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馬鹿犬《ジェシカ side》

「どうだ?傑作だろう」


 火傷で爛れた顔を私自身に見せつけ、イザベラはカラカラと笑う。

おかしくて、しょうがないとでも言うように。


「ぁ……う……私の……顔が……」


 肉と眼球丸出しの状態を目の当たりにし、私は涙を流す。

でも、それがまた傷口に()みて痛い……。

『うぅ……』と嗚咽を漏らす私の前で、イザベラはスッと目を細めた。


「貴様はこの顔で死に、人々の記憶に残るんだ」


「い、嫌……」


「とても、ワクワクするよな」


「元に戻して……!お願いだから……!」


 半ば怒鳴りつけるようにして、私は治療を頼み込んだ。

この顔で死ぬことだけは、絶対に嫌だから。

皆の記憶に残る自分は、美しいままでありたい。


「死ぬのは百歩譲って、構わない……!でも、顔だけは……!」


「そうか。なら────」


 納得したように頷き、イザベラは真っ直ぐにこちらを見据えた。


「────尚更、このままにしないとな?」


「!!?」


 ニヤニヤと怪しく笑うイザベラに見事希望を打ち砕かれ、私は目の前が真っ暗になった。

怒りなのか、悲しみなのかよく分からない感情でいっぱいになり、クシャリと顔を歪める。

『何でよ……』と小声で呟く私に、イザベラは心底不思議そうに首を傾げた。


イザベラ()には、いつも『汚い』『醜い』と言っていたのに、自分は嫌なんて……そんな理屈、通る訳ないだろう?」


 『当たり前じゃないか』と言わんばかりにそう告げ、イザベラは手鏡を床に放り出す。

落下した反動でパリンッと割れるソレを一瞥し、こちらに背を向けた。

そのままテクテクと歩を進め、ドレッサーの引き出しを開けると、彼女は中身を物色し始める。


「そもそも、何故────復讐相手である貴様の願いを聞いてやらねば、ならない?」


「……そ、れは人として」


「人?ははっ!イザベラ()を同じ人間として扱ったことなど、ないくせに」


「っ……」


 『そんなことはない』と言えない程度には心当たりがあり、口を噤む。

そんな私を前に、イザベラはこう言葉を続けた。


「貴様は本当にどこまでも自分勝手な女だな。中身がなく、浅はかで、傲慢。そのくせ、立場を弁えず出しゃばり、痛い目を見る。まさに典型的な負け犬体質じゃないか。弱者は弱者なりに、小狡く立ち回ればいいものを」


 遠回しに『頭が足りない』と言ってのけるイザベラに、私は何も言い返せず……。

奥歯を強く噛み締めて、ただただ俯くだけ……。


 嗚呼……こんなことになるなら、私だけでもイザベラに優しく接しておけば良かった。

何であんな態度を取ってしまったんだろう……?

親切とまではいかずとも、感じの悪い言動さえ取っていなければ……見逃してもらえたかもしれないのに。


 過去の自分が愚かすぎて嫌になり、私は後悔を募らせた。

『こうなるって、知っていたら……』と嘆く中、イザベラはクルリとこちらを振り返る。

その手には、ハサミとメイク道具が握られていた。


「どれ、私が貴様の顔面を飾り立ててやろう。貴様がいつも、イザベラ()にやっていたようにな」


「!?」


「最後の手向けだ。有り難く受け取れ」


「ま、待って……!」


 座り込んだ状態のまま後退る私は、ブンブンと首を横に振る。

だって、私がいつもイザベラにやっていた散髪は……メイクは虐待そのものだから。


 こ、これ以上醜い姿になりたくない……!


 顔が焼け爛れただけじゃ満足しないイザベラの憎しみに、私は恐怖を覚えた。

ほんのお遊び感覚だった過去の行いが自分に返ってきて、ようやくその劣悪さを理解する。

でも、もう全部遅かった。


「逃げるな、馬鹿犬。手足を斬り落とされたいのか」


 そう言って私の髪を掴み、イザベラはハサミを大きく開く。

『あっ……』と思った時には、もう全て終わっていて……私の髪が床に散乱していた。

桃色のソレを前に、私は茫然自失となる────が、感傷に浸る間もなくおしろいを投げつけられた。

その際、白い粉が宙を舞い、私の気管を刺激する。

堪らずコホコホと咳き込む私の前で、イザベラは筆のようなものを手に持った。


 あ、あれは隣国から取り寄せた口紅……。


 などとぼんやり考えていると、イザベラが私の両頬を乱暴に掴む。

そのせいで更に痛みが増し、思わず呻き声を上げてしまった。

私は反射的に仰け反り、逃げようとするものの……イザベラの力が強すぎて、振り払えない。

『こんな力、どこから……!』と目を剥く中、彼女は紅のついた筆を私の顔に押し当てた。

焼け爛れた肌に更なる刺激が走り、悶絶する私を前に、イザベラは『くくくっ……!』と低く笑う。


「実にいい顔だ。これなら、誰もが振り返るほどの女になれるんじゃないか?悪い意味で」


 私の顔を覗き込み、イザベラは満足そうに目を細めた。

かと思えば、頬から手を離す。

ついでにハサミやメイク道具も投げ捨てた。


「さて、仕上げだ」


 独り言のようにそう呟くと、イザベラは数歩後ろへ下がる。

と同時に、茶色く濁った水を顕現させた。


 この子、まさか……。


 嫌な想像が脳裏を過ぎり、私はサァーッと青ざめる。

そして、逃げ出そうとした瞬間────顔の周辺を水で覆われた。

球体型の水の檻に閉じ込められ、もがくものの……どうにもならない。

手で水を掻き出そうにも指の隙間からすり抜け、頭を振り乱しても離れない。

私は依然として、水の檻に閉じ込められたまま。

そうなると、当然呼吸が出来ず……私は苦しさのあまり喉元を掻き毟った。


 誰か……誰か!助けて!このままじゃ、本当に────死ぬ……!!


 生命の危機をヒシヒシと感じながら、私は茶色く濁った水を飲んでしまう。


 あああああああ!!!!やだ!!!!汚い!!!!


 嫌悪感と不快感に塗れ、私はどうにか吐き出そうとするものの……逆にもっと摂取してしまう始末。

まさに地獄だ。

『お願い、誰か助けて……!』と切に願う中、いきなり頭の中が真っ白になる。

それどころか、呼吸困難による苦痛も消え失せ、体から力が抜けた。

『嗚呼、死ぬのね……』と本能的に悟りつつ、私はドサッと床に倒れる。

その際、水の檻が弾け飛び、辺りをずぶ濡れにした。

水面に映る自分の醜い姿をぼんやり見つめ、私はそっと目を閉じる────が、


「くくくっ……!本当に傑作だな。馬鹿犬には、似合いの最期だ」


 嫌味の籠ったイザベラのセリフに触発され、私は反射的に目を開けた。

と同時に、邪気を孕んだイザベラの笑顔が視界に入る。

闇より黒く、夜より暗い純粋な悪意を目の当たりにし、私は竦み上がった。

こんな人間が……化け物が存在する事実に衝撃を受け、心底恐ろしくなる。

そして、私は半ば逃げるようにこの世を去った。

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