終戦
全く……よく回る口だな。
次から次へと出てくるデマカセに半ば感心しつつ、私は腕を組む。
「御託はいい。貴様が三ヶ国に我が国の情報を渡し、戦争を仕掛けるよう画策していたのは知っている」
「っ……!」
全てお見通しだと悟ったのか、宰相は頭を抱え込んだ。
が、まだ希望を捨て切れないようで『信じてください……』と弱々しく言う。
そんな彼の前で、私はスッと目を細めた。
「宰相、貴様には本当に────感謝している」
「えっ……?」
反射的に顔を上げた宰相は、パチパチと瞬きを繰り返す。
『何が起こっているんだ……?』と困惑する彼に対し、私は満面の笑みを見せた。
「こんなにも活きのいいカモを贈ってくれて、ありがとう」
「……ど、どういたしまして?」
困惑しながらも返事すると、宰相はゆっくり姿勢を正す。
『もしや、そんなに悪くない状況かも?』と思い直し、深呼吸を繰り返した。
何とか現状を呑み込もうとする彼の前で、私は顎を撫でる。
「だからな、ちょっと考えたんだ。貴様にどのような褒美を与えるべきか」
「は、はあ……」
「そこで思いついた。貴様を────私のペットにしてやろう、と」
『どうだ、妙案だろう』と言わんばかりに、私は胸を張る。
が、宰相はいまいちピンと来ないようで首を傾げていた。
「ぺ、ペット……ですか?」
「ああ、そうだ。光栄に思え」
『誰もが羨む待遇だぞ』と冗談交じりに言い、私は口角を上げる。
その隣で、ジークが何故か宰相を睨んでいた。
『恨めしい……』と言わんばかりの表情を浮かべながら。
「ぺ、ペットになったら私はどうなるんですか……?」
宰相はジークの視線に気づいていないのか、それとも気づかないフリをしているのか……具体的な説明を求めてきた。
『まさか、酷い扱いを受けるんじゃ……?』と警戒する彼に、私は小首を傾げる。
「『どう』って……普通に可愛がるだけだが」
「そ、そうなんですか……!?良かった!なら、喜んで陛下のペットになります!」
「そうか。では────」
亜空間から一本の試験管を取り出し、私は笑顔で腰を折った。
宰相の両頬を掴み上げ、ポンッと試験管のコルクを外す。
「────体を作り変えような?」
そう言うが早いか、私は宰相の口内へ試験管を突っ込んだ。
すると、宰相は『んっ!?』とくぐもった声を上げ、抵抗するものの……ジークに押さえ付けられる。
『イザベラ様からのご褒美を零すな』と威嚇するジークに対し、宰相は涙目で抗議した。
────が、効果はなく……否応なしに液体を飲み干す。
『ゲホゲホッ……』と咳き込む彼を前に、私は試験管を亜空間に投げ入れた。
「ジーク、もう離していいぞ。ご苦労だったな」
『いい対応だったぞ』と手放しで褒めると、ジークは僅かに頬を赤くする。
照れているのか少し挙動不審になるが、しっかりと返事して手を離した。
いそいそと私の隣に並ぶジークを一瞥し、宰相へ視線を戻す。
その刹那────宰相の体はグギギギギッと変な音を立てて、縮んだ。
『ひっ……!』と小さな悲鳴を上げる彼は、腕や足から生えてくる毛に戦慄する。
「な、何で……」
どんどん変形していく体を見下ろし、宰相は青ざめた。
人ではない何かに変わっていく恐怖に怯え、こちらを見上げる。
『話が違う』と言わんばかりの眼差しを前に、私はパチパチと瞬きを繰り返した。
「なんだ?もしや、ペットの意味を下僕か何かと勘違いしていたのか?」
そのままの意味で言っていた私は、『道理ですんなり納得した訳だ』と頷く。
が、もう始まってしまった人体改造を止める気はない。
勘違いにしろ、同意したことに変わりはないのだから。
『本物のペットになるとは思わなかった』なんて言い訳、通じる筈もなかろう。
「まあ、あれだ。本当に虐げるつもりはないから、安心してくれ」
『ちゃんと死ぬまで面倒を見てやる』と言い、私は宰相の懇願を一蹴した。
その瞬間────彼は完全に人間じゃなくなり……それはそれは愛らしい狸へ進化を遂げる。
と言っても、中身は宰相のままだが。
「狸が本物の狸になるとは、どんな因果だろうな」
『変化する動物はランダムなんだが』と言い、オロオロしている宰相を抱き上げた。
涙目になってこちらへ手を伸ばしてくる宰相に、私は笑みを浮かべる。
「安心しろ、直ぐに仲間を増やしてやる────帝国に居る、他の狸共を使ってな」
『一人じゃないから、寂しくないぞ』と告げると、宰相はいきなり身動きを止めた。
まさか、そこまでバレているとは思ってなかったらしい。
きっと、情報収集のために敢えて残してきたんだろうが……無駄だったな?
あいつらなら、今頃アラン達に捕獲されていると思うぞ。
「残念だが、完全にゲームオーバーだ。貴様を助けるやつは、もう一人も居ない」
情け容赦なく一縷の望みを打ち砕き、私はニヤリと笑った。
「一生、私のペットとして必死に媚びを売りながら暮らすんだな」
『くれぐれもご主人様の機嫌を損ねるなよ?』と言い、私はジークに宰相を手渡す。
これぐらい脅しておけば、変な気は起こさないだろうと思って。
まあ、もっとも……狸程度では、ジークに傷一つ付けられないだろうが。
『一体、どれだけ保護魔法を掛けてあると思っているんだ』と思いつつ、私は顔を上げる。
────どうやら、あちらも片がついたようだな。
三人の王の首を刈り取った敵のリーダーと護衛を鎮圧した進軍のメンバーを見やり、私はフッと笑う。
『ちょうどいいタイミングだ』と考え、一歩前へ進むと────彼らは一斉に跪いた。
「イザベラ皇帝陛下、我々に報復する機会を下さり、ありがとうございます」
王達の首を私の前に並べ、敵のリーダーは清々しい笑顔を見せる。
これまでの鬱憤を晴らせて、満足しているのだろう。
「いや、私は何もしていないぞ。というか、貴様らに役目を取られただけなんだが」
「そ、それは……すみません」
『つい、夢中になってしまって……』と零す彼に、私は一つ息を吐く。
「まあ、いい。それより────貴様らはこれから、どうするつもりだ?」
反旗を翻した以上、祖国には受け入れられないだろう。
逆賊と似たような扱いになるから。
最悪、処刑されてもおかしくない。
『さすがにそれは寝覚めが悪い』と思案していると、敵のリーダーは躊躇いがちに口を開く。
「もし……もし、許されるのであれば────イザベラ皇帝陛下の傘下に加えて頂きたく……」
「いいぞ」
「えっ?」
即答で了承を得られたからか、敵のリーダーは目を剥いて固まった。
まじまじとこちらを見つめてくる彼に対し、私はこう言葉を続ける。
「人手は多い方がいいし、各国の内情を詳しく知る者が居ると、今後の統治に役立つ」
「で、ですが……私共は陛下に攻撃を……」
「それは外道共の指示でやっただけだろう?それに王の首を討ち取った時点で、禊は済んでいる」
目の前に置かれた生首を宙に浮かせ、私は『これで充分だ』と告げた。
でも、当人達は納得出来ない様子でオロオロと視線をさまよわせる。
『このまま許されていいのか……?』と疑問に思う彼らの前で、私は大きく息を吐いた。
まどろっこしいのは、どうも苦手なんだよな。
『面倒臭い』と肩を竦め、私は一歩前へ出る。
と同時に、手を腰に当てた。
「いいから、黙ってついてこい」
「っ……!はい!」
強気な一言が効いたのか、敵のリーダーはようやく首を縦に振った。
『よろしくお願いします!』と述べる彼に一つ頷き、私はチラリと横に目を向ける。
「で、そっちの奴らはどうする?」
家具として扱われていた者達へ質問を投げ掛け、私は返答を待つ。
自分の人生なのだから自分で決めろ、と。
今までの扱いに甘んじるも良し、一念発起して人権を得るも良し。
私は貴様らの選択を尊重する。
『奴隷からの解放が幸せとは限らない』と知っているため、敢えて積極的に助けようとはしなかった。
『どちらの道に進んでもきっと苦しいからな』と思案する中、椅子になっていた少女が声を上げる。
「わ、私も一緒に連れて行ってください……!もう家具になるのは……誰かに虐げられるのは、嫌なんです!」
『人として生きたい!』と主張し、少女はこちらへ駆け寄ってきた。
泣きながら土下座する彼女を前に、また一人……また一人と救いを求めてやってくる。
「お、お願いします……!」
「何でもやりますから……!」
「贅沢は言いません……!」
イザベラより遥かに年上の男女が、恥も外聞もかなぐり捨て頭を下げている。
きっと、それだけ辛い目に遭ってきたのだろう。
『どの世界にも、差別や迫害はあるのだな』と思いつつ、私は嫣然と笑った。
「そうか。なら、まとめて面倒を見てやる。安心して、私のところに来い」
「「「はい……!!」」」
泣き崩れるようにして首を縦に振る彼らは、『ありがとうございます』とお礼を言う。
声が枯れるまで、何度も。
『そんなに言わなくても聞こえている』と呆れながら、私は後ろを振り返った。
「さて────話もまとまったし、そろそろ帰るか」
そう言うが早いか、私はパチンッと指を鳴らし、城へ戻る。
────もちろん、新たに仲間になった者達も連れて。




