異世界人
「────異世界人の解放のために来た」
そう言うが早いか、私はパンッと手を叩き────皇城の至るところに雷を落とした。
あちこちから『きゃぁぁぁあ!』と悲鳴が上がる中、重力魔法で城の屋根だけ取っ払う。
ここまで人が多いと、哀れな子羊共を見分けられないため。
『中には、一度も会ったことのない奴だって居るし』と考えつつ、私は手当り次第空中に浮かせる。
先日、ジークと共に接触した子羊も含めて。
「ほ、本当に来てくれた……」
半ば呆然とした様子でそう呟くのは、緑髪翠眼の青年だ。
若干涙目になりながら息を呑む彼は、胸元を強く握り締める。
「じゃあ、本当に……解放されるんだ」
少し先の尖った耳をピクピク動かし、彼は声を押し殺して泣いた。
かと思えば、真っ直ぐにこちらを見据える。
「ありがとう、イザベラ・アルバート」
「礼はいらん。前も言ったが、これはあくまで我が国のためにやっているんだ」
『貴様のためじゃない』と言い切り、私は空中に浮いた者達を結界で保護する。
下に居る者達から、攻撃されては堪らないから。
「この小娘!今すぐ、ギデオン様達を解放しろ!」
そう言って、こちらに剣先を向けるのはアンヘル帝国の騎士の一人だった。
身なりからして、恐らく団長か何かだろう。
「解放しろ、か……どちらかと言うと、それは我々のセリフだと思うが?」
「なんだと?」
怪訝そうに眉を顰める騎士に、私はクスリと笑みを漏らす。
「なあ、貴様はおかしいと思わないのか?こいつらだけ、ずっと城に詰めて働いて……休むことすら許されず、楽しみもなく、大して思い入れのない国のために尽くして……」
「何が言いたい?」
若干たじろぎながらも強気な態度を貫き、騎士は決して剣を下ろさなかった。
どことなく表情を強ばらせる彼に対し、私はニヤリと口元を歪める。
『こいつ、典型的ないい子ちゃんタイプだな』と思いながら。
私はなかなか運がいい。この手のやつは正義感に溢れているから、今回の計画でいい働きをしてくれるだろう。
『見たところ、人望もありそうだし』とほくそ笑み、私はバッと勢いよく手を広げた。
「アンヘル帝国の平和は、こいつらの犠牲の上で成り立っていたんだ」
「ぎ、犠牲なんて……そんなこと!」
「ない、と言い切れるか?」
『本当に?』と念を押すように問い掛けると、騎士は口ごもる。
子羊共の勤務形態には、前から思うところがあったらしい。
「で、でも……!ギデオン様達は自ら進んで、仕事を……!」
「────いいえ、私達は一度だって進んで仕事をしたことはありません」
小さく頭を振って否定し、ギデオンは涙のせいで汚れたメガネを一旦取る。
と同時に、そっと眉尻を下げた。
「私達は突如として、この世界に呼び出され────主従契約魔法を強引に交わされたんです」
スッとメガネを掛け直し、ギデオンはブラウスのボタンを外す。
そして、胸元をはだけさせた。
「イザベラ・アルバートが先日、効果を打ち消してくれたのでもう見掛けだけですが────これが主従契約の魔法陣になります」
「「「!!」」」
胸元に刻まれた文字や数字の羅列を前に、騎士達は言葉を失った。
たまたまこの場に居合わせた侍女や侍従も、口を開けて固まっている。
「この魔法のせいで長年拘束され、無理やり働かされ、助けを求めることすら許されませんでした。文字通り、陛下の命令は絶対なので……『契約のことを隠せ』と言われたら、そうするしかないのです。また、我々はこの世界と異なる場所で生まれ育ったため地理や常識に疎く……一人で生きていける自信がありませんでした」
『なので、言うことを聞く他なかった』と主張し、ギデオンは打ち合わせ通り被害者を演じた。
恐らく一番最初の涙は本物だろうが、今の泣き顔は作ったものだろう。
でも、『助けてほしい』『ここから逃げ出したい』という思いは紛れもない本心だった。
「そこで、現れたのがイザベラ・アルバートです。彼女は私に掛けられた悪の魔法を瞬時に見抜き、効果を打ち消して下さいました」
『完全に消さなかったのは、相手に気づかれるためです』と補足しつつ、ギデオンは魔法陣に触れる。
「それどころか────戦争まで起こして我々を救おうと……!嗚呼、なんて慈悲深いお人なんだ……!」
身振り手振りも交えて迫真の演技を披露するギデオンに、騎士達は顔を見合わせた。
「じゃあ、宣戦布告して直ぐに攻め込んできたのは……」
「ギデオン様達を少しでも、早く救うため……」
「なんて、情に厚い人なんだ……!」
「我が国と事を構えるのは、相当勇気のいる決断だっただろうに……!」
ギデオンの尽力のおかげか、わりとすんなり状況を受け入れ、騎士達は涙ぐむ。
『アンタ、良い奴だ!』と叫び、あっさり剣を下ろした。
普通の国なら有り得ない光景だが、さすがは平和ボケした大国の民。
めちゃくちゃ無防備だ。
『剣を投げ出している奴まで、居るな』と苦笑いする中、ギデオンはふと城の方へ目を向ける。
「という訳で────皇帝オスカー・テオ・アンヘル陛下、我々を解放してくれませんか?」
最終通告のつもりなのか、ギデオンは柱の陰に隠れていた老人をじっと見つめる。
突然水を向けられた白髪の男は見るからに狼狽え、目を泳がせた。
一応大国の主だというのに、何とも情けない。
「い、一体何の話をしているんだ?解放も何も、儂はお前達の自由を奪ったことなど……」
「では、私達の目をしっかり見て『お前達を解放する』と断言してください」
主従契約魔法の解除方法の一つである言霊を話に出し、ギデオンはニッコリ笑った。
「我々の自由を奪ったことなど、ないのでしょう?なら、問題ありませんよね?主従契約魔法の破棄の手順を踏んでも」
「そ、れは……」
ダラダラと冷や汗を垂れ流し、オスカーは青い瞳に焦りを滲ませる。
ここで言われた通りにすれば魔法が解けるし、だからと言ってやらなければ周りに不信感を与えるだろう。
手順そのものは簡単だからな。『難しくて出来ない』とか『危ないから出来ない』とか、そういう言い訳は通じない。
私の作った魔法陣なら、解除の手順を複雑化してあるから問題ないんだが……こいつの魔法陣は認識阻害機能も付いていない劣悪品だ。
そういった細工は恐らく、していないだろう。というか、出来ない。
『見るからに頭悪そうだしな』と肩を竦め、私は一つ息を吐く。
────と、ここでオスカーが勢いよく顔を上げた。
「お、お前達────この場に居る者達を皆殺しにしろ!」




