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帰る

「分かった。私に答えられることなら、何でも答えてやる」


 腰に手を当ててそう宣言すると、レジーナは瞳を揺らす。

不安と緊張を露わにしつつ小さく深呼吸する彼女は、真っ直ぐ前を見据えた。

かと思えば、意を決したように口を開く。


「未来のお前は幸せか?」


 『私が居なくても大丈夫なのか?』という懸念を言動に滲ませるレジーナに、私はフッと笑みを漏らした。

母親というものは本当に子供のことばかり考えているんだな、と思いながら。


「────ああ、可愛い伴侶と優秀な部下に囲まれてこの上なく幸せだ」


 『だから、安心しろ』と告げると、レジーナは少しばかり表情を和らげる。


「そうか。なら、いい」


 ホッとしたように胸を撫で下ろし、レジーナはどこか満足そうに微笑んだ。

────と、ここで一人分の足音を耳にする。


 どうやら、過去の私が帰ってきたみたいだな。


「では、今度こそ失礼する」


 『約束は守れよ』と念を押してから、私は視線を前に戻した。

すると、過去の私が我々の体をすり抜けてレジーナの元へ現れる。

『おい!なんだ、この出血量は!』と騒ぐ自分を一瞥し、私は歩き出した。

無論、ジークも連れて。


 さてと、この辺りでいいか。


 洞窟の途中で足を止め、私はおもむろに後ろを振り返った。

と同時に、ジークが小首を傾げる。


「イザベラ様、行かないのですか?」


「ああ」


「まだ何かやり残したことでも?」


「いや、特にない」


 『私個人の用事はもう済んだ』と言い、小さく(かぶり)を振った。

その途端、ジークは困惑気味に瞬きを繰り返す。


「では、一体何故?」


「ジークに過去を見せるためだ」


 そっちの用事がまだ済んでいないことを指摘し、私は腰に手を当てた。

ちゃんと最後まで見せる気の私を前に、ジークは『あっ……』と声を漏らす。

どうやら、褒美の件をすっかり忘れていたようだ。


「えっと、それならもう大丈夫です。充分すぎるほど、見せていただいたので」


 『満足しています』と話し、ジークはチラリと洞窟の奥を見る。


「それに親子の最後の対話を覗くのは、さすがに野暮というものです」


 『他人の踏み込んでいい領域じゃない』と主張し、ジークは前を向いた。


「だから、もう帰りましょう」


 洞窟の出口を……いや、帰り道を見据えてジークはスッと目を細める。

どことなく凛とした雰囲気を漂わせる彼の前で、私はレジーナ達に背を向けた。


「分かった」


 『ジークがそれでいいのなら、そうしよう』と告げ、私は目を閉じる。

そして、ボソボソと呪文を呟くと────行きのとき同様目眩を覚えた。

意識が混濁していく様をヒシヒシと感じる中、目の前が一瞬真っ暗になる。


「……無事に帰ってきたみたいだな」


 光の戻った視界で周囲の状況を確認し、私は肩の力を抜いた。

と同時に、ジークも身を起こす。


「ここは……温泉宿の中?」


 和風建築独特の畳やスライド式の扉を見やり、ジークは額に手を当てた。

目覚めたばかりでまだ混乱している様子の彼を前に、私は腕を組む。


「ああ、そうだ。体だって、元に戻っているだろう?」


「あっ……本当だ」


 自身の体が透けていないことに気づき、ジークは顔を上げる。

ようやく『帰ってきた』という実感が湧いてきたのか、少しばかり表情を和らげた。

────が、掛け時計を見るなりハッとする。


「そ、そういえば時間は……!」


 数百年ほど過去に行っていたことを思い返し、ジークは青ざめた。

今更ながら、時の流れはどうなっているのか疑問を抱いたらしい。

これでもかというほど焦りを覚えている彼の前で、私は一先ず護身用の結界を解く。


「安心しろ、ジーク。出立から、それほど時間は経っていない。せいぜい、二・三分程度だろう」


「えっ?たったの数分……?」


 思わずといった様子で聞き返してくるジークに、私は首を縦に振る。


「ああ。私が行ったのは時間転移だからな。行きたい時代や場所を指定して、転移出来るんだ」


 『まあ、さすがに未来へ行くことは出来ないがな』と語り、私はテーブルの上に手を置いた。


「第一、数百年も経っていれば私達の体は骸骨になっているだろう。こんなに若々しい筈がない」


「それは確かに」


 ジークは納得したように頷き、ホッと胸を撫で下ろす。

私の不在による影響がどれだけ大きいか、知っているだけに不安も大きかったようだ。


「とにかく、時間の心配はないようで安心しました」


 『ご説明、ありがとうございます』と言って、ジークは頭を下げた。

かと思えば、ゆっくりと立ち上がる。


「では、そろそろ俺は部屋に戻ります」


 こちらの魔力消費(負担や疲労)を考えてか、ジークは早々にお暇することを選択した。


「────夢のような一時(ひととき)をどうも、ありがとうございました」


 金の瞳に暖かな光を宿し、ジークは優雅に一礼する。

『今夜はゆっくり休んでくださいね』と言い残して去っていく彼を前に、私は天井を見上げた。


「夢のような一時(ひととき)、か」


 自分にしか聞こえないほど小さな声で呟き、私は自身の顎を撫でる。


 確かにそうだな。これは夢だ。長く、儚く、幻のような……。

だから、後悔を晴らせた以上(目が覚めた以上)もう固執はしない。

過去()過去()として記憶の片隅に追いやり、私は今を生きるのだ────ジーク達と共に。


 当たり前のように未来を思い描く自分に、私はフッと笑みを漏らす。

なんだか、拍子抜けしてしまって。


「レジーナを母と呼ぶ……それが出来れば、私にはもう生きる意味も理由もなくなると思っていたんだがな」


 大きな目的をなくした喪失感と虚脱感は間違いなくあるものの、『燃え尽きて何もかもどうでも良くなる』ということはなかった。

まだちゃんと動いている心臓と感情、それに思考を感じ取りながら、私は前髪を掻き上げる。


「私も随分と変わったものだ」


 他者から影響を受けるなど以前なら考えられなかっただけに、私は感慨深い気持ちになった。

と同時に、部屋の窓から夜空を眺める。


 明日はジークとデートでもするか。


 早速今後の予定を立てる私は、少しばかり表情を和らげた。

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