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クソ皇帝

「貴様────私()の家に入ったのか?」


 天井をじっと見つめながら問い掛けると、クソ皇帝は


「ああ」


 と、軽く返事した。

『君のことは全部知りたいからね』と述べる彼に対し、私は言いようのない衝動を覚える。


「オリエンス・シルヴァ・エリジウム」


 クソ皇帝のことをフルネームで呼び、私は無表情になった。


「あの家は……()と過ごしたあの場所だけは、ダメだ」


 『看過できない』と告げ、私は天井に手のひらを翳す。

そして、ギュッと握り締めた。


「かはっ……!?」


 突然苦しそうな声を上げるクソ皇帝は、『な、にが……!?』と当惑する。


「じ、げんを超えて攻撃してきただと……?君は……本当に規格外だな」


 ケホケホと咳き込みながらそう呟き、クソ皇帝は短い呼吸を繰り返した。


「っ……!心臓を握り潰されるなんて、初めてだよ……というか、これ……結構本当に不味いな……」


「……そう思うなら、さっさと接触を中断しろ。まあ、何もしなくても私の結界で断絶されると思うが」


 深呼吸して何とか平静を保ちつつ、私は『本当に殺すぞ』と警告する。

正直、いつまで殺意を抑えられるか自信がないため。


 ただ、こいつが消滅するだけなら別にいいんだが……元の世界に居る者達も道連れにされる危険性を孕んでいるからな。

()を失った世界が迎える末路は、きっと悲惨だろう。


 『だから、下手に殺せない……』と眉を顰める中、クソ皇帝は笑い声を零す。


「出来ることなら、時間いっぱい話したいところだが……この世界の神にも気づかれそうだから、やめておこう。でも、これだけは覚えておいて────僕には、君の悲願を叶えられる力がある。神の名は伊達じゃないってことさ」


 『君が望むなら、いくらでも力を貸すよ』と宣言し、クソ皇帝はコホンッと咳払いした。


「それじゃあ、また近いうちに会おう。今度はちゃんと顔を合わせて」


 そう言うが早いか、クソ皇帝はこちらへの干渉をやめる。

と同時に、彼の力の気配は消え去り、少し歪んでいた次元も元に戻った。

結局無駄になってしまった結界を見上げ、私はスッと目を細める。


「『また』って、あいつな……本当に懲りないな」


 瀕死状態に追い込まれても諦めないクソ皇帝の意志の固さに、私はなんだか呆れてしまった。

でも、おかげで怒りを鎮めることに成功。

『まあ、元はと言えばあいつのせいなんだが』と思いつつ、垂れ流した魔力を引っ込めた。

その途端、あちこちから『はぁー……』と息を吐く音が聞こえてくる。


「恩師様の殺気、久々だと効きますねー」


「首を絞められた訳でもないのに、息が出来なくなるなんて……」


「し、死ぬかと思いました……」


「いやぁ、マッッッジで怖かったー」


「イザベラ皇帝陛下なら、殺気だけで人を殺せそうですな」


「それは冗談抜きで、有り得そう」


 リズベット、ジーク、アリシア、アラン、リカルド、セザールの六人は思い切り体から力を抜く。

恐怖と不安で固まった体を(ほぐ)すように。

でも、私のことを敬遠することはなかった。

大抵の者は『化け物だ!』と泣き叫んで、私から離れていくというのに。


 肝が据わっているのか、私を信用しているのか……全く警戒していないな。


 『ちょっと無防備すぎるんじゃないか?』と呆れる中、ジークがこちらに手を伸ばした。


「あの、イザベラ様」


 控えめに私の手を引いてじっとこちらを見つめる彼は、おずおずと口を開く。


「先程の声のこと……説明してくれませんか?もちろん、無理強いはしません。俺はただ────イザベラ様のことをもっとよく知りたいだけなので」


 『謂わば、ただの好奇心です』と語るジークに、私は目を剥いた。

知って、どうこうするつもりはないのか?と。

『その言いようだと、対応を変えるつもりもないように聞こえるが』と戸惑い、顎に手を当てる。


「いや、まあ……もう隠し通せる問題ではないから、説明するつもりだが……何故、そんなに平然としていられるんだ?」


 『普通はもっと取り乱すだろう』と困惑する私に、ジークはパチパチと瞬きを繰り返す。

が、直ぐに柔らかい笑みを零した。


「イザベラ様はイザベラ様ですから。たとえ、どんな過去や事情があろうとそれは変わりません」


 黄金の瞳をうんと細め、ジークは握った手に力を込める。

と同時に、コツンッと額同士を突き合わせた。


「俺はイザベラ・アルバートだからでも、凄い魔導師だからでもなく────単純に貴方(・・・)のことが好きなんです、心の底から」


 『立場や能力はそれほど重要じゃない』と言ってのけたジークは、実に真っ直ぐで……どこか無邪気だった。

一点の曇りもない眼を前に、私はなんだか毒気を抜かれてしまう。


「全く……可愛いことを言ってくれる」


 軽く手を握り返しながらジークの方に少し顔を傾け、私は小さく笑った。

すると、ジークは林檎のように赤くなる。

パクパクと口を動かし、仰け反る彼は数歩後ろへ下がった。

でも、手を繋いでいるためそれほど距離は取れていない。

『先程までの積極性はどこへやら……』と肩を竦めつつ、私はジークの手を引いてソファに座り直した。


「では、ジークの可愛いお強請りに応えて諸々の事情を教えてやろう。まず、始めに────私はこの世界の人間じゃない」


 『ついでにリズベットもな』と語り、私は順を追って話していく。

────母のことは除いて。


 弟子のリズベットにすら、私の家族や生い立ちについては明かしていない。

とても特殊だから話しにくいというのもあるが、単純に嫌だった。

誰かに知られ、評価され、感想をつけられるのが。

なんだか、私の過去を穢されているように感じるため。


 『とにかく不快なんだよな』と思いつつ、私は説明を終えた。

すると、ジーク達は神妙な面持ちでこちらを見据える。


「なるほど。だから、イザベラ様はとても大人びているのですね」


「魔法の熟練度が人並み外れているのも、単純に経験の多さ……」


「只者じゃないのは分かっていたけど、まさか異世界で偉人として名を残しているとは……」


「さすが、我らが主!感服致しました!」


「他の誰かがこんな話をしても信じませんけど、イザベラ様だとなんか妙に納得です」


 ジーク、アリシア、アラン、リカルド、セザールの五人は『はぁ……』と感嘆にも似た溜め息を零す。

と同時に、リズベットが満足そうな表情を浮かべた。

所謂、ドヤ顔である。


「そうなんです!私の恩師様は超ウルトラスーパー凄いのです!」


「何故、貴様が威張る……」


「弟子だからです!」


 グッと親指を立てウィンクするリズベットは、『好きな人を褒められたら嬉しいじゃないですか』と主張した。

相変わらずうるさい彼女を前に、私はやれやれと肩を竦める。

────と、ここでアリシアが手を挙げた。


「あの、イザベラ様は元の世界の神様に狙われているとのことでしたが、こちらから何か対策というか……やれることはありませんか?」


 『微力ながら、お力添えしたいんです』と申し出て、アリシアはエメラルドの瞳に強い意志を宿した。

二度に渡る戦争の後処理を通して自信がついてきたのか、前よりもっといい顔つきになっている。

背筋もしゃんと伸びており、目線だって真っ直ぐだった。

『どこかのタイミングで自分の野心(本質)を理解したのか?』と考えながら、私は手で髪を払う。


「特にない。強いて言うなら、この世界の核である神に会ってクソ皇帝の思惑を伝えるくらいか?」


「でしたら、ソラリス神殿に一度話を聞いてみた方が良さそうですね」


「勝手にしろ。ただ、ソラリス神殿の崇める神がこの世界の核とは限らんぞ」


 別の世界の核である神が、信仰心を集めるために出張してきている可能性は大いにあるため、あまり期待しないよう言い聞かせた。

すると、アリシアは『分かっています』と相槌を打つ。


「どちらかと言うと、別の神殿とのパイプを作るのが狙いなので問題ありません。そもそも、彼らが世界の核のことを知っているかどうかも分かりませんし」


 『ハッキリ言って、情報は二の次です』と述べ、アリシアは両手を組んだ。


「一先ず、各神殿の祈祷室で神様にクソ皇帝……さん?のことをお伝えしようと思います。私のお祈り……というか、メッセージが神様に届くかは分かりませんけど」


 『まあ、やらないよりはいいでしょう』と笑い、アリシアはギュッと手を握る。

決意を固める彼女の前で、アラン達も協力を名乗り出た。

『超多忙の宰相様に丸投げは出来ませんよ』とか、何とか言って。


「自ら仕事を増やすとは……貴様らは損な役回りが好きだな」


 溜め息交じりにそう言うと、彼らは顔を見合わせる。

そして、呆れたように肩を竦めた。


「俺らだって、誰彼構わずこんな対応をしている訳じゃありませんよ」


「イザベラ皇帝陛下だから、力になりたいと思うのです」


「恩人が困っている時に、仕事の量なんていちいち気にしていられません」


「多少無理のあるスケジュールでも、奴隷時代のことを考えれば全然マシですし」


「ですから、どうか────ずっとここに居てください、イザベラ様」


 そう言って、ジークは繋いだままの手を強く握り締めた。

アラン、リカルド、セザール、アリシアの思いを……その根底にある願いを伝えるように。


「分かっている。心配するな」


 『どこにも行かない』と確約し、私はスッと目を細めた。

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