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レジーナ

「────レジーナ・プラータ・ツァールハイト」


 自分にしか聞こえないほど小さな声でそう呼び、私は地上に降り立ったドラゴン(・・・・)を眺める。


 日の光を浴びて輝く銀の鱗も、透き通るように白い瞳も全く変わらないな。


 などと考えていると、レジーナが過去の私へ目を向けた。

どこまでも優しく、穏やかなオーラを放ちながら。


「強力な気配を感じ取って来てみたら……その正体がまさか、赤子だったとは」


 呆れとも感心とも捉えられる表情を浮かべて、レジーナは少しばかり顔を近づけた。


「見たところ、貴様も一人みたいだな」


 生みの親どころか人っ子一人見当たらない現状に、レジーナはそっと目を伏せる。

多分、過去の私が親から捨てられたことを何となく察したのだろう。

それで、心を痛めている訳だ。

『こいつは子供という存在にめっぽう弱いからな』と思案する私を他所に、彼女は上体を起こす。


「実は私もなんだ。群れのボスであるドラゴンの求婚を断ったら、故郷を追放されてしまってな」


 やれやれと(かぶり)を振り、レジーナは『器の小さいやつだろう?』と苦笑した。

かと思えば、手を……いや、指先を過去の私に差し出す。


「だから────一人者同士、家族にならないか?」


 赤子相手にも拘わらず提案という体を取るレジーナは、小さく笑った。


「私を、お前の育ての親にしてほしい」


 『一人はさすがに寂しいからな』と言い、レジーナはじっと相手の反応を窺う。

すると────過去の私が、何の躊躇いもなく彼女の指を握った(手を取った)


「そうか。一緒に来てくれるか」


 僅かに声を弾ませ、レジーナは少しばかり身を乗り出す。

と同時に、そっと過去の私を持ち上げた。


「では、今日からお前は────リベルタだ。誰よりも自由に生きて、人生を謳歌しろ」


 『親からもらう最初の愛情』と呼ばれる名付けを行い、レジーナは鼻先で軽く過去の私を(つつ)く。


「これからよろしく頼むぞ、リベルタ」


 そう言うが早いか、レジーナは前足で過去の私を持ったまま飛翔した。

空を駆け抜けていく彼女の前で、ジークは僅かに表情を和らげる。


「良かった、イザベラ様を保護してくれる方が現れてくれて」


 ホッとしたように胸を撫で下ろし、ジークは『一時はどうなることかと』と零す。

普通なら、『ドラゴンが保護者なんて』と抵抗感を覚える筈なのに。


 やはり、こいつは変わっているな。この私にも劣らないくらい。


 『だからこそ、気に入っているんだが』と思いつつ、私は繋いだ手を軽く引く。


「一先ず、レジーナの後を追おう。ここには、私もレジーナももう来ないからな」


 ────と告げた後、私はジークを連れてレジーナの住処である洞窟へと向かった。

そこで、数百年ほど親子の日常を見守る。


「ときどきエルフの嫌がらせやドラゴンの襲撃はありましたが、比較的平和ですね」


 ジークはこれまでの日々を振り返り、自身の顎に手を当てた。

恐らく、私の言う後悔が見当たらず疑問を覚えているのだろう。

困惑気味に薄暗い洞窟内を見回す彼の前で、私は朝食中のレジーナと過去の自分を見つめる。


「そろそろか」


 どこか既視感のある光景を前に、私はスッと目を細めた。

あの日もああやって嘴で服を掴まれたな(引き止められたな)、と思いながら。

思わず立ち止まる過去の私をぼんやり眺める中、レジーナは背筋を伸ばす。


「リベルタ、お前に大事な話がある」


 改まった態度で話を切り出すレジーナは、過去の私に真剣な眼差しを向けた。

かと思えば、意を決したように口を開く。


「お前も既に気づいているだろうが、私はもう────あまり長くない」


 死期が近いことを仄めかすレジーナに、過去の私は微動だにしなかった。


「結構、いい歳だからな」


 『老衰』という単語を前面に出す過去の私は、小さく肩を竦める。

その途端、レジーナがピクッと眉を動かした。


「否定はしないが、もう少し言い方を考えろ」


 『乙女心の分からんやつだな』と溜め息を零しつつ、レジーナはゆっくりとした動作で横になる。

そろそろ、座っているのが辛くなったのだろう。


「とにかく、私はもうすぐ天寿を全うする。体の衰弱具合からして、多分一月も持たないだろう。だから、お前はさっさと自立しろ。こんな老婆の面倒は見なくていい」


 『介護も看取りも不要だ』と告げ、レジーナは尻尾で奥の収納場所を漁った。

そして、ありったけの金塊や宝石を過去の私の前へ置く。


「これは餞別だ。好きなように使うといい」


 『売るも捨てるも自由だ』と言い、レジーナは僅かに眉尻を下げた。


「こんなことしか出来なくて、すまないな。本来であれば自立まできちんとサポートするべきなんだろうが、もう手足を上手く動かせない上、五感もかなり鈍っているんだ」


 『これ以上、力になれることはない』と断言し、レジーナは餞別を持って立ち去るよう促す。

────が、過去の私は餞別に一切手をつけなかった。


「レジーナ、勝手に話を進めるな」


 足元にある財宝の山を一瞥し、過去の私は腰に手を当てる。


「私は貴様の指図を受けない。娘として、きちんと最期を看取る。介護だって、やるつもりだ」


 『自立だ、なんだはそのあとだ』と言い、過去の私は白い瞳を真っ直ぐ見つめ返した。


「だから、レジーナは大人しく私に親孝行されておけ」


 ────と、宣言した過去の私はどれだけレジーナに諭されても折れず……一緒に暮らし続けた。

すると、あちらの方が説得を諦めて普通に余生を楽しむ。


「レジーナ、少し家を空ける。留守番を頼んだぞ」


 過去の私はいつものように洞窟へ結界を張って、食料の調達に出掛けた。

と言っても、近くの森から木の実や薬草を採ってくるだけだが。

『街まで行くことはそうそうない』と思案する中────レジーナがいきなり血を吐く。

それも、かなり大量に。


「ついに来たか……この時が」

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