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研究

 ────新しく建てた皇城へ住居を移ってから、早二週間。

私は嬉々として、研究に励んでいた────罪人を実験体として、活用しながら。


「ひっ……!け、刑期が伸びてもいいから実験体になることだけは勘弁してください……!」


 手足を鎖に繋がれた状態で薄暗い地下室へ連れてこられた罪人の男は、恐怖に身を震わせる。

恐らく、他の者達から罪人の末路がどうのようなものなのか、伝え聞いたからだろう。


「却下だ。アルバート帝国の処断方法は基本、損害を与えた分だけ実験で貢献することだからな。ただ、閉じ込めて不味い飯を食わせるだけでは罰にならないだろう」


 『非合理的すぎる』と言い放ち、私はおもむろに人差し指を上へ向けた。

その途端、罪人の体は宙に浮き、巨大水槽の中へ放り込まれる。


「っ……!お、溺れる……!」


 鎖の重さも相まって上手く泳げないのか、罪人の男は水飛沫を上げながら沈んでいく。

その様子を眺めながら、私は新しく開発した魔法陣を展開した。

水槽の上空を覆い隠すようにして広がるソレを前に、私はパチンッと指を鳴らす。

と同時に、罪人の男は気絶した。


 さて、今回は上手くいくか……。


 肉体保全の役割を果たす薬水に沈む男を見やり、私は腕を組む。

────と、ここで発動中だった魔法陣は消え去り……男も目を覚ました。

困惑気味に辺りを見回す彼の前で、私は一つ息を吐く。


「また失敗、か……様子を見る限り、前回と同様記憶喪失になったようだな」


 先程と違って全く邪気を感じない罪人の男に、私はやれやれと(かぶり)を振った。


 過去(・・)への干渉は、存外難しいものだな。

精神体だけ時空を超えるというやり方は、そろそろ諦めた方がいいかもしれない。

ただ、肉体ごと飛ばすのは色々とリスクが大きいんだよな……最悪、一生こちらへ戻ってこなくて研究のデータすら取れないという事態も有り得る。


 『もっと別の手段を考えるしかないか』と悩みながら、私は浮遊魔法で罪人の男を引き上げた。

水槽から出てきた素っ裸の男を一瞥し、私は衛兵に一旦牢屋へ戻すよう告げる。

と同時に、次の罪人の方を見た。

すると、相手は怯えたような様子で後退る。


「ひっ……!やめっ……やめてください!」


 顔面蒼白になりながら頭を下げ、罪人はガタガタと震えた。


「こ、これからは心を入れ替えます……!悪いことはしません!だから……!」


「────お前の罪は確か、十数回に渡る婦女への暴行と殺人だったな?」


 文官より受け取った資料を眺めつつ、私はスッと目を細める。


「お前は被害者の女達に『もうやめて』『許してほしい』と言われたとして……やめたか?」


「そ、それは……」


 実際に女達から制止の声を掛けられた経験があるのか、罪人の男は返答を躊躇う。

多分、そのときは全く意に介さずスルーしたのだろう。

自分は捕食する側で、弱者の痛みや叫びを聞き入れる必要がなかったから。


「以前のお前がそうだったように、強者は弱者の生殺与奪の権を握ることができ、どうするのも自由だ。それはこれから先もずっと変わらない。自分がその弱者に当てはまった途端、弱肉強食の摂理を否定するなど愚の骨頂だろう」


 『あまりにも都合が良すぎる』と主張し、私は容赦なく次の実験へ移る。

今度は痛みを伴うタイプのものだったからか、断末魔にも似た叫び声がずっと木霊していた。

そして、終わった頃には罪人が疲れ切っており……精神を病むような事態に。

でも、同情はなかった。

『せいぜい、苦しめ』と思いつつ、私は最上階の執務室へ転移する。

と同時に、部屋の扉をノックされた。


「イザベラ皇帝陛下、リカルドです」


「入れ」


 ドカッとソファに腰掛けながら返事すると、扉の向こうから紺髪の美丈夫が現れる。

しっかり騎士の礼を取り、敬意を表す彼は相も変わらず真面目だった。


「突然の謁見の申し出にも拘わらず応じていただき、ありがとうございま……」


「御託はいい。さっさと本題へ入れ」


 ヒラヒラと手を振って社交辞令を遮ると、リカルドは『分かりました』と頷いた。


「先の戦争で連れ帰った戦闘奴隷を騎士団に入れたのは、ご存知ですよね?」


「ああ、戦うことしか知らなかった奴らにいきなり他の職を宛てがう訳にはいかなかったからな」


 もちろん、希望すれば他の職を宛てがうつもりだったが、全員勧んで騎士団に入った。

どうやら奴隷として扱われるのが嫌だっただけで、戦や剣を嫌っている訳ではないらしい。

リカルド達とも上手くやっていると聞いている。


「それで戦力を強化出来たため、帝都の警備や巡回を増やしたのですが……最近は本当に平和で」


「ほう?それは良かったじゃないか」


「はい、これもイザベラ皇帝陛下のおかげです」


「……はっ?」


 『何故、そこで私の名前が出てくる?』と頭を捻り、怪訝な表情を浮かべる。

全く事態を呑み込めずにいる私の前で、リカルドは少しばかり頬を緩めた。


「イザベラ皇帝陛下が徹底的に罪人を懲らしめているため、再犯率が急激に下がっているのです。また、スラムのような治安の悪い場所を統制し、犯罪者の居場所がなくなったのも大きいかと。あとはイザベラ皇帝陛下の圧倒的な強さですね。この国で粗相をすれば死ぬより恐ろしい目に遭う、と専らの噂ですよ」


 なんだ、その『いい子にしてないと、悪魔に食べられるぞ』みたいな噂は。

恐れられるのは別に構わないが、なんだか釈然としないな。


 絶妙に噛み合わない理想と現実に悶々としていると、リカルドが僅かに身を乗り出す。


「そういう訳で、帝都の治安はとにかく良いんです。なので、最近統治に置いた三ヶ国の方へ手を広げたいのですが、よろしいでしょうか?セザール(・・・・)曰く、そこの治安は最悪らしいので」


「セザール?」


 聞き覚えのない名前だったので思わず聞き返すと、リカルドはハッとしたように顔を上げた。


「あっ、セザールは先の戦争で軍を率いていたリーダーの名前です。と言っても、仮ですが」


「仮?」


「はい、その……元奴隷の者達は名前を与えられなかったそうで……」


「それだと、不便だろう。今までどうやって、個体を識別してきたんだ?」


 『おい』とか、『そこのお前』とかで呼んできたのか?


 などと疑問に思う中、リカルドは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……番号で呼ばれてきた、と聞いています」

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