015
かき氷の屋台を見つけてアオネは吸い寄せられるようにそこに向かった。ちょうど喉も乾いていたし、かき氷が食べたかった。
友人がただの氷と砂糖シロップに300円はナンセンスだ、とコメントしていたのを思い出すが、これは雰囲気と一時の涼を買っているんであって、原価のことを考えてはいけないのだ。夏にしか食べられない風物詩なのだから食べたほうがいいに決まっている。
「ブルーハワイ一つ」
かき氷が手渡される。どこか座って食べられる場所を探しながら歩き出す。歩きながらも、座るまで我慢できずに細いストローでできたスプーンで一口掬って食べる。口の中で甘い氷が溶けていった。
「おいしそうに食べるね」
声を掛けられてアオネが顔を上げると、目の前に一人の青年が立っていた。高校の制服なのか、半そでのワイシャツとスラックスを履いている。青年の肌は夜の闇の中でもぼうと浮かび上がるかのように白く、身長はあったが、手足は細く、華奢な印象を醸していた。
「もちろん。だって美味しいから」
アオネは答えた。自分から話しかけてきたくせに、返答があったことに驚いたように青年は少し目を見張った。でもすぐにその顔は穏やかなものに戻る。
「あそこに座って食べようよ」
青年は石段の隅を指さした。二人は並んで石段に腰掛けた。なぜこのなりゆきになったのかアオネにはよくわからなかったが、これもひと夏の縁だ。
「祭りには一人で来たの?」
アオネが聞く。
「二人のつもりだったんだけど、結局一人だね」
青年は何かをぼかすように言った。
「君も一人?」
「高校生に君呼ばわりされるほど若くない気がしてたんだけど、自信を持っていいのかな。まあ、一人で来たよ。この町には夏の間だけ滞在するんだ」
「ごめんなさい。でも、雰囲気が好きな人に似てたんだ」
「今、その好きな子と一緒にいないってことは、もしかしてご傷心中かな」
「傷心はしてないよ。ただ、諦められないんだ」
「相当好きだったんだね」
「その子が好きだったのかな。いや、たぶんその子と過ごした一日が好きなんだと思う」
アオネは青年の顔を見た。穏やかな微笑みをたたえた顔は整っていて、どこか儚げだった。
「何の出来事があったのかはわからないけど、このかき氷がなくなるまでの間、聞かせてくれない?諦められないくらい愛してる、その一日の事を」
「いいよ」
青年は遠くを見るように話しだす。
「その日は今日みたいによく晴れて、入道雲が大きかった。僕らはラムネを買って飲んだ。その後、祭りが始まって屋台を回った。かき氷を食べた。二人ともブルーハワイを頼んだ。青が好きだったんだ。その後、僕らは蛍を観に行った」
「この辺りにも蛍がいるんだ」
少し驚いてアオネは言う。
「そうだよ。それは夢みたいに綺麗だったんだ」
「そっか」
アオネはカップの底に残った青い液体を飲み干した。
「見せてあげようか、蛍」
青年は立ち上がって言った。
「でも、そろそろ花火が始まるよ」
「僕はどっちも好きだから、どちらを見ても構わないよ」
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