フードの女の正体
「おい、ギデオン。もしや、あの女も────異世界人なのか?」
額に手を当てながら問い質すと、ギデオンは少し困ったような表情を浮かべた。
「すまない。そこまでは、ちょっと分からない。ただ、数週間前に大広間を何者かに破壊されて……その翌日から、彼女が城の中で目撃されるようになったんだ。だから、彼女も異世界人で何かしらの方法を使い、陛下達に対抗したんじゃないかと……主従契約から、逃れたんじゃないかと専らの噂だ。現に、陛下は彼女に頭が上がらないようだし」
『こんなの初めてだよ』と言い、ギデオンはカチャリとメガネを押し上げる。
「まあ、事情を知らない者達は『陛下の寵愛を一身に受ける側室』だと思っているようだが……」
「あの様子からして、それはないな」
「だよな」
『同感』と頷き、ギデオンは媚びるような……縋るような態度を取るオスカーに溜め息を零した。
一応、主人だった者がこうも情けないと……やるせない気持ちになるのだろう。
自分はこんな奴に苦しめられてきたのか、と。
何とも言えない表情を浮かべる彼の前で、オスカーはリズベットに泣きつく。
恥も外聞もかなぐり捨て。
「リズベット様、お助けください!あの者が城を破壊して……!」
こちらを指さし、オスカーは『酷いんですよ!』と訴え掛ける。
その姿は母親に助けを求める子供のようで……見るに堪えない光景だった。
『お前、何歳だよ……』と呆れる私達を他所に、リズベットは大きな溜め息を零す。
「眠いので、そういうのは後にしてもらえますー?」
『気分じゃない』とバッサリ切り捨て、リズベットは懇願してくるオスカーを足蹴にした。
相変わらず素行の悪い彼女を前に、オスカーは面食らう。
「なっ……!?それでは、話が違います!こちらが充分な暮らしを保証する代わりに、帝国を守ってくれると仰ったではありませんか!契約魔法まで交わしたのに、こんなの……あんまりです!」
リズベットに背中を踏みつけられながらも、オスカーは何とか顔を上げた。
かと思えば、少しばかり表情を引き締める。
「このままでは、契約破棄と見做して罰を受けてもらうしかありませんね……!」
フンスと鼻息を荒くして捲し立て、オスカーは『どうだ』と言わんばかりに笑った。
こうすれば相手は協力せざるを得ないとでも思って、勝ちを確信しているのだろう。
だが、残念だったな────私の知っているリズベットであれば、その程度の脅しには屈しないぞ。
『あいつは本当に逞しいからな』と苦笑いしていると、リズベットが思い切りオスカーの顔面を踏みつける。
「それを言うなら、罰を受けるのはそっちの方なんですが?」
「えっ?なっ……!?そんな筈……」
「契約内容をしっかり理解なさっているんですか?私は確かに『充分な暮らしを保証するなら』って、言いましたよねー?なのに、何です?この惨状」
廃墟とまでは行かないものの、かなりボロボロになった建物を見上げ、リズベットは腕を組む。
「屋根のない場所で寝かせるなんて、酷いと思いません?これのどこが、『充分な暮らし』なんですー?」
「!!」
ハッとしたように目を剥き、オスカーは黙りこくった。
いや、返す言葉が見つからず口を噤むしかなかったとでも言おうか。
なんにせよ、実に愉快な末路である。
「私、屋根のない場所ダメなんですよねー。昔を思い出すから……」
どことなく暗い声色でそう語り、リズベットはおもむろに手を上げる。
天へ翳すように。
「恩師様を探す間の根城にちょうどいいと思って、貴方と契約しましたが……こんな初歩的なミスを仕出かすくらい無能なら、他所を当たった方が良さそうですー」
「お、お待ちください!そもそも、城をこんな風にしたのはあの小娘で……!私だって、屋根を外したくて外した訳じゃ……!」
『決して、貴方に不便な暮らしを強いるつもりはなかった!』と、オスカーは力説する。
が、リズベットは全く意に介さない。
「だから、何なのです?貴方は自分の城一つ守れないくらい、ひ弱なんですか?なら、尚更他所を当たりたいんですけどー」
『面倒を見切れない』と主張し、リズベットはやれやれと首を横に振った。
その拍子に、フードが取れ────艶やかな紫髪と深紅の瞳が露わになる。
あぁ……やっぱり、こいつ前世の弟子だな。間違いない。
人間離れした端整な顔立ちの女を前に、私は小さく肩を落とした。
まさか、異世界でも弟子と会うことになるなんて思わなかったから。
『面倒臭いことになりそうだな』と嘆息する中、リズベットは不意にこちらを見る。
と同時に、少し目を見開いた。
「ん……?んんん?」
オスカーを踏みつけたままこちらへ身を乗り出し、リズベットは眉を顰める。
何か引っ掛かることでもあるのかこちらを凝視し、ゆっくりと近づいてきた。
『一体、何なんだ』と訝しむ私を前に、彼女は吐息が感じられる距離まで迫る。
そして、少しばかり表情を和らげた。
「……貴方────恩師様にすっごく似てますね」
そりゃあ、本人だからな。
「特にこの表情……『うわっ!面倒くせぇ!』みたいな感じが見て取れて……恩師様が私を見た時の反応と酷似しています」
私、いつもそんな表情をしているのか。まあ、こいつを鬱陶しく思っているのは事実だが。
「貴方にはなんだか物凄く親近感……というか愛着が湧くので、飴ちゃんを差し上げましょう」
『ミニ恩師様みたいで凄くいい』と呟き、リズベットは亜空間収納からキャンディを取り出した。
『どうぞ』と手渡してくる彼女を前に、私は反応に困る。
とりあえず、受け取ってみたが……ここから、どうすればいいんだ?
食べればいいのか?それとも、前世のように投げ捨てていいのか?
というか、そもそも私はこいつに正体をバラすべきなのか?それとも、隠し通すべきなのか?
じっとキャンディを眺めながら、私は暫し思い悩む。
────と、ここでオスカーが服の中からペンダントを取り出した。
「クソッ……!まさか、リズベット様まで懐柔されるとは……!こうなったら……こうなったら!」
ペンダントの金具を右へ左へ忙しなく回し、オスカーは表面部分の蓋を開ける。
どうやら、ロケット型だったらしい。
「────全員巻き添えにして、死んでやる!」




