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その愛に囚われる

作者: ものくろぱんだ


気が付いたら手を目の前に突き出した体勢のまま固まっていた。

突き出した手の先には倒れ込んだ体勢でこちらを見上げる群青の髪の少年がいる。


どこからどう見ても『やらかして』いる・・・。


「だっ、だいじょっ・・・ぁ?」

「・・・!」


焦った私の視界が、グラりと揺れる。

そうしてなすすべもなく、地面に沈み込んだ私は意識を失った。




◆◆◆




ロクス『・・・初めてだ。僕にそんなこと言ってくれるのは』




黒いボブカットの少女を、後ろから見ていた。

否、これは私だ。


松林璃羅。

ごくごく普通の女子中学生で、友達と遊ぶより乙女ゲームを遊ぶ方が好き。


今私が見ている『私』も、ここ最近ハマっていた乙女ゲームを進めていた。

ヒロインはラウラという少女、桃色がかったオレンジの髪に淡い水色の瞳の明るい美少女で、設定としてはよくあるもの。

幼い頃に行方知らずになった伯爵令嬢が平民として生きていたところを発見され、伯爵令嬢として王立学園に通う、と言っだもの。


私の最推しは騎士のジーク様。

固めの灰色の髪に濃紺の瞳がかっこいい。

凛々しい顔立ちで無表情に王太子殿下に忠誠を尽くす姿は騎士の鏡だ。

何周もした彼のルートだけれど、そろそろ全クリしたいところだ。

全クリするには最高難度の隠しキャラである王太子殿下のルートまでたどり着かなくちゃならない、そしてそのためには全攻略対象を攻略する必要があった。


だから普段は手を出さないような・・・言わば、私の苦手なキャラをプレイしているわけなんだけど。


悪役令嬢プリシラの義弟ロクス・・・彼は私の苦手な異性の代表格だった。

私は騎士であるジーク様のように、リードを優しく握ってくれる落ち着いた年上の男性が好みだ。

ついでに王太子殿下も好みの範疇である。

ロクスは・・・言っちゃなんだが、流されやすく、人に依存しやすい傾向にあって、私の好みじゃない。

ずっと虐められていたから自己評価が限り無く低く、女性不信で、人嫌い。

可哀想だけど嫌いなキャラだ。

私からすれば神からの贈り物のような容姿を持っているくせに何を、と言った感じなのだ。


もちろんロクスにだってそれなりの事情はあるのだけれど、やっぱり・・・。




ロクス『僕と永遠に一緒にいよう?・・・そうすればもう、何も怖くない』




ゲームの画面の中で、長い群青色の髪が揺らめき、その隙間から美しいサファイアが私を射抜く。


ああ、顔だけならタイプなんだよなぁ・・・綺麗な男性って感じで。


あれ・・・?そういえばこの顔、さっき見たような・・・。


その瞬間、さっき地面に倒れ込んだ少年とロクスの顔が重なった。


「あ、ぁぁぁぁぁあああ!!!???」




◆◆◆




「はっ」


起きた時に見た世界は、やっぱりさっきまで見ていた『私』の世界ではなかった。

目に眩しいほど豪華なお姫様みたいな部屋は、甘くピンクにまとめられていて、少し気持ち悪い。

気持ち悪いと言ったら見下ろした先のドレスもなんだけど・・・なにこれ、熱帯魚?

蛍光イエローとショッキングピンク、明るいオレンジのフリルドレス。

まじで趣味が悪い、私なら自殺するレベル。


残念なことに、こんな有り得ない服を嬉々として身にまとっていた登場人物を、一人だけ知っていた。


ノロノロとベッドから起き上がり、大きな姿見に全身を写す。


「・・・ぅげぇっ、プリシラだぁ・・・」


きつくドリルに巻かれた水色の髪に、派手な化粧で塗りたくられた顔。

アイシャドウで真っ黒に縁取られた瞳は灰色をしている。

年齢的には八歳くらいだろうか、その年でこれってかなりやばいんだが。


「確かプリシラは・・・うわっ、没落一直線じゃん!」


プリシラは公爵家の令嬢で、王太子殿下の婚約者候補筆頭でありながらラウラちゃんを死の間際にまで追い詰める。

そして派手に断罪され、家が没落、その後の行方はしれないが、多分・・・死ぬ。


「・・・絶対に死にたくないっ、死亡フラグを折らなきゃ・・・」


私はきっとプリシラに転生したのだ。

でもプリシラの記憶なんて少しもない。


「っ、そうだ!記憶喪失ってことにすれば・・・」


行動を変えてもさほど怪しまれないのでは?

名案だ、そう思ったプリシラ・・・否、璃羅は、満面の笑みを浮かべた。


・・・鏡の中のプリシラは、相変わらず化け物のようだったけれど。


その日マクウィント公爵家の長女が記憶喪失になった。

そしてその日マクウィント公爵家に、天使と呼ばれる少女が生まれ落ちたのだ。




◆◆◆




「あね・・・うえ、けしょうを、やめられたの・・・ですか?」

「え・・・?」


最近豹変した姉を避けていたようだった義弟に話しかけられ、璃羅は浮ついた。

どうしても接触できず、そのせいで弁解もできないままであったのだ。


「えっ、ええ!そうなの!あのお化粧は似合わないから、やめたの、ごめんね?怖かったでしょ」


プリシラの顔は、化粧を落とすと別人に変貌した。

というか、普通にとんでもない美少女だった。

ラウラちゃんと軽く張るレベルに驚愕したのは記憶に新しい。


ロクスは物言いたげに璃羅を見て、けれども黙って去っていった。

璃羅はきっと姉の変化についていけていないのだろうと軽く考えて、ロクスを軽く流した。




◆◆◆




一年ほど経てば、璃羅の評判はそれなりに向上していた。

・・・とは言っても家の中での話だが。


今では両親は璃羅を自慢の娘だと言い、メイドも執事も素晴らしいお嬢様だと褒め称えてくれる。

唯一璃羅を避け気味のロクスも、姉上とちゃんと呼びかけてくれるのだから璃羅のことをそれなりに認めてくれているのだろう。


と、そんな生活は王太子殿下の婚約者候補として一人呼び出された瞬間に消え去った。


朝早くから磨きあげられ、市場に売られに行く家畜の思いを味わいながら押し込まれた馬車の中で虚無の表情をしながら、心の中ではドナドナと例の音楽が流れ続けていた。


ココ最近の璃羅はその美しさに磨きがかかり、一年前の面影は微塵もない。

趣味の悪いドレスは卒業し、グルグルゴテゴテに巻かれた水色の髪も緩くウェーブする程度に留まった。


「ご機嫌麗しゅう・・・王太子殿下」


そんな美しい淑女が顔をひきつらせつつも挨拶した先には、完璧な王太子殿下。


サラサラの太陽のような黄金の髪に、こちらを値踏みする冷たいアイスブルーの瞳。

あまりの居心地の悪さに視線をさ迷わせた璃羅は、王太子殿下の真後ろに最推しであるジークを見つけて思わず見とれた。


「───────へえ、私を前にしてジークに見惚れるか」


璃羅は知らなかった。

そんな反応を面白がった王太子殿下に、半ば強引に婚約者にされるだなんて、夢にも思わなかったのだ。




◆◆◆




屋敷に帰ってすぐ、璃羅は王太子殿下・・・オシュレの婚約者に内定した。

もちろん公爵家中に激震が走り、璃羅は背中に宇宙を背負った。


「姉上・・・」

「なぁに?ロクス」

「・・・」


こんな時でもロクスはもごもごと何か言いたげなのに、結局何も言わない。

イライラした璃羅は、「ごめん、疲れてるから後にしてくれる?」と素っ気なく言った。


言ってすぐ、「しまった」と思ったが、素直にうなづいたロクスを呼び止める理由もなく、そのまま行ってしまった。


「・・・私、悪役令嬢のルートを本当に外れてるのかしら・・・」


少なくともロクスルートにおいては未だ悪役令嬢の気がしてならない。


「あーあ・・・それにしても、ジーク様じゃなくてオシュレかぁ・・・」


本人が聞いていたら、ジークは眉を寄せオシュレは大笑いしそうな失礼なことを口に出して、璃羅は重々しくため息をついた。




◆◆◆




そこから璃羅は順調にフラグを折った。

自分の生存フラグを確立させると共に、可哀想な目にあう攻略対象たちやサポートキャラにまで手を回した。


見て見ぬふりはできそうになかったのだ・・・そうこうしていたら、やることなすことがとんでもない成果に結びつき、天使呼ばわりされるようになった。


確かに孤児院出身の攻略対象の真夏の悪夢スチルをどうにかするために、彼の弟分を助けに廃鉱山に行ったら金が出てきたり、ちょっとサポートキャラが路頭に迷うのを防ぐためにうちに匿ったらなんと隣国の王家の血筋でゴタゴタが解決して国家問題の解決に一躍買ったりしたけど。


そんな忙しい日々の間に、璃羅の心には最推しジークではなく、婚約者であるオシュレ様が巣食うようになった。


今では彼の一挙一動に胸をはずませ、顔を熱くする。

なんとも言えない。


しかもいつの間にかジークや、その他の攻略対象にも熱い瞳を向けられるようになった。

今では璃羅に対し恋心を抱いていないと確信できるのは、年々よそよそしくなっていく義弟だけだった。


「・・・もしかして、私がいじめなくても女性不信の人間嫌いになるのかしら」


よくよく考えてみると、いつも虐めてきていた義理の姉が急に優しくなる・・・女性不信になってもおかしくないんじゃないだろうか。

うわぁ、やらかした。


そう思っても時は止まらず、ついに原作開始の日。

あまたの過去イベントを折りまくった璃羅は、攻略対象たちとサポートキャラたちに囲まれ、王立学園に足を踏み入れた。




◆◆◆




「リラ様っ!」

「あ」


ラウラちゃんにみんなの前でそう叫ばれた時、背筋を冷や汗が通り、ちょっと青ざめた。

ば、バレた・・・。


璃羅はラウラちゃんとはできるだけ接触しないようにしていた。

さりげなく避けていたって言うことだ。

でも平民出身であまり貴族に馴染めていない彼女を見て見ぬふりすることが出来ず、こっそり『リラ』として手助けをすることにしたのだ。


そしていつもひっそりいなくなるのをオシュレを筆頭とするみんなに詰問(私がそう思っているだけ)されている時、まさに勇気を出しました、と言った風貌でラウラちゃんがやってきた。


ラウラちゃんにとってはいつも助けてくれる謎の女子生徒が高位貴族に囲まれて青ざめているのを見て見ぬふりができなかっただけなのだろうが。


結果として二人とも特にお咎めはなかったが、みんなに『リラ』と呼ばれるようになった。

・・・別にいいけど。


ラウラちゃんにももちろん身分はバレ(元々察してたらしい)、でも仲のいいお友達になれた。

・・・それにしては向けられる目が熱い・・・?

気の所為だ、ということにしよう、うん。




◆◆◆




月日は流れ、ついに運命の卒業パーティーの日がやってきた。

先輩だったオシュレ様たちを見送るための会であり、原作では────────私を断罪するための。


一年遅れで入学したロクスが今日のパートナーだった。

こう言ってはなんだが事務的だ。

本っ当に顔だけは好みなんだけどなぁ・・・。


みんな少しづつ差異があるけど、ロクスにはほとんどない。

長い群青色の髪の隙間から覗くサファイアも、仄暗さを増したような気がしなくも無いが、きっと光の加減だろうし。


「・・・姉上」

「っ、な、何っ・・・?」


ヤバい。

ものすごく久しぶりの姉弟同士の会話にしどろもどろになって答えた。

ロクスはそれを気にせず淡々と答えた。


「聞いたのですが・・・婚約者殿は今日、姉上に口付けなさるそうですよ」

「え゛っ・・・?」

「そのあとのあなたと話せる自信が無いので、その前に時間をください・・・東屋で待っています」


一度だけダンスを踊り、別れる。


・・・えー。

オシュレ様と・・・うわあっ、恥ずかしっ!

ていうかなんでロクスそんなこと知ってんの!?


『そのあとのあなたと話せる自信が無いので』


「・・・やっぱり女性不信だから、そういうのが嫌いってこと・・・?いや、普通にこいつさっきキスしたのかって思いながら話すのもいや、だよね・・・」


とりあえず後で行ってみよう。

主役である卒業生のいる広間に向かいながら、ラウラちゃんたちと合流した。




◆◆◆




「リラ・・・後で、バルコニーに来て欲しい」

「オシュレ様・・・」


熱っぽい瞳を注がれ、囁かれた言葉に頷く。


・・・うわぁっ!私キスするのか!そうかそうかぁ・・・うわぁっ!恥ずかしい!みんなの目が生ぬるいし!わかってるよね!


オシュレ様はびっくりすることにご自身が卒業するまでキスさえしなかった。

手が早そうなのにね。

・・・いや、これは失礼かぁ。


去っていくオシュレ様の後ろ姿に見蕩れる。

・・・さすがは隠しキャラ・・・。


もう私の目には、最推しなんて少しもうつっていなかった。




◆◆◆




「ごめんなさい、またせたかしら」

「いえ、平気です」


東屋にロクスがいた。

長い群青色の髪を相変わらず長く伸ばして、顔を覆い隠している。

おかげで婚約者が一向に見つからないのを知っている。


「おすわりください」


淡々とした声に促されるまま座る。

ロクスがゆったりと小首を傾げた。


「それで、あなたは誰でしょう」


それが、全ての間違いだったのだろうか。




◆◆◆




◇◇◇




目が会った瞬間、心奪われた。


お互いに初恋で、一目惚れだった。




◇◇◇




ロクス・マクウィント・・・僕は、マクウィント公爵の弟が、娼婦との間に成した一人息子だった。


娼婦の母が性病でなくなり、父に貰われることになったが、肝心の父が数年前に馬車の事故でなくなっていた。

引き取り手のない僕に手を差し伸べてくれたのは、マクウィント公爵・・・僕の伯父だった。


伯父は貴族として、様々なことを僕に教えてくれた。


伯父には娘が一人しかおらず、愛している妻も体が弱いため二人目を見込めず、僕を後継者にしたいらしい。

女は家督を継げないから、公爵令嬢はどこかへ嫁ぐんだろうなと無感情に思った。


その全てが、幼い彼女と出会った瞬間に吹き飛ぶことになるなんて、知る由もなかった。




◇◇◇




マクウィントにしては薄い水色の髪に、つり上がった灰色の瞳。

白と薄紫のドレスを纏う少女は、誰もが認める美少女だった。


その、不思議な銀色の虹彩を持つ瞳が、僕を見る。

その瞬間互いに目を見開いて、硬直した。


「──────わたくしは、プリシラ・マクウィント・・・あなたは?」

「ぁ、僕、は・・・ロクス・マクウィント」


その時にわかったのは、あまりにも近すぎる血筋と、婚姻を許されることは無いという事実。


その日から、二人が結ばれるための策は始まった。




◇◇◇




「貴族であれば結ばれないのなら、貴族にならなければいいわ」

「え」


自信満々に放たれた言葉に首を傾げる。


「プリシラは、平民として生きていけるの・・・?」

「あなたがいるじゃない。平民としては先輩で、わたくしを養ってくれるでしょう?」

「・・・うん、そうだね」

「でしょう?そうと決まれば作戦を立てるわよ!」


無邪気に笑って、プリシラは紙を広げる。


「先ずは平民にならないと・・・貴族じゃなくなる方法・・・勘当されるのが一番手っ取り早いけど、二人は認めてくれないわよね」

「跡継ぎがいなくなることもダメ・・・いや、でも僕なら代替えが効く・・・?」

「そうね、別にわたくしが政略結婚しようがしまいが、揺れるほどこの家はもろくないわ」


しばらく思案して、またしても「そうだわ!」と叫んだのはプリシラだった。


「とんでもない悪いやつになりましょう!それこそ手放さざるを得ないくらいにね!」


サラサラとその歳にしては綺麗な文字を綴っていく。

でも直ぐにその手を止めて、プリシラは首を傾げた。


「悪いことって何をするの?」

「ええっと・・・僕が知っているのは・・・」


虐待や暴言の数々を、この綺麗な存在に伝えてもいいものか・・・そう思いながらも、二人の未来のため、僕は赤裸々に語った。


「なるほど・・・でもそれを実行するには相手がいなきゃ・・・」

「そうだね・・・」


とりあえず相手は保留。


「でもじゃあ、僕はどうすれば?」

「跡継ぎに相応しくないって思われるのが一番よ」


ふんすっ。

胸を張るプリシラが可愛い。


「相応しくないって・・・例えば?」

「そうね・・・あっ!王兄殿下よ!」

「おうけいでんか?」


ぱちくり。

王の兄・・・で、王兄殿下だよな?


「本来王太子殿下だったのだけれど、女性が嫌いだから外されたの!」


ちなみに後に璃羅が攻略する一人である。


「なるほど・・・女性嫌いか・・・でもそれって他にも後継者がいる場合だったからじゃ?」

「うーん・・・まあどうにかなるわ!・・・そうね、女性嫌いだけじゃなくて人嫌いにもなって、人と話すことが苦手になるとか!」

「あ〜・・・確かにそれじゃあ公爵は難しいね」


頭いいな〜とこの時の僕は思っていた。


大人になって考えてみてもこの歳にしては賢いと思うし、プリシラは天才児だったのかもしれない。


とにかく二人の今後の方針は決まった。


「・・・でも、平民になってからも顔が割れてるとなにかされるかもよ?」


そういったのは僕だった。

この時の僕は少し嫉妬していたのだ。

これからのプリシラがどれだけ悪女となったところで、この美しさが損なわれるはずもない。

そしてこう伝えれば、プリシラがその美貌を隠してくれることをどこかで理解していた。


「それもそうね・・・じゃあ化粧を塗りたくって、印象も変えましょう!」

「いっそ髪型も変えてみたら?似合わない方向に」

「それもそうね・・・あ、でもロクスも、婚約者が出来たら大変だから顔を隠すのよ!」

「わかった、前髪を伸ばして・・・そうだな、猫背になろうかな」

「メガネはダメよ!好きな時に顔が見れないわ」

「うん、わかったよ」


プリシラの言葉に快く同意した。

その日から二人は少しづつ変わっていった。


プリシラは悪いことをするため、ロクスは女性嫌いと人嫌いの理由をするために。

プリシラはロクスをいじめ、バカにする。

ロクスはそれを大人しく受けて縮こまったふりをした。


周りの目が変わっても、二人は変わらず思いあっていた。

二人きりの時は『ロクス』『プリシラ』と呼びあった。


そうやって、いつか貴族をやめて自由になるために。


プリシラが、変わったのは─────────。




◇◇◇




「あね・・・うえ、けしょうを、やめられたの・・・ですか?」

「え・・・?」


キョトンと目を瞬かせる顔立ちは幼い。

しばらく見ることもなかった美しい素顔が、日の下にあった。


どうして?

プリシラは僕が嫌いになったのか。


プリシラが倒れた日も、いつも通りだった。


プリシラが軽く押して、それに倒れる振りをする。

でもその日はいつもと違って、その体勢のまま固まったプリシラが、青ざめてこちらを見た。

何かをか細く呟いて、意識を失い・・・。


目覚めた時には、プリシラはプリシラでは無い、『誰か』になっていた。


その誰かは、プリシラの顔で笑い、プリシラの努力を、僕と生きるための布石を消し去っていく。


これが正しい運命なのだと、正していくように。


プリシラが王太子殿下の婚約者になって、多くの人々を虜にして、天使と呼ばれるようになって。


悪女を目指していた頃の面影は、欠片もなくなった頃に。


プリシラの顔をした誰かは、恋するような表情で王太子を見つめた。


衝撃だった。

それがプリシラではないと正確に理解したのはその時だった。


だってプリシラは、そんな顔で、そんな目で恋をしない。


甘ったるい乙女の顔じゃなくて、傲慢で、情熱的な支配者の顔をする。

だってプリシラは欲深い。

流されるまま、リードされるような甘い女じゃない。

僕の全部を手に入れて、そのためなら平民になることだって望むような強い女。


これは、誰だ?


これは、僕のプリシラじゃない!




◇◇◇




「それで、あなたは誰でしょう?」


問いかけた先の女の瞳が、見開かれる。

青ざめて震え出す。


彼女をじっと見つめて、僕はおもむろに立ち上がった。

彼女は体が動かないようで、首だけを回してこちらを見た。

その瞳に映る僕はまるで化け物のようで。


「あなたは、僕のプリシラじゃない」

「っ・・・ぁ」


それは、恐怖、だろうか。


かつては人前でしか呼ばなかった『姉上』という呼称が、喉に張り付くほどにした相手。

僕のプリシラを奪った憎い女。


「ねぇ、あなたは誰?」

「わた、しは───────────────」


彼女の目が、空虚に空間を見つめる。

力が抜け、だらりと落ちた体を咄嗟に支えた。


僕は、喉を震わせて、『彼女』に語りかけた。


「・・・プリシラ?」

「・・・」


焦点の定まらない瞳が、僕を捉える。

その美しい銀色の虹彩が、瞳の奥で輝いた瞬間、僕はプリシラをかき抱いた。




◇◇◇




◆◆◆




「ねぇ、あなたは誰?」


その冷たい問いに、震える唇を開いた。


「わた、しは─────────────」


ああ、ああ、怖い、こわいこわいこわい。

これは誰?

私は─────────────。


その瞬間、いつかと同じように、意識が消えた。




ああ、もっと早く思い出せば良かった。




◆◆◆




○○○




「ジーク、プリシラはまだ来ないのか?」

「はい・・・なかなか来ませんね」

「あ、さっき先に東屋で用を済ませてくるって言ってましたよ?」

「ふむ・・・?迎えに行くか」




○○○




◆◆◆




乙女ゲーム『この愛に囚われて』攻略対象


ロクス・マクウィント


卑屈×ヤンデレ


マクウィント公爵夫妻が引き取った義理の息子。

実はマクウィント公爵の弟が娼婦との間に成した子供であり、マクウィントらしく青い髪を持っている。

だが実際のところ現マクウィント公爵は、公爵家の傍系の血筋と元公爵夫人との間に生まれた不義の子であり、血筋としてはロクスの方が正統である。

マクウィント公爵夫妻はその事を知っており、秘密裏に正しい血筋に戻すため、ロクスを引き取った。

けれどもロクス自身は義姉プリシラに虐められ、卑屈で自己評価の低い性格に育つ。

またプリシラの影響で女性不信の人嫌い。

そのため公爵としての能力を問われていたが、ヒロインと出会って少しづつ変わる。

だがヒロインに選ばれない場合、姉共々没落する。

その後公爵夫妻は親しい貴族の援助を受けるが、子ども二人の行方は誰も知らない。




◆◆◆




◇◇◇




十年後、ある港町。




「ロイ〜」


友人のバルドに呼び止められ、振り向く。


「なんだ?」

「喜べよ!ついに王太子殿下が結婚したってよ」

「・・・やっとか」

「それだけ結婚目前の婚約者を失った悲しみはデカかったんだよ──────────っと、リシィさん、すんませんいきなり・・・」


バルドは俺の腕に手を絡ませる妻の姿に照れたように一歩下がった。


「いえ?夫と仲良くして下さりありがとうございます」

「ちょっとリシィ・・・母親じゃないんだから」

「あら、母親でしょう?」

「それはそうだけど・・・」


リシィがにっこり笑ってまだ薄い腹を撫でる。

バルドはその仕草を呆然と見ると、「えっ」と呟いた。


「まさか・・・え!?三人目!?」

「まあな」

「嘘だろ・・・!?同い年のはずなのに方や独身、方や可愛い妻子持ち!なんでだ!神は不公平だー!!!」

「こっちはそれだけ神に迷惑かけられてんだよ」


バルドに適当に言葉を返し、「じゃあ行くから」と帰路に着く。


「・・・フゥ、やっと諦めたか」

「ふふ、長かったわね」


あの後、プリシラ・マクウィントと義弟、ロクス・マクウィントは姿をくらました。

一時二人の関係を邪推するものも現れたが、プリシラは相思相愛の婚約者がおり、またロクスは女性嫌いということでその噂は揉み消された。

それなら二人はどこに消えたのか・・・真相は闇の中だが、十年の月日が経って王太子はやっと諦めたようだ。


「ぱぱ〜!まま〜!」

「父さん母さん、こっち!」


向こうで手を振る我が子がいる。

隣には愛しい妻がいる。


ああ、なんて幸せなんだろうか。


「ねぇロクス、ずっと一緒よ?」

「ああ、もちろん・・・ずっと君に囚われたままだから」


僕を拾い上げたのは、君だ。


だからずっと君のものでいさせて。

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