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小心者の勇気

「────全員巻き添えにして、死んでやる!」


 そう言うが早いか、オスカーはネックレスの中身の部分を強く押した。

と同時に、地面が……いや、もっと正確に言うと城の敷地内が浮く。

比喩表現でも何でもなく、物理的に。


 空中都市みたいなものか?前世にも、浮いた島や国はたくさんあったからな。


 『こっちの世界にも、そういうものがあったのか』と思案する中、城は高度三千メートルに達する。

が、まだなお上昇していく。


 おい、待て。これ以上の高さは人間じゃ、耐えられないぞ。

低酸素症になる危険がある。

それで一度、知人の子供を殺しかけたことがあるから間違いない。


 『高い高いしてやったら、虫の息で帰ってきたんだよな』と思い返し、私はパチンッと指を鳴らす。

その瞬間、ここら一帯は結界で覆われた。

一先ず、これで時間稼ぎは出来るだろう。でも、根本的な解決にはならない。


「『巻き添え』って、こういうことか」


 手に持ったキャンディを亜空間収納に放り込みつつ、私は大きく息を吐く。


 緊急脱出用のために作られたと思われるものが、自滅用に使われるなんて皮肉だな。

まあ、尤もこれはまだ試験段階のようだが。


 『高度をいじれない時点で、完成品とは言い難い』と肩を竦め、私は人差し指をクルクルと回した。


 丸ごと地上に転移させるのが、一番手っ取り早いな。

でも、コレを動かしている魔法か魔道具を見つけ出さないと固定は出来ないし……何より────


「────せっかく自滅を選んだオスカーの勇気が、無駄になってしまうな」


 『くくっ……』と低く笑い、私は小心者の決断を尊重しようと考える。

やっとの思いで踏み出した一歩を無に帰してしまうなんて、そんなこと……慈悲深い私には、出来ないから。

『自分の選んだ道を歩ませてやろう』と思い立ち、パンッと手を叩く。


 すると、オスカー以外の人間が私の前に姿を現した。

転移魔法を体験するのは初めてなのか、全員ポカンとしている。

その中には、城の奥で震えていただろう皇妃や皇子の姿もあった。


「ギデオン、他の皇族達は異世界人の件に噛んでいるのか?」


「知ってはいたと思いますが、積極的に絡んできたことはないかと。良くも悪くも、傍観していただけ……という印象を受けます」


「そうか」


 悪者とは言い切れない状況を考え、私は『助けてやってもいいが……』と悩んだ。


「ギデオン、貴様らはどうしたい?」


 一番の被害者である異世界人達に、私は意見を仰ぐ。

正直、どっちでもいいため。


「僕は……僕達は」


 ギュッと強く手を握り締め、ギデオンは他の異世界人に目を向けた。

すると、彼らは黙ってコクリと頷く。

その瞬間、皇妃と思われる女性がこちらへ手を伸ばした。


「お、お願いします!どうか、息子だけでもお助けください!私はどうなっても構いませんので!」


 異世界人の同意をどう捉えたのか……彼女は必死に懇願してくる。

泣きながら頭を下げる彼女の前で、ギデオンは困ったように笑った。


「そのようなことをされなくても、大丈夫ですよ。我々は元々あなた方を助けるつもりだったので」


 『頭を上げてください』と促し、ギデオンはこちらに向き直る。


「イザベラ・アルバート、罰するのは皇帝だけでいい。皇妃と皇子は助けてやってくれ」


「貴様らがそれでいいなら、そうしよう」


 『後のことを考えると、皆殺しは不味いし』と考えつつ、私は地面へ巨大な魔法陣を描く。

これだけの人数を転移させるとなると、無詠唱は少々リスクが高いため。

出来ないことはないが、失敗すると何人か時空の狭間に放置されたり、手足を失ったりする。

『後者はさておき、前者はな』と肩を竦め、魔法で声量を大きくした。


オスカー(この小心者)と最期を迎えたくない者は、魔法陣から出るな。地上へ下ろしてやるから」


 『ここに残りたいやつは出とけ』と促すと、彼らは顔を見合わせる。

そして、誰からともなく頷き合い、グッと足に力を入れた。

意地でも出ないぞ、とでも言うように。


 まあ、普通はそうなるよな。ただの無能な王様ならまだしも、相手は自分を殺そうとしてきた奴。

余程の馬鹿でもなければ、最期を共にしようとは思わないだろう。


 『あと、単純にオスカーは人望がなさそうだしな』と嘲笑い、魔法陣に魔力を込めていく。

さっさとお暇しようとする私の前で、オスカーはカタカタと小さく震えた。


「て、転移だと……?この人数を……?距離だって、それなりにあるのに……」


 『そんなこと可能なのか……?』と瞳を揺らし、オスカーは信じられないものを見るような目でこちらを見る。


「もし、それが可能なら儂は……」


 相当無駄なことを仕出かした事実にようやく気づいたのか、オスカーは頭を抱え込んだ。

『結局、ただの自殺に終わってしまう』と……『犬死同然の末路を迎える』と悟り、呻き声を上げる。

悔しさとやるせなさでどうにかなってしまいそうな彼を前に、私はフッと笑みを漏らした。


「貴様は本当に最後の最後まで、無様だな」


 両腕を組んでオスカーを見下し、私はスッと目を細める。


他人(ひと)よりずっと恵まれているのに、ソレを活かし切れず……だからと言って全てを放棄する度胸もなく、先祖の積み上げてきた功績と異世界人の力で辛うじて名ばかりの王を演じてきた。まさに見せかけの存在」


 王の器じゃないことを遠回しに指摘し、私は少しばかり身を屈めた。


「いっそ、哀れみすら感じるな」


「っ……!ば、馬鹿にするのも大概にしろ!」


 堪らずといった様子で顔を上げ、オスカーは立ち上がろうとする。

最後に一矢報いたいのか、なけなしの勇気を振り絞ったようだ。


「ほう?まだ抵抗する気力が、残っているのか。まあ────体は正直みたいだが」


 腰が抜けて立てないオスカーを前に、私は『これじゃあ、何も出来ないな』と肩を竦める。

すると、オスカーは顔を真っ赤にして蹲った。

『クソッ……』と何度も地面を殴りつけ、悔しそうに歯を食いしばる。

無力な自分を呪う彼の前で、ギデオンは


「貴方のような外道には、似合いの末路ですね」


 と、嘲笑った。

これまでの苦痛を吹き飛ばすように。

エメラルドの瞳に恨み辛みといった感情を滲ませる彼は、おもむろに目を瞑る。

と同時に、オスカーの方へ背を向けた。


「イザベラ・アルバート、そろそろ行こう」

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