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「今日は私の家のそばで夜祭があるんです」
アオネは言った。
「そう。花火は上がるのかしら」
「ええ。毎年必ず」
「今日は天気がいい。幸運ね」
「そうですね」
アオネは女性と別れ、駅を出た。バスに乗って九触駅に戻る。日が傾いて、空は少しずつ色を変え始めていた。ホームで電車を待つ間、空をぼうと眺める。青にピンク色のような色が混じりはじめる。
電車がやってきた。二車両で、客はアオネの他には誰もいなかった。シートに腰掛けて流れる車窓を眺める。単調な揺れに自然とウトウトしてくる。空はオレンジ色の夕焼けに染まっていた。
アオネは夢を見ていた。電車は夕暮れの海の上を走っている。ゆっくりと水面を割って電車は海に沈んでいく。車窓から波と泡が見える。やがて、藍色を帯びた水が足元からあふれ出し、車両を満たしていく。座っているアオネの頭上を越えて水は穏やかに満ちていく。アオネは息を吐く。泡が目の前で形を変えながら浮上していく。浮力を得たつり革たちが車両内で揺らめく。
電車は海底を走っていた。
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