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言わなきゃいけないこと

「あっ、そうでした。私、恩師様に一つ言わなきゃいけないことがあるんです」


 『すっかり忘れていた』とボヤき、リズベットはおもむろに下を向いた。

かと思えば、どこか気まずそうに愛想笑いする。

これは私にとって、都合の悪いことを報告する時の態度だ。

『おい、まさかこいつ……』と嫌な予感を膨らませる私の前で、リズベットは意味もなく地面に丸を書く。


「あの、実はですね。あのクソ皇帝とある取り引きをしていまして……」


「おい、『絶対あいつの口車には乗るな』と再三言い聞かせておいただろう」


 思い切り眉を顰め、私は『絶対、ろくなことにならない』と不機嫌になる。

すると、リズベットは滂沱の涙を流し縋り付いてきた。


「だって、だって!あのクソ皇帝が『取り引きに応じないと、この世界から出られないようにする』って、言うからー!神に通行止めされたら、恩師様を探しに行けないじゃないですか!」


 『私だって、嫌だったんですよー!』と泣き叫び、リズベットは地べたに座り込む。

ポカポカと地面を殴って感情を爆発させる彼女に、私は冷めた目を向けた。

『そのまま、一生通行止めされていれば良かったのに』と思いながら。


「……それで、あいつからの要求は何だったんだ?」


 もはや怒りを通り越して呆れしか感じず、私は額に手を当てる。

『過ぎたことをどうこう言っても、しょうがないからな』と考えていると、リズベットがゆっくり顔を上げた。

深紅の瞳に不安を滲ませ、彼女はおずおずと口を開く。


「……お、恩師様を発見したら必ず知らせることです」


「その取り引きは契約魔法で行ったのか?」


「はい……」


「なら、速攻で解除してやる。今すぐ、魔法陣を見せろ」


 異世界人に掛けられた主従魔法を解いた時のように、また解けばいい。

そしたら、実質損害は0になる。


 ────と、閃くものの……現実とは非情なもので、


「えっと……多分、もう知らせが行っている筈なので、解除するだけ無駄だと思います……」


 最悪な事実を突きつけてきた。

『確か、自動転送設定だった筈……』と述べるリズベットは、身を縮こまらせる。

正座して反省の姿勢を見せる彼女に、私は大きく息を吐いた。


「……小癪な真似を」


 『私に解除されることを見越してか』と呟き、天を仰ぐ。

憎たらしいほどの青空を眺めながら悶々とし、私は前髪を掻き上げた。


「そう遠くない未来に、何かしらの形で接触されそうだな」


「あっちは恩師様を取り戻すつもりのようですからね……」


「『取り戻す』って……私はいつから、あいつのものになったんだ」


 幾度となく求婚はされてきたものの、全て断ってきた。

ああいうタイプは配偶者や恋人にすると、厄介なため。

『支配欲と独占欲の塊なんだよな』と思い返す中、リズベットはゴシゴシと目元を擦る。


「まあ、神は世界の核なのでそう簡単にこちらへ来れないと思いますが。異世界に干渉するということは、別の神の領域を侵すということなので」


 『いくら、あのクソ皇帝でも難しい筈』と零し、リズベットは顔を上げた。

と同時に、モジモジと手を動かす。


「あの……たとえ、あのクソ皇帝が突撃しても追い返しますから。恩師様のお手を煩わせることはありません。なので、その……」


「許してほしいか?」


 私に嫌われることを最も恐れているリズベットに、そう問い掛けた。

すると、彼女は弾かれたように首を縦に振る。


「そうか。なら────これから、創設する学校の理事長になれ」


 何の脈絡もなく唐突にそう話すと、リズベットはポカンと口を開けて固まった。


「えっ……?りじ……?」


 宮廷魔導師でも魔法研究者でもなく教育者としての才能を求められ、リズベットは困惑する。

『何で理事長?』と言いたげな視線を前に、私はスッと目を細めた。


「もし立派に勤め上げられたなら、今回の件は水に流してやるぞ」


「やります!」


 勢いよく右手を上げて提案に応じるリズベットは、『むしろ、やらせてください!』と頭を下げる。

案の定とも言うべき回答に、私はゆるりと口角を上げた。

これで学校の創設を早められるな、と喜びながら。


 こいつには魔法をはじめ、様々な学問を教えてある。

貴族の礼儀作法やダンスだって、得意だった。

つまり、いざという時はこいつに全ての講義を丸投げ出来るということ。

無理して、教師を集めなくてもいい状況は非常に好ましかった。

そして、何より────仕事で忙しくなれば、リズベットを遠ざけられるからな。

少なくとも、二十四時間三百六十五日ずっと一緒という事態は避けられる筈。


 『上手く行けば、そのまま独り立ちする可能性も』と考え、私は内心ほくそ笑んだ。


「では、話もまとまったことだし────我が城に一旦帰るとしよう」


 そう言うが早いか、私は異世界人やリズベットを連れて皇城の執務室に転移。

さすがに人数が多かったのか、物凄い圧迫感を覚えるものの、気にせず待機していたジークとアリシアに声を掛けた。

────と、ここで連絡係のアランが例の靴を活用して窓から侵入してくる。

どうやら、何かの報告に来たらしい。


「ちょうどいいところに来たな。リカルド達を撤退させてくれ。捕虜も解放してくれて、構わない」


 勝利の証である書類を見せながら、『こちらの武力と慈悲深さを見せつけるための進軍は、必要なくなった』と告げる。

すると、アランは僅かに目を剥いた。


「計画は上手く行ったみたいですね」


「ああ、バッチリだ。予定通り、一時間後合流地点へ貴様らを迎えに行く」


「分かりました」


 『待ってますね』と言い、アランは真冬の空へ再びダイブした。

かと思えば、例の靴で宙を舞い、あっという間に見えなくなる。

『もうあの靴の扱いに慣れたのか』と思いつつ、私は風魔法で窓を閉めた。

暖炉を付けているとはいえ、さすがに開けっ放しは寒いので。


「さて────ジーク、アリシア。貴様らの出番だ」


 ソファに腰掛ける彼らの前へ書類を転移させ、私は『ほら、さっさと立て』と促す。

戦後処理のため、二人を連れてアンヘル帝国の皇城へとんぼ返りしないといけないため。

『全く……私だけ、無駄に忙しいな』と思案する中、二人は急いで身支度を整えた。


「ところで、アンヘル帝国の扱いは計画通り────属国(・・)でよろしいんですか?」


 『植民地化などじゃなくて、いいんですね?』と念を押すアリシアに、私は迷わず頷いた。


「ああ。あんな馬鹿デカい国を支配下に置くのは、骨が折れるからな。異世界人を助けるためという大義名分があれど、この戦争結果を受け入れられない者も多く居るだろう。貴族だって、黙っていない筈だ。だから、国そのものは残して摂政という形を取る」


 まだ幼い皇子を思い出し、私は『あれくらいの年齢なら、操りやすい』と考えた。

無論、傀儡人形にするつもりはないが。

将来的には、きちんと皇子自身に国を統治してもらう所存だ。

ただ、こちらの価値観に染め上げるだけ。


「貴族を調子に乗らせないために、皇室の権威はあまり落とすな。あくまで、悪いのはオスカーだけということにしろ。場合によっては、ソラリス神殿(負け犬共)の力を使っても構わん」


 品行方正というイメージのある神殿が、オスカー個人を責める声明文を発表すればさすがの貴族共も黙るしかないだろう。


 『こういう時、神殿って便利だよな』と考える中、ジーク達は出掛ける準備を終える。

『参りましょう』と促す彼らに頷き、私はアンヘル帝国の皇城へ向かった。

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