視察
「なら────まずは国の現状をその目で見ろ」
『考えるのはそれからでも遅くない』と告げ、私はメンヘラを無理やり立たせた。
困惑のあまりされるがままの彼を引き連れ、私は城外へ転移する。
「うぉ……!?」
突然の魔法に驚きを隠せないメンヘラは、忙しく視線を動かしていた。
『こ、ここは……』と零す彼を他所に、私は目的地をリストアップする。
嘆願書にあったあそことあそこなら、日帰りで行けるな。
視察ということにすれば、周囲から文句を言われることもあるまい。
『帝国最強と謳われた騎士様も一緒なら、尚更』と考え、私は軽く地面を蹴った。
その途端、私の体は宙に浮き、どんどん上昇していく。
ついでに手を繋いでいるメンヘラも。
「へ、陛下……!ちょっと待ってください……!私はこういった魔法を使ったことがなくて……!」
「悪いが、悠長にしている暇などない」
『貴様のペースに合わせていたら日が暮れる』と言い、私はさっさと移動を開始した。
ギャーギャー喚くメンヘラをスルーし、結界魔法で安全を確保しながら飛んでいく。
出来れば、転移で行きたかったんだが……一度も行ったことのない場所に転移するのは、難しい。
皇城のように目立つ建物があったり、気配探知で詳細を把握出来る範囲にあったりすれば話は別なんだが……あいにく、これから向かうのは僻地である。
『まあ、転移で行くのは十中八九無理だろうな』と結論づけ、ぐんぐんスピードを上げていく。
すると、途中で吹雪に見舞われ、視界が悪くなった。
「こっちはもう冬か」
方向だけを頼りに前へ突き進む私は、魔法で天候を変えようか一瞬悩む。
が、直ぐに頭を振った。
何故なら、無理やり自然に干渉すると後でもっと面倒になることが多いから。
例えば、去年より冬が長引いたり夏場に雪が降ったり……前世では、何かしら狂っていた。
こちらの世界でもそうとは限らないが、わざわざ危ない橋を渡る必要はないだろう。
『最悪、出直せばいい』と楽観視しつつ、私は街の灯りのようなものを発見する。
と同時に、速度と高度を下げた。
メンヘラを引き連れ地上に降り立ち、キョロキョロと辺りを見回す。
ふむ……どうやら、ビンゴみたいだな。
街を囲う形で設置された柵の一つに看板があり、私は確信する。
『一つ目の目的地で間違いない』と。
『方向さえ分かっていれば、案外どうにかなるものだな』と考える私を前に、メンヘラは目をぱちくり。
「こ、ここは……北部?」
「ああ。ラッセル領って、分かるか?馬や牛で生計を立てているところだ」
「は、はい……ラッセル領の馬は、時々騎士団にも来ますから」
『取り引きしたことがある』と主張するメンヘラは、吹雪の中でも微動だにしない。
代謝がいいのか、それとも分厚い筋肉に覆われているおかげか……寒そうな素振りを一切見せなかった。
『いや、本当に人間か?』と思いつつ、私は火炎魔法で周囲の温度を上げる。
「とりあえず、領主に会いに行くぞ」
パチンッと指を鳴らし、私はここから見える一番大きな屋敷に転移した。
と同時に、領主とご対面。
執務室でもくもくと仕事をこなしていたらしい茶髪の男は、我々を見るなり固まった。
動揺のあまりペンを取り落とし、その音でハッと我に返る。
「だ、だだだだだだだだだ、誰……!?」
目を真ん丸にしながら立ち上がり、男は後退った。
すると、彼の絶叫を聞きつけた使用人達が武器片手に飛び込んでくる。
────が、メンヘラの顔を見るなり慌てて両手を挙げた。
「だ、団長殿……!ご無沙汰しております!」
「本日はどのようなご用件で……!?」
「あと、そちらのお嬢さんは一体……?」
さすがは帝国最強の騎士とでも言うべきか、顔は知れ渡っているらしい。
直ぐに使用人達が警戒心を解いた。
『すみません、すみません』と謝る彼らを他所に、ようやく茶髪の男が正気を取り戻す。
「あ、あの……この状況について、ご説明を……」
困惑気味にこちらを見つめ、茶髪の男はおずおずと手を挙げた。
色素の薄い瞳をゆらゆらと揺らす彼の前で、私はドカッとソファに腰掛ける。
「嘆願書の内容について、もう一度説明しろ」
「えっ?」
説明も何もかもすっ飛ばして要求を突きつけると、彼はオロオロと視線をさまよわせた。
パチパチと瞬きを繰り返して戸惑う彼に、私は『はぁー』と長い息を吐く。
「ラッセル子爵、貴様は主君の顔すら分からない無能なのか?」
『建国から何ヶ月経ったと思っている?』と呆れ、私はやれやれと肩を竦めた。
『貴様、出世出来ない口だな?』と暴言を吐く私の前で、子爵はメンヘラの方を盗み見る。
そして、コクンと小さく頷くメンヘラを見て、一気に青ざめた。
カタカタと震えながらこちらへ向き直り、子爵は衝撃のあまり腰を抜かす。
「なっ……!?えっ!?へ、陛下ぁぁぁぁあああ!?」
────という絶叫が木霊した後、子爵からそれはそれは丁寧な謝罪を受けた。
『命だけはぁぁぁあああ!!』と泣き叫ぶ彼を足蹴にし、一先ず落ち着くよう促す。
こうもうるさいと、本題に入れない。
「とにかく、貴様を罰するつもりはない。謝罪はいいから、さっさと嘆願書の内容を説明しろ」
私は再度同じ要求を突きつけ、浮遊魔法で子爵を浮かせると、向かい側のソファへ投げ捨てた。
『全く……鬱陶しい』と苛立つ私を他所に、子爵は何とか泣き止む。
「は、はい……えっと、今回陛下にお願いしたいのは────食料問題の改善です」
ゴシゴシとハンカチで涙を拭いつつ、子爵はようやく話を切り出した。
「我が領は見ての通り、寒さの厳しい地域です。また、土地も痩せており農業はほぼ不可能。夏場ですら上手く作物が育たず、他領から食料を購入するしかありません。ただ、ここは帝国の僻地にあり……運搬だけでも、時間とお金が掛かります。なので、毎年かなりの出費をしていて……」
「ラッセル領の産業から得る収入だけでは足りない、と?」
「はい……」
沈んだ声で肯定を示し、子爵は俯いた。
己の無能を恥じるように。
「情けない話ですが、毎年晩冬になる頃には食料も尽きてきて……三日ほど飲まず食わずになることもあります。それで、餓死する者も居り……」
「!?」
『餓死』という単語に強い反応を示すメンヘラは、大きく目を見開いた。
戦争などの非常時を除いて、餓死する者が居るのかと衝撃を受けているらしい。
『そんなに深刻なのか……?』と目を白黒させる彼の前で、子爵はグッと手を握り締める。
「ラッセル領の領主として、貴族として私の力で何とかするべき問題なのは分かっています。でも、もう何年もこんな状態で……私の手に余ると判断しました。なので、その……イーサン、様の代から嘆願書を提出したのですが……無視されてしまって……」
チラチラとこちらの顔色を窺いながら、子爵は説明を終えた。
イーサンの名前を出しても怒られなかったからか、少しホッとしている。
────が、直ぐに真剣な顔付きへ変わった。
縋るような目でこちらを見つめ、子爵はソファから降りる。
と同時に、跪いた。
「どうか……どうか、お願いします!情けない私に代わって、ラッセル領の民をお救いください!」




