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後悔を晴らす

「ついに来たか……この時が」


 足元に出来た血溜まりと虫の息のレジーナを前に、私は直に死ぬことを確信した。

ジークもさすがに回復の見込みがないことを感じ取り、真っ青になる。


「か、過去のイザベラ様を早く呼び戻さないと」


 『声は聞こえるんだから、何とかなる筈』と考え、ジークは身を翻した。

その瞬間、私は彼の腕を掴む。


「落ち着け、ジーク」


 洞窟から出て行こうとする彼を引き止め、私は前を見据えた。


「そんなに焦らなくったって、過去の私は直ぐに帰ってくる。少なくとも、レジーナの死に目には会える筈だ」


「えっ?そうなんですか?」


 ジークは僅かに目を見開き、口元に手を当てる。


「俺はてっきり、レジーナ様の最期を看取れなかったことが心残りなのかと」


 私の後悔について言及し、ジークは困ったように視線をさまよわせた。

『他に何か悔いるような点はあったか』と悩む彼を前に、私は顔を上げる。


「まあ、レジーナの死期関連であるのは当たっている」


 『決して、的外れなことを言っている訳じゃない』と主張し、私は自身の喉元に触れた。

と同時に、目を伏せる。


「ジーク、私はな────これまで一度も、レジーナを母と呼んだことがないんだ」


「!」


 ハッとしたように息を呑むジークは、こちらを凝視した。

『言われてみれば、確かに……』と呟く彼に対し、私はこう言葉を続ける。


「だから、最後に呼んでやりたかったんだが……母と口にする前に、別れを迎えてしまった」


 『全くもって、間の悪いことだ』と呆れ、私は天井を見上げた。


「それが、ずっと心残りでな。些細なことであるのは自覚しているが……」


「────全然些細なことなんかじゃ、ありません!大切な家族への想いは何より尊く、重く、強いものなんですから!」


 堪らずといった様子で反論し、ジークは私の手をそっと握る。

『貴方の願いは間違っていない』と全面的に肯定する彼を前に、私はフッと笑みを漏らす。

別に非難されるとまでは思ってなかったが、ここまで共感されるとも思ってなかったため。


「さあ、イザベラ様!今すぐ後悔を晴らしに行きましょう!」


 ジークは金の瞳に強い意志を滲ませ、私の手を引いた。


「過去のイザベラ様に事情を話す手間も考えたら、本当に時間がありませんから!」


「────いや、過去の私には接触しない」


 間髪容れずにそう切り返し、私はレジーナの方へ足を向ける。

すると、ジークは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「えっ?それじゃあ、どうやって後悔を晴らすんですか?」


 『過去の私に母と呼んでもらわなければならない』という思い込みを振り翳し、ジークは頭を捻る。

困惑を露わにする彼の前で、私は一つ息を吐いた。


「ジーク。私が何故、声は周りにも聞こえるよう調整を行ったと思っている?」


「!」


今の私が(・・・・)レジーナと言葉を交わし、自分の手で後悔を晴らすためだ」


 空いている方の手をグッと握り締め、私は一歩を踏み出す。


「たとえ過去の自分であろうと、その役目を譲ってやる気はない」


 そう言うが早いか、私は倒れているレジーナの元へ足を運んだ。

明らかに瀕死状態の彼女を前に、私は少しばかり身を屈める。


「レジーナ」


 普通よりやや大きい声で呼び掛けると、彼女は僅かに瞼を震わせた。

かと思えば、ゆっくり目を開ける。


「誰だ……?」


「リベルタだ」


 すかさず名乗る私に対し、レジーナは怪訝そうな表情を浮かべた。


「嘘を言うな。いくら弱っているからと言って、我が子の声を聞き間違えるような愚は犯さない」


「確かに声は違うが、私は本物のリベルタだぞ。訳あって、未来から……いや、来世(・・)から来たんだ」


 ざっくり事情を説明する私に、レジーナは困惑を示す。


「……そんな与太話を信じろ、と?」


「別に信じなくてもいい。どうせ、やることは変わらないからな」


 目的があってここに来たことを告げると、レジーナは警戒心を露わにした。


「一体、何をするつもりだ?」


「ただ話をするだけだ」


「……話、だと?」


「聞きたくないなら、それでも構わない。こちらが一方的に喋るまでだ」


 『無視するなり何なり好きにしろ』と述べ、私は横髪を手で払う。

正直、最初から感動の再会や穏やかな親子の会話なんて無理だろうと思っていたから。

邪険にされても、特段ショックなど受けなかった。


「レジーナ、私は貴様の娘として育ったことを何よりの幸福だと思っている」


 白い瞳をじっと見つめ、私はスッと目を細める。


「あのとき拾ってくれなければ、私はきっと世界を巻き込んで盛大に自滅していただろうからな。それに他の誰かでは、こんなに安らかな日々を送れなかった」


 『ニコリともしない子供なんて、可愛げがないからな』と肩を竦め、私は背筋を伸ばした。

と同時に、少しばかり表情を和らげる。


「私を家族に迎え入れてくれたこと、今一度礼を言う」


 黒い瞳に穏やかな光を宿し、私は身を乗り出した。


「それから────今まで世話になったな、()よ」


「!」


 レジーナは僅かに目を見開き、何か言いたげな素振りを見せる。

が、自分でも何を言いたいのか分からない様子で黙りこくった。

グッと口元に力を入れる彼女の前で、私は姿勢を正す。


「話はこれで以上だ」


 そろそろ過去の私が帰ってくる頃なので、会話を切り上げた。

『万が一、バレたら面倒だし』と考えつつ、私は横髪を耳に掛ける。


「言っておくが、未来の私(今の話)については他言無用だ。まあ、話したところで頭のおかしいやつだと思われるだけだろうけどな」


 『病人の世迷言として片付けられるのがオチだ』と告げ、私はクルリと身を翻した。


「では、邪魔したな」


 そう言うが早いか、私はジークを連れてさっさと立ち去る────筈が、


「待て」


 と、レジーナに引き止められた。

反射的に足を止める私の前で、彼女はそろそろと視線を上げる。


「お前の話を全て信じた訳ではないが、もしも……もしも本当にリベルタなら一つ聞かせてほしい。そしたら、お前のことは誰にも言わない」


 『文字通り、墓場まで持っていく』と話すレジーナに、私は顔だけ向けた。


「分かった。私に答えられることなら、何でも答えてやる」

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