食料問題
「どうか……どうか、お願いします!情けない私に代わって、ラッセル領の民をお救いください!」
頼みの綱がもう私しか居ないのか、子爵は恥も外聞もかなぐり捨て頭を下げる。
ハッと息を呑むメンヘラや使用人を他所に、彼は『ご慈悲を!』と嘆願した。
本当に領民のことを思っているからこそ、出来る無様な行い。
何よりも名誉を重んじる普通の貴族なら、まずやらないだろう。
よく見れば、服も髪もボロボロ……これは恐らく、相当困窮しているな。
というか、領地運営に必要な資金以外全て領民の生活に充てているんじゃないか?
それでも、足りないということは……。
おもむろに顎を撫で、私は暫し考え込む。
嘆願書には『食料不足』としか書いていなかったため、まさかここまで酷いことになっているとは思わなかった。
『これは当初の予定を変更する必要があるな』と判断し、予め考えておいた改善策を取りやめる。
と同時に、腕を組んだ。
「それは────食料を恵んでくれ、という意味か?」
「……はい」
敢えて意地の悪い言い方をしたにも拘わらず、子爵はすんなり首を縦に振った。
どこまでも潔い対応に、私は内心ニヤリと笑う。
「そうか。ならば────貴様の嘆願は見なかったことにする」
「へ、陛下……!」
言外に『何もしない』と言い放った私に、メンヘラは思わずといった様子で声を上げた。
咎めるような視線をこちらに向け、『何故ですか!』と訴え掛けてくる。
納得いかない様子の彼を前に、私はスッと目を細めた。
「食料を分け与えるのは、簡単だ。だが、それでは根本の解決にならんだろう」
「で、ですが……!このまま、放っておくのは……!」
「まあ、話は最後まで聞け」
『貴様は少々気が短すぎる』と注意し、私は視線を前に戻した。
頭を下げたままの子爵を視界に捉え、僅かに身を乗り出す。
「私は────子爵が望めば、自給自足で生きていける方法を一つ教えてやるつもりだ」
「「!!」」
『そのための手段とでも言うべきか』と零す私の前で、子爵はメンヘラは大きく目を見開く。
『本当ですか!?』と言わんばかりにこちらを見つめ、期待に胸を膨らませた。
「お、お願いします!教えてください!」
唾を飛ばさんばかりの勢いで食いついてくる子爵に対し、私はこう切り返す。
「なら、ラッセル領の土と水、それから肥料を持ってこい」
「はい!今すぐ!」
『食料問題が改善する!』と浮かれているのか、子爵は大して疑問も抱かず首を縦に振った。
かと思えば、使用人達と共に大急ぎで所定のものを用意する。
テーブルの上に並べられたソレらを前に、私は右手を軽く握った。
「もう既に気づいている者も居るだろうが、貴様らに与えるのは────作物の種と知識だ」
そう前置きしてから、私はパッと右手を開く。
すると、そこには飴玉サイズの種が。
『よし、ちゃんと生成出来たな』と満足しつつ、私は鉢植えに入った土を軽く掘り起こした。
そして、掘った部分に種を放り込み、土を被せる。
あとは適当にジョーロの水を掛け、肥料を撒くだけ────なのだが、
「今回だけ、魔法で無理やり成長を早める」
どういった作物なのか説明する必要があるため、私は植物系統の魔法を発動した。
その途端、土から芽が生え、ぐんぐん成長していく。
「念のため言っておくが、成長過程を短縮しているだけで土や水には一切手を加えていない。つまり、ラッセル領の土地でもいずれちゃんと育つということだ」
『もし、土や水に問題があるなら途中で枯れている』と話し、魔法を解除した。
立派な葉っぱをつけるソレを見下ろし、私は根元の部分を掴む。
「いいか?よく見ておけよ」
そう声を掛けてから、私は一思いに引っこ抜いた。
土の中から出てきた茶色の球体を浄化で綺麗にし、テーブルの上に並べる。
「あ、あの……陛下、この作物は一体……?」
困惑気味に尋ねてくる子爵に、私は『そろそろ、ちゃんと教えてやるか』と顔を上げた。
「この作物は────ジャガイモだ」
「ジャガ、イモ……?」
「ああ。基本的にどこでも育つ作物だ。特に私の改良したジャガイモは冬にも強く、土・水・肥料さえ用意すれば育つ。と言っても、やはり夏物に比べて小ぶりになってしまうがな。まあ、それでも飢えを凌ぐことは出来るだろう」
風魔法でジャガイモの芽をくり抜きつつ、私は簡単に説明した。
『ほう……』と感嘆にも似た相槌を打つ彼らの前で、今度はジャガイモ一つ一つに切れ込みを入れる。
パンッと手を叩いて小さめの結界を生成し、そこにジャガイモを放り込んだ。
と同時に、火炎魔法を駆使して軽く蒸す。
こんなものか。
私はジャガイモの状態を確認しつつ結界を解除し、最後にバターを垂らした。
「ほら、食べてみろ」
風魔法を駆使してメンヘラ達の前にジャガイモを運び、私は『案外美味いぞ』と勧める。
すると、彼らはおずおずとジャガイモを受け取り、
「あちちちち……!」
なんて言いながら、顔を近づけた。
『おっかなびっくり』といった様子で口を開け、彼らは一思いにジャガイモを頬張る。
「ん……?んっ!?美味しい……!」
「味は素朴だが、これは……いける!」
「アレンジのしようがありそうです!」
「料理の付け合わせにも、いいかも……!」
子爵やメンヘラをはじめ、皆ジャガイモを大絶賛する。
『この味で量もたくさん採れるなら!』と目を輝かせ、笑みを零した。
あっという間にジャガイモを平らげる彼らの前で、私は亜空間から紙とペンを取り出す。
そこにジャガイモの調理方法や注意事項を書き記し、子爵に視線を向けた。
「ここに書いてあることをよく守り、ジャガイモを領地に広めろ。特産物にしてもらっても、構わん」
『好きにしろ』と言い、私は紙と種を差し出した。
すると、子爵は今にも泣きそうな顔でそれらを受け取る。
「本当に……本当にありがとうございます、陛下!このご恩にどう報いればいいか……!」
「別に礼などいい。私は当然のことをしたまでだ」
「で、ですが……!」
『それでは気が済まない!』とでも言うように、子爵は眉尻を下げた。
まだ解決の糸口を見つけた段階だというのに、すっかり私に心酔しているらしい。
『本当に大変なのは、これからなんだが』と溜め息を零し、私は肘掛けに体重を載せる。
「そうだな……もし、どうしても恩に報いたいと言うのなら────ラッセル領と同じく食料不足に悩む土地があったら、ジャガイモの種と知識を分けてやってくれ」
『そうすれば、巡り巡って私の仕事が減る』と考え、食料問題の改善を子爵に押し付けた。
────が、本人は全く違う捉え方をしたようで……『なんと、お優しい!』と涙を零す。
ラッセル家の使用人達も同様に、感動を露わにした。
「分かりました!必ず、種と知識をお届けします……!もちろん、陛下のお心も!」
『各地に広めて参ります!』と意気込み、子爵は深々と頭を下げる。
国を豊かにするため、ここまで足を運んで下さった慈悲深いお方とでも思っているのか、随分と仰々しい。
『なんだ、その好意的な解釈は……』とゲンナリするものの、いちいち説明するのも手間なので放置する。
『もう勝手にしてくれ』という気分で、席を立った。
「では、私達はそろそろ行くとする」
「えっ!?も、もうですか……!?もう少しゆっくりしていっても……!」
ジークと同じようなことを言う子爵に、私はフッと笑みを漏らす。
「悪いな。まだやるべき事が残っているんだ」
「そ、そうですか……それは残念です」
『せっかくですから、歓迎の宴を開きたかったんですが……』と零し、子爵は肩を落とした。
見るからにガッカリしている様子の彼を前に、私は銀髪を手で払う。
「また何か困ったことがあれば、嘆願書を出せ。私はあの無能と違って、ちゃんと対応する。無論、くだらんことには手を貸さないが」
『ちゃんとした要求であれば、聞き入れる』と明言し、私はメンヘラに声を掛けた。
と同時に────二つ目の目的地である、旧帝都へ転移する。
「!?」
突然の魔法に驚いたのか、それとも目の前の光景に度肝を抜かれたのか……メンヘラは硬直した。
先程までの穏やかな雰囲気は、どこへやら……呆然と立ち尽くしている。




