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スラム

 やはりとでも言うべきか……こいつはヴァルテン帝国の闇をまだまだ全然知らないようだな。

まあ、イーサンの命令で常時戦場に身を置いていたようだし、知らなくて当然か。

でも、自分の手で守ってきた平和がコレでは浮かばれないな。


 旧帝都の郊外────スラムと呼ばれる一角を眺め、私はスッと目を細める。

臭く汚く淀んだ空気と住民達の鋭い視線を前に、私は『思ったより酷いな』と零した。


 前世にも、日の当たらない暗い場所はあった。

ただ、そこにはそこのルールがあり、特定の人物達を中心に統率が取られている。

なので、街として一応機能していた。治安はとてつもなく悪いけど。

でも、ここには規律というものがなく……周囲をまとめ上げるような人物も居ない。

完全に無法地帯。


 スラムの問題は内政を滞りなく行えるようになってから、やろうと思っていたが……急いだ方がいいな。

下手したら、社会現象になりかねない。


 メンヘラを焚きつけるためにスラムの様子を見に来ただけだったが、私はさっさと腹を決める。

『悠長にしている暇はない』と奮起し、パチンッと指を鳴らした。

その瞬間、目の前に孤児や浮浪者が姿を現す。

ここら一帯に住む人間を手当り次第、集めただけだが……予想以上の人数になってしまった。

『これは一筋縄じゃ行かないな』と思案しつつ、私は両腕を組む。


「貴様ら、何故こんなところで暮らしている?抜け出したいとは、思わないのか?」


 無遠慮に……いや、いっそ無神経に質問を投げ掛けると、彼らはそっと顔を逸らした。

それは己を恥じているというより、全てを諦めているといった様子で……投げやりに感じる。

いや、開き直っていると言った方がいいかもしれない。

『もう放っておいてくれ』と態度で示す彼らを前に、私はニヤリと笑う。


「貴様らの人生とは、掃き溜めのような場所で泥を啜り、他人の食べ残しにあやかるようなものか?」


「「「っ……」」」


 敢えて言葉を選ばず現実を突きつける私に、彼らは憎悪の籠った視線を向けた。

かと思えば、


「ああ、そうだよ!それがどうした!?」


「俺達みたいな負け組はなぁ!こんなところでしか、生きられないんだよ!」


「それとも、何か?嬢ちゃんが俺達をまとめて、面倒見てくれんのか!?」


「なら、土下座でも何でもしてやるよ!」


 と、人目も憚らず喚き散らす。

もはや人としての尊厳などないのか、彼らは『靴でも舐めてやろうか?』と笑った。

ふざけて舐める真似までし始めた彼らに、メンヘラはクシャリと顔を歪める。

なんと言えばいいのか、分からないのだろう。


 だから、貴様はダメなんだ。


 という言葉を何とか呑み込み、私はパチンッと指を鳴らした。

その途端、上空に食料や生活用品が出現する。


「め、飯だ……!」


「あら、洋服じゃない!」


「俺達にくれるのか!?」


「なあ、あれは俺にくれよ!」


 我先にと立ち上がり、上空へ手を伸ばす彼らは本当に哀れで……意地汚い。

『生きる』という行為に対して、とても不誠実だ。

『自立を知らぬまま育ったのか』と溜め息を零し、私はパンッと手を叩く。

すると、辺りは一気に静まり返った。


「貴様ら、これが欲しいか?」


「「「ああ!欲しい!」」」


 間髪容れずに頷くスラムの住民達に、私は思わず笑みを零す。


「そうか。なら、毎日食料と生活用品を配ってやる」


「ほ、本当か……!?」


「ああ────私が貴様らを家畜として、飼ってやろう」


「「「!!?」」」


 人としてカウントされなくなったスラムの住民達は、言葉を失った。

それなりにショックを受けているのか、呆然としている。

怒りなのか、悲しみなのかよく分からない感情を見せ、歯を食いしばった。

震える手をギュッと握り締める彼らの前で、私はニッコリと微笑む。


「死ぬまで面倒を見てやるから、安心しろ。無責任に世話を放り出す真似は、しない」


「「「……」」」


 先程までの騒がしさが嘘のように静まり返り、彼らは下を向いた。

まだ僅かに残っていたプライドが邪魔をしているようで、誰一人として首を縦に振らない。

ただ黙って、じっとしているだけ。


「おい、どうした?暗い顔なんかして。貴様らの求めていたものは、これだろう?何が不満なんだ?」


 心底不思議そうに首を傾げ、私は無邪気に笑った。

ビクッと肩を震わせる彼らの前で、おもむろに肩の力を抜く。

『まだ堕ちるところまで堕ちていないようだな』と考えつつ、私は表情を消した。


「貴様らに一つ問おう────人として、生きたいか?」


 真っ直ぐに前を見据え、私は彼らの中に残った僅かなプライドへ問い掛けた。

すると────一人の子供が、大粒の涙を零す。


「生きたい……!人として、生きたい!こんなところ、さっさと出て……明るい未来()を歩きたい!」


 棒切れのような手足を懸命に動かし、幼い少年は私の前に躍り出た。

かと思えば、タイルの溝に足を取られ、派手に転ぶ。

でも、決して顔は下げなかった。


「家畜なんて、嫌だ……!」


 絞り出すようにして本音を漏らし、少年はこちらへ手を伸ばす。

『助けて』と懇願するように。

誰よりも愚直に……でも、ハッキリと意志を示す彼はまるで英雄(ヒーロー)のようだ。

そんな彼に触発されたのか────今度は少女が走り出す。


「私も……!私も、ここから抜け出したいです!人として、生きたいです!」


 少年の隣に並び、頭を下げる少女は『お願いします!』と叫んだ。

それを皮切りに、次から次へと子供達が駆け寄ってくる。


 やはり、こういう話は子供達の方がいい反応を示すな。

多少単純なところはあるが、悪くない。


 自分の前に群がる子供達を一瞥し、私は奥に視線を向けた。

すると、彼らは互いに目配せしながらおずおずと前へ出る。

ここまで一生懸命な子供達を見て、何か思うところがあったのかもしれない。


「人として生きる道があるなら……俺達も、そうしたいです」


 一人の男性が大人を代表して喋り、『よろしくお願いします』と頭を下げた。

他の者達も、それに続く。


「いいだろう。貴様らに人として、生きていく道を用意してやる」


 ようやく本音を吐露したスラムの住民達に、私は自信満々に言い放った。

『安心して、ついてこい』と主張し、少年の手を掴む。


「ただし────苦労するのも、努力するのもあくまで貴様ら自身だ。私に出来るのは、せいぜい仕事の斡旋くらいだと思え」


 『自らの手で望む生活を掴んでみせろ』と述べ、私はグイッと手を引っ張った。

そして、少年を無理やり立たせると、他の者達にも体勢を整えるよう指示する。

おずおずと立ち上がる彼らを他所に、私は空を見上げた。


 本当は学校に通わせるなり何なりして、手に職をつけられるよう支援したかったんだが……今はそこまで手が回らない。

だから、お金を与えて生活の幅と人生の選択肢を増やすしかなかった。


 『国が安定したら、もう少し福祉に力を入れよう』と思いつつ、私は耳に手を当てる。


「ジーク、今ちょっと良いか?」


 魔法で特定の人物と意識を繋げ、私は声を飛ばした。

すると、


『い、イザベラ様……!?』


 と、困惑の滲んだ声が返ってくる。

相変わらず不意打ちに弱いジークに、私はクスリと笑みを漏らした。


「スラム近辺で公共事業を行う。今すぐ、準備に取り掛かれ」


『えっ!?い、今すぐですか……!?』


「ああ。明日から始めるとなると、悠長にしている暇などないだろう?」


『なっ……!?あ、明日!?無理ですよ!というか、今そんなにお金を使ったら国庫がすっからかんに……』


「それなら、心配ない────そのうち、ネギを背負ったカモがやってくるからな」


 『疾風』から入ってくる情報を脳裏に思い浮かべ、私は顎を撫でる。

『一体、どれほど巨大なカモになったか』と想像を膨らませ、狸共の手腕に期待した。


「とにかく、頼んだぞ」


 そう言って意識と意識を繋げる糸を切り、私は耳から手を離す。


 これで仕事はどうにかなるだろう。

あとは()、必要なものを与えるだけだな。


 いつ死んでもおかしくない環境に居るスラムの住民達を見据え、私はパチンッと指を鳴らした。

その瞬間、食料や生活用品がゆっくりと降りてくる。

彼らはそれを思わず手に取り、オロオロと視線をさまよわせた。


「い、いいんですか……?」


「ああ。これは私からの手向けだ。明日に備えて、しっかり準備しておけ。あと────」


 そこで一度言葉を切ると、私は何かを薙ぎ払うかのように手を動かした。

すると、ここら一帯は浄化され、住民達も綺麗になる。

『わっ……!?』と驚く彼らに、追加で治癒魔法を施した。


 今のままでは、マイナスのスタートになってしまう。

だから、


「────これはおまけだ」


 『せめて、ゼロからのスタートにしてやろう』と、私は必要最低限のものが揃った一日を提供する。

一般人からすればこんなの当たり前かもしれないが、次の瞬間どうなるかも分からない彼らにとっては大事なことだ。

『これなら、誰も家畜とは思わないだろう』と目を細め、私はクルリと身を翻す。


「せいぜい、励め」


 『私が出来るのはここまでだ』と告げ、メンヘラを連れて一度自室へ転移した(戻った)

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― 新着の感想 ―
[良い点] この、【スラム】の回、頷くしか無かったです。 どういうふうに生きたいのか、と言われても答えられなくても、では住処も食事も与えてやろう、家畜として、と言われたら、何人の人間がフザケンナ!と思…
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