初仕事《アリシア side》
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イザベラ皇帝陛下の執務室を出て、真っ先に騎士団本部へ向かう私はじっと書類を眺める。
と同時に、唇を引き結んだ。
恐らく、イザベラ皇帝陛下は何か他に……やってほしいことがあるんだと思う。
ソレを懇切丁寧に説明しないのは、次期宰相としての私の実力を結果で示してほしいから。
あとは復讐心に囚われて本質を見失わないか、というテストの意味合いもあるんじゃないかな?
『宰相は常に国益を優先しなければならない』という教えを思い出し、私は苦笑する。
「なんにせよ、失敗は出来ない……必ずや、イザベラ皇帝陛下にご満足頂ける結果を出す」
────と意気込み、私は元宰相の狸とセザールを連れて皇室所有の別荘へ赴いた。
多少騒ぎになっても問題ない山奥なので、安心してことに挑める。
パーティー用のホールで豪華な椅子に腰掛ける私は、おもむろに顔を上げた。
と同時に、クリーガー王国・フィーネ王国・シックザール帝国の王族達を見据える。
緊張しているのか表情を強ばらせる彼らの前で、私はスッと目を細めた。
こちらを警戒しているのがフィーネ王国の王族で、不満を抱いているのがクリーガー王国の王族、まだ出方を決め兼ねているのがシックザール帝国の皇族か。
まあ、あちら側からすれば突然アルバート帝国に招待されたのだから、いい感情を持たないのは当然だけど。
しかも、呼び出したのがまだ成人していない小娘ともなれば、かなりプライドを傷つけられた筈だ。
『貴方達はいつも、呼び出す側だもんね』と思案しつつ、ほとんど何も無い空間を見渡す。
来客用のソファもおもてなしの料理もない理由は、至って簡単。
『貴方達は客じゃない』という意思表示だ。
「ちょっと、そこの方」
壁際に立つ青髪の御仁を呼ぶと、彼は心得たように騎士の礼を取る。
「セザールと申します」
「あら、素敵な名前ですね」
「ありがとうございます。実は元奴隷である私を哀れんで、リカルド団長がつけてくれたのです」
「まあ。奇遇ですね。実は私も元奴隷でして……イザベラ皇帝陛下から、アリシアという名前を頂きました」
打ち合わせ通り我々の出自を明かし、チラリと王族の反応を窺う。
すると、案の定────彼らはホッとしたような……浮かれたような表情を浮かべた。
恐らく、『元奴隷なら、簡単に御せる』と判断したのだろう。
予想通り、油断したみたいね。
『これで彼らの腹の中を探りやすくなった』と目を細め、私はポニーテールにした茶髪を軽く手で払う。
「では、セザール卿。飲み物を取ってきてくれませんか?さっきから、喉が渇いてしまって」
「畏まりました」
ペコリと一礼して応じるセザールは、一度この場から席を外す。
と同時に、クリーガー王国の王族がこちらへ足を運んできた。
「お前、アリシア……とか言ったか?ちょっと話がある」
そう言って、私の前に仁王立ちしたのは────クリーガー王国の第一王子ジャック・リオ・クリーガー。
王室の象徴たるオレンジがかった金髪とアメジストの瞳を持つ彼は、傲慢に顎を反らす。
完全にこちらを見下している態度だが、止めに入る者は一人も居なかった。
王亡き今、彼が中心となって国を支え……いや、支配しているからだろう。
『まあ、もうすぐ完全に陛下のものになるけど』と考える中、ジャック殿下は
「褒美はいくらでもやるから、こちら側につけ。我々が生き残り、クリーガー王国の再建を図れるよう尽力するんだ」
と、命令してきた。
どうやら、自分の立場を全く弁えていないらしい。
「まずは、そうだな……私の国に常駐している騎士共を追い出せ。非常に目障りだ」
『我が物顔で街を歩きやがって』と毒づき、ジャック殿下はギシッと奥歯を噛み締める。
「それから、イザベラ・アルバートを徹底的に監視しろ。弱点を探るんだ。チャンスがあれば、殺しても……」
「お断りします」
「はっ……?」
「何故、引き受ける前提でお話を進めているのか分かりませんが、私がそちら側につくことは有り得ません」
『勝手に話を進めないで頂きたい』と述べ、私は冷めた目でジャック殿下を見つめる。
これまで私達を苦しめてきた者達が、こんなにも無能なのかと思うとなんだか虚しくて……過去の自分が情けなくなった。
偉い人は凄いんだと思ってきたけど、全然そんなことなかったな。
『案外大したことない』と内心肩を竦め、私は立ち上がる。
「いつまで元奴隷を支配しているつもりで居るんです?いい加減、気づいてくださいよ。これからは────私達が支配する側なんだってこと」
もちろん、実力や才能のある者限定だけど。
とは言わずに、ニッコリと微笑んだ。
『もう我々の立場は逆転しているんだ』と示すように煌びやかなドレスを見せつけ、一歩前へ出る。
すると、ジャック殿下は見るからにたじろいだ。
「な、何を言っているんだ……!奴隷の分際で!お前達は一生、我々に尽くす運命なんだぞ!」
「その運命はイザベラ皇帝陛下が断ち切ってくれました。現に私達は人間として扱われ、充分過ぎるほどの待遇を受けています」
そう言ってさりげなくイヤリングやブレスレットを披露し、私は腕を組む。
「貴方達に従う道理や必要は、もうない」
「っ……!」
「貴方達は対応を間違えました。元奴隷だからと侮らず、イザベラ皇帝陛下の代理人として丁重に扱うべきだった」
傲慢な態度や命令口調を指摘し、私は腰に手を当てた。
「非常に残念ですが、クリーガー王国の王族の皆さんは不合格です」
『生かす価値なし』と定めると、どこからともなくセザールが現れて────ジャック殿下達の腱を切る。
逃亡防止のために。
「こちら、お待たせしました」
一応ちゃんと飲み物を持ってきてくれたようで、セザールはこちらにグラスを差し出す。
果実水の入ったソレを前に、私は『ありがとうございます』と礼を言った。
そしてグラスを受け取ると、悶え苦しむジャック殿下達を見下ろす。
「貴方達は斬首刑に処します。もちろん、民の前で」
「くっ……!も、もう一度チャンスを……!こちらの態度が悪かったことは、謝罪するから……!」
「却下です。イザベラ皇帝陛下に支配されることを喜びと思えないような輩は、生かしておけません」
『ましてや、裏切るなんて……』と非難し、私は蔑むような眼差しを向けた。
すると、ジャック殿下は苦し紛れにこう言う。
「あんな……化け物を慕うなんて……おかしい、だろ……!」
「私からすれば、人を人とも思わない貴方達の方が化け物に見えますけどね」
これまでの屈辱や苦痛を思い出し、私は一つ息を吐いた。
『他人を非難する前に自分の行いを顧みてよ』と思いつつ、ジャック殿下の横を通り過ぎる。
と同時に、フィーネ王国とシックザール帝国の王族を見据えた。
「さて既にお気づきかと思いますが、今日ここに集まってもらったのは皆さんの処遇を決める為です。全権はこの私、アリシアが握っています」




