魔剣
口では、勝てないと思ったのか?
まあ、暴力沙汰ではもっと勝てないと思うが。
『何故、そちらにシフトチェンジした?』と呆れ、私は一つ息を吐いた。
が、特に止める理由もないので敵の動向を見守る。
『そろそろ、片を付けたいな』と思案していると、敵が魔剣を手にした。
ここから先は弱点などに頼らず、普通に戦うようだ。
「今に見ていろ、この化け物!直ぐにあの世へ送ってやる!」
魔剣を持った影響ですっかり強気になり、敵のリーダーは得意げに笑った。
『そうやって、余裕そうにしていられるのも今のうちだ!』といきり立ち、鼻の穴を大きくする。
勝利への確信を強める彼らの前で、私はゆるりと口角を上げた。
「遠慮はいらん。全力で来い」
クイクイッと人差し指を動かし、私は相手を挑発する。
『ご自慢の魔剣の力、見せてもらおうじゃないか』と考える私に、敵のリーダーは小さく肩を竦めた。
負け犬の遠吠えとでも思っているのか、やれやれと頭を振る。
哀れみすら感じる優しい目でこちらを見つめ、『無知とは恐ろしいものだ』と呟いた。
「では、お望み通り全力で行くとしよう。無駄に長生きして、苦痛を味わいたくないだろうからな」
『これは我々からの慈悲だ』と告げ、敵のリーダーは魔剣を構える。
それに倣って、部下達も戦闘態勢へ入った。
「この哀れな化け物に安らかなる死を!」
そのセリフを合図に、敵は一斉に魔剣を振るう。
そして、斬撃の代わりに水や炎を繰り出した。
数百はあるだろう攻撃の数々に、私は一切顔色を変えない。
性能は前回見たものと、あまり変わらないな。
強いて言うなら、速度が上がったくらいか?
「い、イザベラ様……」
おずおずといった様子で私の名を呼ぶジークは、どこか不安そうな素振りを見せる。
恐らく、数百を超える攻撃に驚いてしまったのだろう。
『本当に大丈夫なんだろうか?』と尻込みする彼に対し、私は余裕の笑みを浮かべた。
「安心しろ。あの程度の攻撃では、私の結界を壊すことは出来ない。だが」
そこで一度言葉を切ると、私は前方に手のひらを突き出す。
「わざわざ、受け止めてやる必要もないか」
『ジークを不安にさせてまでやることではない』と判断し、全ての攻撃を────転移させた。
矛先が敵側に向かう形で。
ある意味、攻撃を跳ね返したと言ってもいい。
シックザール帝国とやらが魔剣をどこまで改良しているのか知らないが、もし前世の通りなら────放った攻撃を操ることは出来ない。
つまり、跳ね返された攻撃を更に跳ね返すことは出来ないということ。
「「「うわぁぁぁぁあああ!!?」」」
案の定とでも言うべきか……軌道修正不可能だったようで、敵は揺れ惑う。
逃げようにも、もう目と鼻の先に攻撃が迫っており……どうすることも出来ない。
────と思われたが、敵のリーダーは何とか知恵を振り絞った。
「お前達!もう一度、魔剣を使え!それで攻撃を相殺するんだ!」
『今なら、まだ間に合う!』と言い、敵のリーダーは率先して魔剣を振るう。
部下達もそれに続き、跳ね返された攻撃を何とか相殺────とはいかず、何人か怪我を負う。
対応までに時間が掛かり接近を許してしまったため、打ち消し切れなかった攻撃に当たったり相殺の余波を受けたりしたようだ。
幸い、死者は居ないようだが……敵の大半は戦意を喪失している。
それもそうだ。ご自慢の魔剣が、自分達に牙を剥いたのだから。
たとえ、それが化け物のせいだと分かっていてもかなりの衝撃だろう。
「見ての通り、私に魔剣は通用しない。嘘だと思うなら、何度でも使用すればいい。その度に攻撃を跳ね返してやる」
「「「っ……!?」」」
『アレをまた……!?』とでも言うように目を見開き、敵達は膝から崩れ落ちた。
声すら出せぬ衝撃を受けながら、絶望に打ちひしがれている。
畏怖を覚える彼らの前で、私は傲慢に顎を反らした。
「いいか?貴様らが相手にしているのは、世界を討ち滅ぼすほどの力を持つ化け物だ。よく覚えておけ」
そう言うが早いか、私は前に突き出した手を振り下ろした。
すると、天から地響きのような音が鳴り響き、敵を威嚇する。
「な、何が起きるんだ……!?」
「頼む……!助けてくれ……!」
「こ、こんなところで死にたくない!」
半分パニックになりながら、彼らは『ご慈悲を……!』と泣き叫ぶ。
心配せずとも、殺す気など一切ないのに。
まあ、わざわざ教えてやる義理はないが。
『せいぜい、怯えていろ』と鼻で笑う中、空から何かが降ってきた。
透き通るように白く、軽いソレは天使の羽根を彷彿とさせる。
「か、神の怒りに触れてしまったのか……?」
呆然とした様子で空を見上げる敵のリーダーは、有り得ない見解を述べた。
────が、この状況に呑み込まれている部下達はすっかりその言葉を信じ込んでしまう。
口々に『違うんです!』『僕達が間違ってました!』と言いながら、頭を抱え込んだ。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化した眼下を前に、ジークはパチパチと瞬きを繰り返す。
「イザベラ様、あれは一体……?」
見たこともない魔法だからか、ジークは困惑を露わにした。
その瞬間、白い羽根が敵の体に触れ、溶ける。
と同時に、敵の背中から大きな翼が生えた。
「ジーク、あれはな────従属魔法の一種だ」
「!?」
「あの羽根に触れ、翼を生やした人間は自分のことを天使と思い込む。そして、術者を神と崇め、仕えるんだ」
『ある意味洗脳だな』と言い、私はどんどん天使化していく敵の軍隊を見下ろす。
「ただ、これは相当精神的に参ってないと効かない上、持続時間もそう長くない。少しずつ、洗脳と現実の矛盾に気づいていくからな。でも、それで充分────目的地までの道案内を頼むだけだからな」
『用が済めば解放する』と明言し、私はジークを連れて地上に降り立った。
きちんと全員天使化したことを確認してから、私は治癒魔法を展開する。
そして怪我を治すと、彼らは一斉に跪いた。
「我らが神に絶対の忠誠を」
胸元に手を添え、彼らはお辞儀する。
すっかり従順になった敵の前で、私はスッと目を細めた。
「クリーガー王国、フィーネ王国、シックザール帝国の王達は今どこに居る?」
「御三方とも、フィーネ王国の国境付近でお待ちです」
この場を代表して答える敵のリーダーに、私はピクリと眉を動かす。
「ほう?仲良く報告待ちって訳か」
敗北など端から頭になさそうな各国の王達に、私は失笑を漏らした。
『嗚呼、なんて無防備なんだ』と。
国境などの危険地帯ではなく、城に閉じこもっていれば良かったものを……。
しかも、全員固まって行動なんて有り得ない。
奇襲を受けたら、どうするつもりなんだ。
でも、まあ────
「────こちらとしては、好都合」




