王族の処遇《アリシア side》
「さて既にお気づきかと思いますが、今日ここに集まってもらったのは皆さんの処遇を決める為です。全権はこの私、アリシアが握っています」
『イザベラ皇帝陛下直々に命じられました』と語り、私は軽く両手を広げる。
「場合によっては、皆さんを生かして有効活用するという手もあります。なので、処刑以外の道を選びたいならどうぞ私に媚びへつらってください」
敢えて癇に障るような言い回しをして、私は傲慢に振る舞った。
が、クリーガー王国の王族達の末路を見たばかりだからか皆大人しい。
苛立ちや不満を表に出すこともなかった。
武力に秀でたクリーガー王国と違って、この二ヶ国は冷静ね。
まあ、だからと言って従順とも限らないけど。
『虎視眈々と隙を窺っているかも』と警戒し、私は決して気を緩めなかった。
セザールを伴って席へ戻る私を前に、金髪碧眼の美女が口を開く。
「お初にお目に掛かります。私はフィーネ王国の第一王女、ロゼッタ・エリン・フィーネと申します。アリシア様とお会い出来て、大変光栄ですわ」
優雅にお辞儀して微笑む彼女は、文字通り媚びを売ることにしたようだ。
元奴隷に遜るなんて本当は嫌だろうに、ソレを噯にも出さない。
この人は能力も高そうだし、使えそう……だけど────
「アリシア様はとても可愛らしいですね。あなたのような方が国の顔となれば、大変華やかになることでしょう」
────野心が強すぎる。
笑顔の裏に隠れた強い欲望を感じ取り、私は内心溜め息を零した。
と同時に、セザールへアイコンタクトを送る。
「お褒めの言葉、感謝します。ですが、そのような物言いは大変不快です。よって────フィーネ王国も不合格とします」
「なっ……!?」
驚いたように目を剥き、ロゼッタ殿下はピシッと固まった。
が、セザールに腱を切られて悶絶する。
『何で……どうして!?』と泣き叫ぶ彼女を前に、私は小さく頭を振った。
「いいですか?ロゼッタ殿下。誰もが貴方のように────国のトップになりたい、と思っている訳じゃないんです。だから、『国のトップに相応しいのは、アリシアだ』と言われても……『反逆の手助けをする』と言われても、困ります」
まあ、真の狙いは反乱を企てている(と思われる)私を突き出して、イザベラ皇帝陛下の懐に入ることだろうけど。
そこで着々と地位や名声を高めていき、ついでに陛下の信用も勝ち取って、機を見て反逆……というのが、彼女の思い描くストーリーだ。
『要するに私は踏み台』と肩を竦め、深い溜め息を零す。
「元奴隷の私なら簡単に操れると思ったんでしょうが、イザベラ皇帝陛下に逆らうなど万が一にも有り得ませんよ。あの強さを目の当たりにして、まだ戦う意欲があるならそれはただの馬鹿か、真の強者くらいです」
『ちなみに貴方は間違いなく前者ですね』と言い、私は真っ青な瞳を見つめ返した。
「第一、何なんですか?『可愛いから、国のトップに相応しい』って、言い分は……訳が分かりませんよ」
『どういう理屈だ』と呆れる私に、ロゼッタ殿下は怪訝な表情を浮かべる。
「見栄えの、良さは……重要じゃない……可愛ければ、皆に……愛されて……何を、しても……許される、もの……」
時折痛みに呻きながらもそう説明し、ロゼッタ殿下は『何がおかしいのよ』と眉を顰めた。
完全に頭の中お花畑な彼女を前に、私は思わず仰け反る。
そんな無茶苦茶な理論、初めて聞いたから。
きっと、小さい頃からその容姿でチヤホヤされてきたんだろうな。
それで、『ロゼッタ殿下は可愛いから』と基本何でも許されてきた。
『一見有能そうに見えたのに、中身はコレか』と落胆し、私は甘やかし教育の恐ろしさを知った。
一応、臨機応変に対応出来る賢さは持っているのになぁ……勿体ない。
「これが宝の持ち腐れ、というやつですか」
本で読んだ異国の諺を口にし、私は目頭を押さえる。
────と、ここでセザールが剣を下ろした。
どうやら、フィーネ王国の王族の腱は全て切り終わったらしい。
ポタポタと剣先から垂れる血を一瞥し、彼はこちらへ戻ってきた。
「あとはシックザール帝国の奴らだけか……」
「はい。あともう少しだけ、我慢してください」
ちょっと殺気立っているセザールに苦笑を漏らし、私は『直ぐに終わらせますから』と述べる。
『あぁ……』と短く返事する彼を前に、私はシックザール帝国の皇族と向き合った。
「このあと予定がありますので、生存をお望みなら今のうちに行動を起こしてください」
『時間は有限だ』と告げると、シックザール帝国の皇太子イアン・ケネス・シックザールが突然膝を折る。
「いえ、我々は黙って罰を受け入れます……」
「よろしいんですか?」
「はい。イザベラ皇帝陛下に楯突いた責任は、取るべきでしょうから……」
グッと手を握り締め、イアン殿下は力無く笑った。
腰まである紫髪を揺らして俯く彼は、赤い瞳に自身の手を映し出す。
「ただ、もし叶うのならば一度イザベラ皇帝陛下にお会いしたいです。それで、我が父の非礼を詫び……ん?」
ふとこちらを見るイアン殿下は、果実水の入ったグラスに釘付けとなった。
かと思えば、おずおずと手を上げる。
「申し訳ありませんが、そちらのグラスをちょっと見せていただいても?」
「構いませんよ」
二つ返事で了承しグラスを差し出すと、イアン殿下は仰々しい所作で受け取る。
そして、光に当てたり匂いを嗅いだりして愕然とした。
「た、大変です……!このグラスに────毒が盛られています!」
『なんということだ!』と衝撃を受けながら、イアン殿下はセザールへ目を向ける。
「アリシア殿を除いて、このグラスに触っていたのは貴方だけですよね……!?つまり、犯人は……」
「────とんだ、茶番ですね」
『犯人はお前だ!』と続ける筈であっただろう言葉を遮り、私は溜め息を零す。
とてもじゃないが、こんな遊びに付き合っていられなくて。
『そろそろ約束の時間だし、早く終わらせよう』と思い立ち、とりあえずグラスを奪い返した。
「確かにこのグラスには、毒が盛られて……いえ、塗られています────つい先程、貴方の手によって」
グラスの縁に塗られた透明な液体を前に、私は『神経毒かな?』と首を傾げる。
と同時に、イアン殿下が身を乗り出してきた。
「ち、違います!私は毒なんて、持っていません!なんなら、調べていただいても……」
「貴方は幼少期より毒に慣れる訓練を受けていて、その影響か自分の体液が毒に変わってしまった。汗は神経毒、唾液は出血毒、血は筋肉毒でしたっけ?」
「!?」
『何故、それを知っている!?』とでも言うようにこちらを凝視し、イアン殿下はたじろいだ。
目を白黒させる彼の前で、私はスッと目を細める。
『疾風』に色々調べてもらって良かった、と思いながら。
「この毒が貴方の体液なのかどうかは検査すれば、直ぐに分かります。申し開きがあるなら、今のうちにどうぞ」
「っ……!クソッ……!」
悔しげに顔を歪め、イアン殿下は勢いよく床を殴りつけた。
先程までの好青年っぷりが嘘のように本性を表す彼は、憎々しげにこちらを睨みつける。
恐らく、謙虚な姿を見せることで私の好感度を上げる寸法だったのだろう。
それで、私の方から『シックザール帝国の皇族は生かす価値がある』と言わせ、生き残る筈だった。
でも、思ったより淡々とした態度を取られたから……このままだと本当に処刑コースへ行きそうだったから焦って毒殺未遂事件をでっち上げた、と言ったところかな?
『命の恩人になれれば、後々便利だし』と考えつつ、私は一つ息を吐く。
「何もないようなので、このまま処遇を言い渡します。シックザール帝国も不合格。よって、公開処刑になります」




