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涙脆い

◇◆◇◆


「────ほう?アリシアの初仕事は順調のようだな」


 アランより経過報告を受けた私は、『任せて正解だったな』と目を細める。


 正直、ここまで完璧にこなすとは思わなかった。

やはり、アリシアは優秀だな。


「戻ってきたら、褒美として爵位をくれてやろう。それで、正式に宰相へ任命する」


 『しっかり働いてもらうぞ』とほくそ笑み、私は執務室のソファへ腰を下ろした。

と同時に、真っ白な紙を浮遊魔法で引き寄せる。

任命に必要な書類を作ろうと思って。


「すげぇ出世ですね」


 『いきなり宰相って』と驚き、アランはまじまじと私の手元を眺める。

アリシアを宰相にすることは事前に知っていたが、いざ現実になると衝撃を隠せないのだろう。

パチパチと瞬きを繰り返す彼の前で、私は意地の悪い笑みを浮かべる。


「なんだ、羨ましいか?」


「いや、全然。俺に宰相は無理ですし。ただ、他の奴ら……それこそ、貴族とかが反発してきそうだなって」


「あぁ、それなら問題ない────うるさい奴らは、既に消したからな」


「へぇー。そうなんですか……って、はっ!?」


 ギョッとしたように仰け反り、アランは『嘘だろ!?もう!?』と叫んだ。

動揺のあまり数歩後ろへ下がる彼を前に、私は小さく肩を竦める。


「ウチのペット共のおかげだ」


「あー……また元宰相達が貴族を唆して、何かしようとしたんですね。なら、しばらく皆大人しいか」


「たとえ、文句を言ってきても黙らせるだけだ。ここでは、私がルールだからな」


 フッと笑みを漏らして言い切り、私は腕を組む。

『逆らうなら、処すだけ』と主張する私の前で、アランはわざとらしく身震いした。

『うへぇー!こえぇー!』と叫びながら。


「あっ、そうだ。忘れないうちに、これを渡しておきますね」


 急に真顔へ戻ったアランは懐から書類の束を取り出し、こちらに差し出す。

『何だ?これは』と頭を捻る私に対し、彼は


「様々な犯罪で、被害を受けた者達からの嘆願書です」


 と、述べた。

『ジーク様に渡しておいてくれって、頼まれて』と補足する彼を前に、私は眉を顰める。


「『もっと賠償金をくれ』とか、『加害者を更に痛めてつけてほしい』とかそういう類いのものか?」


「いや、どちらかと言うと────感謝状に近いと思いますよ」


「……はっ?」


 ますます訳が分からなくなり、私は眉間に皺を寄せる。

『なら、普通に感謝状を送ればいいだろ』と疑問に思いつつ、一先ず書類を受け取った。

そして、一枚ずつ目を通していく。


「……なるほど。要するにこいつらは────加害者を徹底的に叩きのめした私に、お礼がしたい訳だな?」


「はい、多分」


 グッと親指を立てて肯定するアランに、私は大きく息を吐く。

『嘆願書の意味、分かっているのか?』と呆れながら。


「まあ、でもちょうど良かった────これで元奴隷の面倒を見る人員が増やせる」


「えっ?一般人に元奴隷のケアを任せるつもりですか?」


「ああ」


 間髪容れずに頷くと、アランは微妙な反応を示した。

もっと元奴隷達を苦しめる結果にならないか、心配なのだろう。


「あの、イザベラ様。俺は……」


「まあ、待て。反論は────」


 そこで一度言葉を切り、私はソファから立ち上がった。

と同時に、アランの手を掴み、トントンと足の爪先で床を突(つつ)く。

すると、瞬きの間に景色が変わった。


「────これを見てからにしろ」


 真っ白な雪で覆われた街を眺め、私はパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、私達の周囲の温度は少し上がる。

さすがに真冬の北部を上着無しで歩くのは、危険のため。


「アラン、ラッセル領(・・・・・)に元奴隷を二十名ほど預けたのは知っているな?」


「は、はい……」


 おずおずと首を縦に振るアランに、私は不敵な笑みを浮かべる。

と同時に、少し離れた場所でワイワイ騒いでいる者達を指さした。


「あそこで雪遊びしているのが、その一部だ」


「!?」


 ハッと息を呑むアランは、雪まみれになっている子供達を見て唖然とした。

元奴隷とは思えないほど普通の姿に、衝撃を受けているのだろう。


「当然だが、ラッセル領に居る者達は一般人だ。特別な能力や知識を持っている訳じゃない。でも、領主の人柄故か皆とても穏やかな性格だ。人の心に寄り添い、支えることを苦としていない。また、今の時期はそれなりに手が空いているから一人一人に心を砕くことが出来るんだ」


 すっかりラッセル領に溶け込んでいる元奴隷達を見据え、私はそう説明した。

すると、アランは直ぐさま『あっ……』と声を漏らす。


「そっか……城の使用人達は仕事の合間に面倒を見ているから、必要最低限の世話しか出来ていない……一人一人と向き合う時間がないんだ」


 『人数も人数だし……』と言い、アランは額に手を当てた。


「そんな状況で、心を開ける訳ないよな。だからといって、忙しい使用人達にこれ以上負担を掛ける訳にはいかない……」


「そこで、白羽の矢が立ったのが嘆願書の奴らという訳だ。無論、彼らの力を借りられたとて上手くいくとは限らないが、このまま何もしないよりマシだろう」


「確かに……」


 大きく頷いて納得を示すアランに、私はスッと目を細める。

と同時に、再び足の爪先で地面を叩き、転移した。

皇城の執務室に戻ったことを確認してから、私は温度調整魔法を解く。


「ただ、一つ気掛かりなのは嘆願書の奴らに混じって間者を送り込まれる可能性だな。内部情報を探られる分には構わないが、元奴隷を唆したり暴行事件を引き起こされたりしたら厄介だ」


 この計画を進める上での唯一の懸念点を述べ、私は顎に手を当てた。

『今、見張りに割けるほどの人員は居ないしな』と悩んでいると、アランがおもむろに手を上げる。


「なら、ウチのガキ共を使えばどうです?」


「それはどっちの意味で、だ?」


「一番は見張り役だけど、元奴隷の世話も出来ると思いますよ。イザベラ様のアドバイスを受けて、家事や雑事はガキ共に任せているんで」


 新しく建てた城の敷地内にある離宮を指さし、アランは『結構手際よくなったんですよ』と笑う。

その目はどこか優しかった。


「生い立ちが生い立ちなんで、悪いやつを見分ける能力は備わっているし、自分の身を守れる程度の護身術なら使えます。何より、間者(相手)もガキなら油断するでしょ」


 『これ以上ないくらい適任だ』とアピールするアランに、私は一つ息を吐く。


「そのガキ共の意見は?」


「多分、全員『やりたい』って言うと思いますよ。実は最近、俺ら精鋭部隊の仕事をやりたがっていて……困っていたところなんです。この程度の難易度ならガキ共も満足するだろうし、俺らだって安心だ」


 『しばらく駄々を捏ねられる心配がない』と語り、アランはどこかゲッソリした顔をする。

余程、ガキ共の『自分もやりたい』コールに参っていたらしい。


「そういうことなら、監視役は貴様のところのガキ共に任せよう。ただし、希望者のみだ」


「はいはい、分かってますって」


 『多分、全員志願するだろうけど』と苦笑し、アランは首の裏に手を回した。

そのままポキポキと首の骨を鳴らす彼の前で、私は来客用のソファへ腰を下ろす。


「あと、労働の対価として給金は支払う」


「え”っ?それは……」


 まだ子供に金を持たせるのは不安なのか、アランは渋る素振りを見せる。

難しい顔つきでこちらを見つめる彼に対し、私は小さく肩を竦めた。


「安心しろ。給金と言っても、子供の小遣い程度だ。金銭感覚がおかしくなるような大金を渡すつもりはない」


 『それでも不安なら、菓子などにするが』と譲歩案を提示しつつ、私は青い瞳を見つめ返した。


「それとな、アラン────自分の力で金を稼ぐ、という経験はとても大事だぞ。社会を知る第一歩になるのはもちろん、自信に繋がる。自分でも大人のように金を稼げるんだ、というな」


「自信……」


 よく分からない感覚なのか、アランは困惑気味に瞬きを繰り返す。

戸惑いの滲んだ青い瞳を前に、私はフッと笑みを漏らした。


「そして、そう思える環境に居るのはとても幸せなことだ。保護者の居ない者や困窮している者は自信云々など考える暇もなく、働くしかないからな」


 『食い扶持を稼がないと死ぬ状況なんだから』と言い、私は人差し指を立て────下に向けた。

その瞬間、アランは膝の裏に衝撃を受け、カクンッと床に座り込む。

半ば呆然とした様子でこちらを見上げる彼に、私は


「貴様ら『疾風』の精鋭部隊が、死ぬ気でガキ共を守ってきたおかげだ。誇っていいぞ」


 と言って、軽く頭を撫でた。

『貴様らの努力は確かに実を結んでいるのだ』と示すと、アランは何故か仰向けに倒れる。

こちらは魔法など一切使っていないのに。

『なんだ、死んだか?』と疑問に思う中、彼は大粒の涙を流した。


「そっ、か……そっかぁ……俺ら、ちゃんと……ガキ共のこと、育てられていたんだ……良かったぁ……」


 『これでいいのか』という自問自答と不安に長年苦しめられてきたのか、アランはホッとしたような笑みを浮かべる。

暗殺者とは思えないほど、穏やかな雰囲気を放ちながら。


「貴様は相変わらず、涙脆いな」


「昔はこんなんじゃ、なかったんですけどね〜。でも、今はイザベラ様が居るから……安心して、素を出せるんですよ」


 照れ隠しついでにヘラヘラと振る舞い、アランは両手を広げる。

その(さま)は、腹を見せて甘えてくる犬に似ていた。

『こんな大型犬を飼った覚えはないんだが』と呆れつつ、私は書きかけの書類と嘆願書の返事を作成。


「ほら、これをジークに届けてこい」


 『さっさと働け』と軽く足蹴にし、私は二枚の書類をアランに手渡した。

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