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異世界人の帰還

◇◆◇◆


 ────アンヘル帝国との戦争から、早一ヶ月。

冬の寒さも少し和らいだ頃、戦後処理に必要な手続きがようやく終わった。

無論、アンヘル帝国の貴族からは猛反発を受けたが、ソラリス神殿の後押しもあり『分が悪い』と判断したらしい。

今は沈黙を選んでいる。


 属国扱いで完全に取り込まれた訳じゃないから、まだギリギリ自分達の面子を保てると判断したんだろうな。

それに、有能な異世界人を救出……という名の横取りをされ、内心焦っているのかもしれない。

彼らが居ない状況で、アルバート帝国と本格的にことを構えて勝てるのか?と。


 数の利だけでは、私に勝てないからな。

また、こちら寄りの考えを持っている民達が素直に戦ってくれるかどうかも分からない。

なんせ、こちらは────罪のない人々を一人も殺していない上、終戦後も出来るだけ今まで通りの生活を送らせているから。

さすがに城の方までそうは行かないが……アリシアとジークの采配やギデオン達の尽力もあり、何とか新体制でやっていけているようだ。

つまり、民達にはまた戦争を起こす意味が……その必要性がないということ。


 『現状で満足しているだろうからな』と肩を竦め、私は自室のテラスから飛び降りる。

風魔法や重力魔法を用いてゆっくり地上に着地すると、私はすぐそこにある石畳へ足を向けた。


「さてと────待たせたな」


 そう言って、私はオスカーによって攫われてきた異世界人を見据える。

すると、彼らはどことなく寂しい面持ちでこちらを振り返った。


「ほ、本当に────帰れる(・・・)のか……?」


 エメラルドの瞳に複雑な感情を滲ませつつ、ギデオンはおずおずと顔を上げる。

異世界召喚されてから今まで幾度となく『帰りたい』と思ったことがあるだろうに、いざとなると二の足を踏んでしまうようだ。


オスカー(皇帝)は『帰る方法なんて、ない』と断言していたが……」


「私をあんなやつと一緒にするな。座標さえ分かれば、大概何とかなる」


 オスカーの残した魔法陣の写しや途中計算の用紙を思い返し、私は『これくらい朝飯前だ』と胸を張る。

実際、座標の逆算や帰還用の魔法陣の作成は三十分程度で終わったため。

苦労したのはどちらかと言うと、資料集めの方だ。


 城はオスカーの道連れにされて、消滅したからな。

そのせいで、皇室の別荘や私有地を幾つも回る羽目になった。

と言っても、実際に探し回っていたのは私じゃないが。


 『疾風』のメンバーに丸投げしたことを思い出し、私は後で何か褒美を与えようと考える。

────と、ここで異世界人達が一様に頭を下げた。


「本当に何から何までありがとう」


「礼はいらん。元より、そういう約束なのだからな」


 戦争前ジークと敵情視察に行った際、ギデオンと交わした約束は三つ。

一つ、異世界人をアンヘル帝国から解放すること。

二つ、異世界人を全員元の世界へ帰すこと。

三つ、異世界人はアルバート帝国とアンヘル帝国の戦争に最大限協力し、終戦後も情勢が落ち着くまで力を貸すこと。


 正直、二つ目の約束は守れるかどうか微妙だったが、『最後まで力を尽くす』ということで合意した。

敢えて期限を区切らなかったのは、そのためだ。


「それより、さっさと準備しろ」


 『別れの挨拶はもういいのか?』と問い、私は異世界人の足元へそれぞれ魔法陣を転送した。

自室で予め作っておいたため、あとは発動するだけである。

『こちらは準備万端だ』と態度で示す中、ギデオンは他の異世界人と顔を見合わせた。

かと思えば、ずっと手に持っていた箱をこちらへ差し出す。


「えっと、これ……」


 おずおずといった様子で箱の蓋を開け、ギデオンはチラリとこちらの顔色を窺った。


「感謝の印として、貰ってくれ」


「いらん」


「なっ……!?」


 カッと目を見開き、ギデオンはこちらを凝視した。

『何故だ!?』と視線だけで訴え掛けてくる彼を前に、私は大きな溜め息を零す。


「さっきも言ったが、貴様らを助けたのはそういう約束だからだ。感謝の品を受け取る謂れはない」


「そ、そんな……」


 困ったように眉尻を下げ、ギデオンはギュッと箱を抱き締める。

と同時に、エメラルドの瞳を大きく揺らした。


「でも、それでは我々の気が済まない」


 『頼むから貰ってくれ』と懇願してくるギデオンに、私はやれやれと(かぶり)を振る。

これは受け取るまで引き下がらないつもりだな、と確信しながら。


「分かった。親交の証としてなら、貰ってやる」


「ほ、本当か……!」


 パッと表情を輝かせ、ギデオンは少しばかり前のめりになった。

『貰うのはこっちなのに、何故あげる方が喜んでいるんだ……』と呆れる中、彼は明るく笑う。


「では、親交の証として貰ってくれ!」


「……ああ」


 予想以上の反応に戸惑いながらも、私は箱を受け取る。

と同時に、首を傾げた。


「ちなみにこれらは何なんだ?」


 開けっ放しの箱の中を覗き込み、私は僅かに眉を顰める。

『おい、この匂いは……』と嫌な予感を覚える私の前で、ギデオンはカチャリとメガネを押し上げた。


「────僕達の体の一部だが?」


 平然とそう言ってのけたギデオンに、私は『あぁ、だから血生臭かったのか』と納得する。

が、それを良しとするかはまた別問題で……。


 仮にも感謝の品として渡そうとしていたものが、体の一部って……こいつらのモラルはどうなっているんだ。

行動そのものはメンヘラと大差ないんだが。


「なあ、やっぱり受け取り拒否してもいいか」


「えっ!?何故だ!?エルフの血や獣人の牙は物凄く貴重なんだぞ!?研究材料としても使えるし!」


「それは知っているが……」


 前世で、そういう種族の研究は粗方終わっているからな。


 ────とは言えず、言葉を濁した。

『長寿で魔力量の多いエルフなんて、特にな』と考える中、ギデオンは焦ったような表情を浮かべる。


「我々に出来る最上級の奉仕を拒む、だと!?人型の異種族がほとんど存在しないこの世界からすれば、値段を付けられないほどの代物なのに!?」


 喜んで貰えると思っていたのに当てが外れたギデオンは、半ばパニックに陥る。

その尋常じゃない慌てように、私は内心苦笑を漏らした。

『貴様ら、どれだけ自分の存在に自信を持っているんだ』と、思いながら。


「まあ、こういうのは気持ちが大事だと言うし、受け取っておこう」


 『返品の申し出は取り消す』と述べ、私は箱を亜空間収納に放り込んだ。

すると、ギデオン達はホッとしたように表情を和らげる。

が、いらないものを押し付けてしまったような状況に申し訳なさを覚えたのか、たじろいだ。


「い、いや無理しなくてもいいんだぞ。早急に別のものを用意するから」


「そこまで気を遣わなくていい」


「だが……」


「今は必要なくても、これからは分からないだろ。貴様らの寄越してきたものはどれも高品質だし、加工だって簡単そうだ。持っておいて、損はないだろう」


 先程チラッと見ただけだが、自主的に体の一部を提供しただけあって状態はかなり良かった。

温度管理や湿気対策もされていたため、たとえ亜空間へ入れなくても長持ちした筈。

『かなり細かいところまで気を配ったようだ』と思案する中、ギデオン達は肩の力を抜く。

『それなら……』と納得を示し、僅かに表情を緩めた。


「じゃあ、僕達の贈った品が早くイザベラ・アルバートの役に立つことを願っているよ」


「ああ、そうしてくれ────で、準備はもういいのか?」


 『貴様らの心残りはプレゼントだけ(これだけ)か?』と尋ねると、ギデオンは首を縦に振る。


「ああ。待たせて、すまない。始めてくれ」


 『もう思い残すことはない』と主張し、ギデオンは背筋を伸ばした。

他の異世界人達も姿勢を正し、魔法陣の発動を待つ。

その途端、しんみりした空気が流れるものの……私は気にせず、魔法陣へ魔力を流した。


「以前にも言ったが、私に出来るのは元の世界へ貴様らを送り返すことだけだ。時間軸や細かい場所までは、指定出来ない。故に、家族や友人と合流出来る保証はない。幸せになれる確証も」


 逆召喚の懸念点を述べ、私は真っ直ぐに前を見据えた。


「もし、引き返すなら今のうちだ。こちらの世界に留まるのなら、それなりの待遇で受け入れてやる」


 安牌とも言うべき選択肢を提示する私に、ギデオン達はスッと目を細める。

でも、その瞳に一切迷いはなくて……ただただ凛としていた。


「有り難い申し出だが、僕達の意志は変わらない。たとえ、孤独になっても不幸になってもこの決断を悔いることはないだろう。元の世界で老い、朽ち果てることさえ出来れば充分だからな」


 『元の世界で骨を埋めたい』という思いが強いようで、ギデオンは安牌を切り捨てる。

他の異世界人達も、同様に。


「そうか。それは残念だ。貴様らが居れば、もっと楽に国を回せると思ったんだが……ここまで言われては、しょうがない。私は貴様らの意志を尊重しよう」


 腰に手を当ててそう宣言し、私は足の爪先で地面を(つつ)く。


「では────さらばだ、異世界人。せいぜい、長生きしろよ」

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