっぺんに置き、恩師様は生き残りの一人へ声を掛ける。
「コレらを持って、集落に帰れ。そして、こう伝えろ────自分達のケツは自分達で拭け、とな。あと、もう二度とこちらに接触してくるな、とも。次は集落ごと破壊しに行くぞ」
『こっちは本気だ』と言い含め、恩師様はパンパンッと手を叩いた。
「分かったら、さっさと行け。いつまでも居座られると、迷惑だ」
「……は、はい」
恩師様の実力を目の当たりにしたからか、それとも自分以外の仲間を全員殺されたからか……生き残りのエルフは素直に従う。
もはや暴言を吐く気力もないようで、呆然としたまま歩き出した。
死体の山を風魔法で運びながら。
「さて、リズベット。我々も家に帰るぞ」
『と言っても、すぐそこだが』と述べつつ、恩師様は木製の建物に足を向けた。
と同時に、私はハッと正気を取り戻す。
恩師様がエルフの前に現れてから今まで、なんだか夢心地の気分だったから。
どうも、現実とは思えなかった。
「あ、あの……恩師様」
躊躇いがちに声を掛けると、恩師様はおもむろにこちらを振り返る。
「言いたいことは分かっている。私の正体だろう?」
「はい……その────ハイエルフって、本当ですか?」
最後まで発音出来なかったとはいえ、あそこまで言われれば私だって分かる。
何より、そう考えれば彼らの会話や目的に納得が行くから。
「ああ、確かに私はハイエルフだ」




