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苦手な方はご注意ください。

BL

ひとりを忘れた世界

作者: 相沢ごはん

pixivにも同様の文章を投稿しております。


(ゆるふわ設定なので、細かいことは気にせずふんわり読んでいただけると助かります)

 幼いころから他人と話すことが得意なほうではなかった。だからなのだろうか。俺は、ひとりで静かに本を読んでいることが好きな子どもだった。そして、そのまま成長してしまった。そういうやつが高校に入学してからどうなるか、自分でも想像がついていた。

 孤立するのだ。


 放課後、六月のジメジメした教室でクラスのカースト上位の派手なやつらが騒いでいる。彼らには騒いでいるつもりはなく普通に会話をしているだけなのかもしれないが、声が大きいのだ。読書に集中できなくなった俺は、帰り支度をし、鞄を手にひっそりと教室を出た。帰りのバスまでの時間、俺はいつも教室で読書をしていた。しかし、クラス内でグループができ上がり、自分以外のみんなが打ち解けてくると、放課後の教室は少し居心地が悪くなってくる。

 他にどこか、静かなところはないだろうか。無難だが図書室へ行ってみようか。そう思い、四月に新入生の学内案内で連れて行かれたきりの図書室へと足を向けた。教室で無邪気に騒いでいる彼らのことを羨ましいと思う気持ちは、正直なところ否定できない。自分とは相容れない存在の彼らだが、いつでも楽しそうだ。ひとりには慣れているつもりだったが、自身のこの状況を少し寂しくも思ってしまう。本を読むのは好きだけど、その本の感想を話す相手が俺にはいない。幼い頃は父や母に聞いてもらっていたが、成長するにつれ、自然と本の話なんてしなくなってしまった。

 図書室では、少数の生徒が思い思いに読書や勉強をしている様子だった。パソコンも使えるようになっているので、パソコンの前に座っている生徒もちらほらいる。うるさくしなければ、ある程度の私語は許されているのだろう、図書室はシンと静まり返っているということもなく、さわさわと心地よい雑音に満ちていた。

 自前の文庫本を持ってはいたが、せっかくなのでどんな本が置いてあるのか見てみようと思い、本棚を眺めていると、

「なに読むの?」

 耳元でひそひそと声がして、反射で肩をびくつかせてしまった。

「遠山って、いつも本読んでるよね。おれにもなんかおすすめの本教えてよ」

 声の主は、先ほど教室で騒いでいたカースト上位集団のひとり、成田だった。成田の発した言葉の内容よりも、彼が今ここにいることに驚いてしまい、彼の顔を凝視したまま、俺は「なんで……」とだけ呟いた。

「遠山が教室出て行くのが見えたから、こっそりついてきちゃった」

 目尻を下げて、にこっと邪気なく笑う成田を、俺は眩しいと思ってしまう。

「遠山って、いつもなんか難しそうな本読んでるじゃん?」

 成田は言った。

「難しくない。普通の小説だよ」

 俺はそう返すのが精一杯で、自分の意志とは裏腹に熱くなる頬を意識して、羞恥を感じていた。

「えー、でもいつも眉間にシワ寄ってて難しそうな顔してるよ」

 成田の言葉に、俺は思わず自分の眉間をさわる。そんなに難しそうな顔をしていたなんて自分では気付かなかった。

「なんかさあ、遠山が本読んでんのって、かっこいいんだよね。そこだけ静かで涼しげな感じがして。だから、おれも本読んでみようかなって思ってさあ。読んでてかっこよく見える本がいいなあ。表紙がかっこよくてオシャレな感じの。そういうの、なんかない?」

 ぺらぺらとよく動く成田の口もとや、少し色素の薄いふわふわの髪の色や、くるんと上向いた長い睫毛、そして二つも外されたシャツのボタンのあたりに視線をうろうろと彷徨わせながら、

「動機が不純だ」

 俺は答えた。

「読書って、そういうものじゃないだろ」

「えー、いいじゃん。おれもかっこよく読書したいんだよう」

 腕を掴まれゆさゆさと揺すぶられ、少し面倒くさくなった俺は、本棚から文庫本を一冊抜き取り、成田に手渡す。

「『蠅の王』?」

「表紙がかっこいいだろ」

「うん、いいね。かっこいい」

 成田は目尻を下げて笑い、真っ赤な表紙を撫でて素直に頷いた。

「作者のウィリアム・ゴールディングはノーベル文学賞も獲ってて、これは、半世紀ぶりに出た新訳版。だから、少しは読みやすいと思う」

「へー、遠山、すごい、物知りだね。かっこいいなあ」

 俺の伝えた内容を理解しているのかいないのか、成田は間延びした口調で俺のことを褒めたたえた。

「いや、普通に裏表紙に書いてある」

 呆れながらも褒められたことが照れくさくて、俺は必要以上にそっけなく応じてしまう。成田の登場で、本を読むことなく時間が過ぎてしまい、

「そろそろバスの時間だから、もう行く」

 俺は成田にそう断って、図書室を出ることにした。

「あ、待って待って。おれこの本借りてくからさ、バス乗り場までいっしょに行こ」

 そう言われ、俺はあっけにとられてその場に突っ立っていた。

「これ借りまーす」

 カウンターで貸出手続きをしている成田の後姿を見ながら、俺は胸からせり上がってくる、正体不明の感情にとまどっていた。

 バス停までの道中、成田の話す、好きなテレビ番組の話や小説は全く読んでこなかったけど漫画は好きだとか、そういう他愛のない話を、俺はうんうんと頷いて聞いていた。俺から話すことはなかったが、今までになかったシチュエーションに戸惑いながらも、妙にわくわくするような時間だった。

「おれ、『蠅の王』本当に読むからさ、今度は本の話しよ」

 そう言って、成田はバスに乗り込む俺に向かって手を振った。小さく手を振り返しながら、「うん」とだけ言った俺に、「また明日ね」と成田は言った。

 湿った曇り空の夕方、俺の内側にだけぱっと陽が射したような瞬間だった。


   *


 あれ以来、放課後は成田と図書室で過ごすことが多くなった。孤立している俺とは違い、成田は社交的で友だちが多いので、普段はいっしょに行動することはないのだが、放課後の図書室でだけは、成田は俺の隣に座り、本を手に、にこにこと笑いながらひそひそと話すのだ。

「ねえ、遠山。これ見て。『蠅の王』だよ。ずっと気になってたんだけど、取っ付きにくくてさあ。でも半世紀ぶりに新訳版が出たっていうんで、思いきって読んでみることにしたんだ」

 ひそひそと成田は言った。

「いや、見てもなにも、それ俺が薦めた本だよな。この間、おまえ初めてその本知っただろ」

「言わせてよー。こういう読書家っぽいかっこいいこと言いたいんだよー」

 脱力したようにへにゃへにゃと言う成田に呆れながらも、楽しくて俺は笑う。すると成田が、「遠山がよく笑うようになって、うれしいなあ」なんて、恥ずかしげもなく言うものだから、俺は意識的に真顔をつくりキープする。しかし、成田にはバレていて、「そんな無意味なことやめなよ」と目尻を下げて笑うのだ。

「で、『蠅の王』なんだけど。作者のウィリアム・ゴールディングはノーベル文学賞も獲ってるんだよ」

「それ、俺も言ったし、裏表紙にも書いてあるやつ」

「言いたいんだってば」

 へらへらと締まりのない笑顔で成田は話す。成田が笑っていると、俺はなんだか安心するのだ。

「『蠅の王』って、読んでみてどうだった?」

 成田はここ数日、放課後の図書室で、少しずつ『蠅の王』を読み進めていた。きっと、読み終わったから感想を話したいのだろうと思い、あえて尋ねてやると、成田はうれしそうに話し始めた。

「少年たちの乗った飛行機の客席が無人島に不時着するんだけど、操縦席はどっか行っちゃったから、大人はいなくて子どもだけ。あ、どうやら戦争中みたいでね、子どもを疎開先へ運ぶ途中の飛行機で、だから、客席には子どもたちだけだったみたい」

「うん」

 成田の時事列が前後する話を、俺は頷きながら聞く。

「ジャックっていう、高圧的でプライドの高い赤毛の男の子がいてね、その子はもうめっちゃくちゃリーダーになりたかったんだけど、みんなが選んだのはラルフっていう金髪の男の子だったんだ。きっと、ジャックよりラルフのほうが美少年だったからだよ。人間って、大人も子どももそういうとこあるよね。金髪美人に弱いみたいなさあ」

 身振り手振りを交えて、成田は深いんだか浅いんだかよくわからないことを言っている。

「だから、ジャックはラルフにずっと嫉妬心を抱いてるの。あと、ピギーっていう小太りで眼鏡の子もいて、あ、わかると思うけど、太ってるからピギーってあだ名ね。この子だけ本名がわからないんだ。ピギーは他の子よりも頭がいいんだけど、太ってて体力ないし眼鏡だから、誰もピギーの言うことなんて聞かなくてさあ。格下に見てるって感じで。ピギーが金髪の美少年だったなら、みんな話を聞いたはずなんだよね。他にも、サイモンていう不思議な雰囲気の子もいて、サイモンは病弱で、妙に哲学的なこと言うもんだから、変人扱いされてるみたい。サイモンも他の子よりも理性的で賢いんだよ。だけど、あまり自己主張が上手じゃない。だからちょっと弾かれてる感じなの。ピギーにしろサイモンにしろ、そういう感じがちょっと悔しいっていうか、読んでてもどかしいんだ。なんだか設定は非現実な感じなんだけど、そういう集団心理の部分がすごくリアルなんだよ」

 成田の話はどんどんヒートアップしていく。それに伴い、手の動きも激しくなるのがおもしろい。

「でねでね、ラルフは火を絶やさないようにして通りかかる船に煙を見つけてもらうのが救助される最善の策だと思っていて、みんなにもそう言うんだけど、みんなは救助とか火を絶やさない大切さが理解できないみたいで、泳ぐこととか眠ることとか目先の楽しみにばかり心を奪われてて言葉がほとんど通じてない感じでさあ。通じてるのに通じてないっていうか、わかる? まあ、みんな子どもだから仕方ないんだけど。それでね、ジャックはずっと豚を殺すことばっかり考えてて、ずっとブタブタ言ってんの。誰よりも豚に執着して豚のことしか考えてなくて、小屋も作らず豚ばっか追いかけてて、もうあの子よりもおまえがピギーだよって」

 そこで成田は発作を起こしたように笑い出し、気管に唾液が入ったのかひどく咽せた。

「お、おい、大丈夫か?」

 成田の背中をさすってやりながら声をかけると、成田はこくこくと頷きながら、呼吸を整えた。成田は、更に続ける。

「でも、やっぱり食べなきゃ生きてもいけないからジャックが狩ってきた豚の肉はありがたかったんだよ。とは言っても島には果物がいっぱいあって飢えの心配はないんだけど、やっぱ肉も食べたいよね。育ちざかりだろうし。だから、ジャックがブタブタ言ってんのも受け入れられてきて、ラルフも実は外見が美しいから頭良さそうに見えるだけでわりと考えが浅いってこともわかってきて、結局ジャック派とラルフ派に別れちゃう。それでね……」

 相槌を打ちながら、俺は成田の言動を見守る。正直、成田がここまでちゃんと本を読み、こんなふうに堰を切ったように読後の感想を話すなんて思ってもいなかった。ああ今、自分は友だちと本の話をしているのだ。そう思うと胸がじんと熱くなる。楽しそうに話す成田を見ていると、俺まで楽しくなってくるから不思議だ。友だちが、楽しそうに本の話をしている。それを聞くだけでこんなに楽しいなんて、俺は今まで知らなかった。

 そして、これが、この日常が当たり前になってしまうことに対して、俺は恐怖を覚えてしまうのだ。成田が隣にいることに慣れてしまったら、俺はもうひとりに戻れないかもしれない。


   *


 放課後、いつものように図書室で本を選ぶ。目に留まったのは、湯本香樹実著『夏の庭 The Friends』の文庫本だ。懐かしくなって手に取る。確か、小学生のころに一度だけ読んだ覚えがある。短い小説なので、成田を待つ間に読めるかもしれない。読めなければ借りて帰ろう。そう思い、俺は隅のほうの席を選んで、腰を落ち着けた。本当は、帰りのバスを待つ時間だった放課後が、いつの間にか成田を待つ時間になっている。成田とは、別に待ち合わせをしているわけではない。しかし、放課後になると俺はこの図書室で成田を待ってしまう。成田は、ときどき来ないこともあったが、七月になった現在でも放課後の図書室に頻繁に顔を出して俺の隣に座った。

 いつの間にか、物語の世界に没頭してしまっていた。なので、隣に座った成田が、「おまたせー」と声を発するまで、俺は成田が来たことに気付かなかった。

「今日はなに読んでるの?」

 俺は、顔を上げられないでいた。泣いていたのだ。

「どうしたの、遠山。遅くなったから怒ってるの? ごめんね。みんなでバスケしてたら思いのほか盛り上がっちゃってさ」

 俺の態度を怒っていると勘違いした成田が焦ったようにひそひそと早口に言う。別に待ち合わせているわけではないのだから、成田が謝ることなんてないのだが、今の俺にはそれを伝えることも困難だ。洟をすする音に気付いた成田が、俺の顔を下から覗き込み、驚いたように目を見開いた。

「どうしたの!?」

 成田は強い口調で、しかしそれでもひそひそと言った。

「どうもしない」

 震える声で俺は答える。

「うそ。だって、泣いてるじゃん」

 聞こえるのは心配そうな成田の言葉だ。高校生にもなって、本を読んで感動して泣いていたなんて、恥ずかしくてとても言えない。しかも、こんな公共の場で。

「ねえ、遠山……」

 肩にそっと置かれた成田の手を、思わず振り払ってしまう。

「うるさいな、放っとけよ。俺が泣いていようが何していようが、おまえには関係ないじゃないか」

 鋭く突っぱねるように発してしまった言葉を、すぐに後悔しながら俺は掌で涙を拭った。

「遠山は、そう思うのかもしれない。けど、おれは遠山がどうして泣いてるのか気になる。嫌なことがあったり悩みがあるんなら、おれにだって聞くくらいはできるよ。話すだけでも楽になるかもしれないよ」

 成田は必死な様子でひそひそと話す。

「ねえ、遠山」

 成田の声が次第に湿ってきたように感じて、俺は顔を上げる。

「心配なんだよ。関わらせてよ」

「ごめん、成田。ごめん」

 今にも泣き出しそうに歪んだ成田の顔を見て、俺は自分でも意外なほど素直な言葉を口にしていた。

「え、なに。なんで遠山が謝るの?」

「本当に、なんでもないんだ。本を読んで、ちょっと感動しただけで……」

 ちょっとどころではない泣きようではあったが、そう説明する。

「なんだ……よかった」

 成田はほっとしたように言った。

「なにか嫌なことがあって泣いてたわけじゃないんだね」

 その言葉に、俺はまた泣きそうになってしまう。

「おまえは、どうしてそんな……」

 どうしてそんなふうに他人を思いやれるのか。言いかけて、口を噤む。そして、

「ごめん。心配してくれたのに、ひどいこと言った」

 驚くほど素直にそう言えた。

「なに読んでたの?」

 成田の問いに、

「これ」

 俺は一言だけ答え、『夏の庭』を机の上でスライドさせ、成田の目の前に置く。

「ねえ、遠山。『夏の庭』ってどんな話なの?」

 成田は言った。さっきまで泣きそうに歪んでいた顔は、もう好奇心を含んできらきらとした笑みを湛えていた。

「主人公は、木山という小学六年生の男の子。河辺と山下といつも三人でつるんでいる。河辺は眼鏡をかけていて、口が悪くて急にキレたりするような子で、山下は太っていて気弱な感じの子。三人は俗に言う、ちょっとイケてないほうのグループの少年たちだ」

 俺も、教室内のカーストで言えばイケてないほうのグループなので、彼ら三人にはどうしても親しみを覚えてしまう。俺のひそひそとした説明を、成田は目をきらきらさせながら聞いてくれる。

「ある時、山下のおばあさんが亡くなったことがきっかけで、彼らは死んだ人に興味を持つようになる。河辺の発案で、ひとり暮らしのおじいさんを見張って、死ぬ瞬間を見てやろうということになった。見張られていることに気付いたおじいさんは当然怒る。それ以来、三人はこっそりじゃなくて堂々とおじいさんを見張るようになるんだ。おじいさんと、三人の少年たちとの攻防がいろいろとあって、少年たちはおじいさんの家で多くの時間を過ごすようになる。おじいさんと仲良くなるんだ」

 『夏の庭』は、少年たちとおじいさんの友情を通して、身近な生と死を描いた中編小説だ。そのクライマックスのシーンで、俺は泣いてしまったのである。思い出してみれば、小学生の俺も同じシーンで泣いてしまったように思う。

「それって、おれと遠山みたいだね」

 成田は言った。

「おれも遠山のこと、春からずっと見張ってたから」

 その言葉に、俺は成田の顔を見返した。成田のまるくて茶色い目を見つめていると、成田はくすぐったそうに目を細めた。

「どういうこと?」

 まさか俺の死ぬ瞬間を見たかったわけでもあるまい、と不思議に思い尋ねると、

「遠山って、いつもひとりでいたでしょ。ひとりでいられるってすごいなって思ってた。かっこいいなって。おれは誰かとつるんでなきゃ不安なタイプだから、ひとりでいるのが当たり前みたいな遠山のことが、ちょっと羨ましかったんだ」

 成田はひそひそと聞こえるか聞こえないかというくらいのボリュームで言った。

「だから、あの日、ちょっと勇気出して声かけてみた」

「そんな、いいもんじゃない。俺は」

 思わず反論する。確かに、ひとりでいるのが当たり前だった。だけど、いつでも誰かと話したいと思っていた。自分から話しかける勇気なんてないくせに。

「俺は、成田が羨ましかった。成田の周りにはいつも人がいて、楽しそうだったから」

 成田はきょとんとした表情で俺を見た。

「でも今日、どうして成田の周りに人が集まるのか、わかった気がする」

 成田は、こんな付き合いの浅い俺の話にもちゃんと耳を傾けてくれるし、泣いていたなら親身になって心配してくれる。成田は、いいやつだ。きっと、成田の周りのやつらは、成田のことが好きなのだ。だからいっしょにいるのだろう。

「成田はすごいよ。周りにいつも人がいるって、すごいことだよ」

「なんか、よくわかんないけど、ありがとう」

 成田は、はにかんだように笑う。

「あと、今さらだけど、番号とかメッセージとか交換しとこ」

 成田は鞄からスマートフォンを取り出して言った。

「遅れる時や来られない時なんかには連絡できるし」

 俺も自分のスマホを取り出し、成田に操作を教えてもらいながら、メッセージを送れるように交換した。放課後のこの時間、別に待ち合わせをしているわけではないと思っていたけれど、もしかしたら成田のほうは、待ち合わせだと思ってくれていたのかもしれない。そう考えると、なんだかくすぐったいような気持ちになった。

「おれ、この本読むね。『夏の庭』」

 成田が言った。

「うん」

 俺は、ただ頷く。


   *


「遠山くん」

 みんなが部活の準備や帰り仕度で忙しなくしている教室で、ふいに声をかけられた。顔を上げると、クラス委員の女の子が困ったような表情で俺を見ている。

「あのね、食育アンケートのプリント、出してないの遠山くんだけなの」

「あ」

 提出しようと持って来てはいたのだが、鞄に入れたままで忘れてしまっていたのだ。俺は慌てて、鞄からプリントを取り出すと彼女に差し出す。

「はい、確かに」

 受け取った彼女はそう言って、そそくさと行ってしまった。

 遅くなってごめん。

 言いそびれてしまったその言葉は、俺の胸のあたりでもやもやと消えた。

「遠山くんてさ、なんか、いつも不機嫌だよね。いっつも眉間にしわ寄せてるし」

「ねー。目つき悪いし、本読んで一人で笑ってたりして、ちょっとアブなくない?」

「さっきもさ、提出遅れたくせに委員長に謝りもしないしさあ」

 教室を出る際に聞こえてしまったひそひそ話に、俺は思わず下唇を噛みしめる。目つきが悪いのは生まれつきだ。一人で笑っていたのには……気付かなかった。今度から気をつけよう。謝らなかったのは、それは、うん、俺が悪かった。

 鞄をぎゅっと抱え直し、成田の顔を見るために図書室へと急ぐ。

 こんなふうに成田と友だちになることを、以前の俺は想像すらしていなかった。

 あまり認めたくはないのだが、それまで、俺にとって読書はある種、逃げ場所だったように思う。それまで、というのは、成田に出会うまで。つまらない日常から、うまくいかない人間関係から、無意識に逃げ出した結果、俺は本の世界に没頭し、それら日常の煩わしいことのすべてを忘れようとしていた。

 煩わしいことばかりではないと気付いたのは、やはり成田のおかげでもある。成田と過ごす時間は、ただただ新鮮で、驚きと呆れと、そして楽しさに満ちていた。

 成田と過ごすうちに、いつの間にか、俺は成田のことを普通に好きになっていた。俺のとりとめのない本の話を邪険にするでもなく聞いてくれて、俺がつい怒ってしまって気まずくなっても、それでも懲りずに話しかけてくれる。家族以外で、そんな奇特な存在を俺は今まで知らなかった。そして、どこまでも素直な成田の存在は、素直になれない俺に、少しだけ素直になる勇気を与えてくれる。そんなこと、本人には絶対に言えないけれど。


「ねえ、遠山。おれ、『夏の庭』読んだよ」

 図書室に行くと、先に来ていた成田が開口一番そう言った。

「どうだった?」

 成田の隣の椅子に座り、尋ねる。

「よかった。おもしろかった。泣いちゃった」

 率直にそう連発して、成田は妙にうれしそうに笑った。

「遠山が感動して泣いてたの、すごくわかったよ」

 その時の成田の泣き顔を見たかった。そう思ってしまってから、自分で自分に驚く。

 あの時、泣いているのを見られて以来、俺はことあるごとに成田のことを考えるようになってしまった。それまでも、成田のことを考えることは多かった。初めてできた友だちだったからだ。しかし、それまでとは何か種類の違う感情が生まれたような気がして最近は妙に居心地が悪い。

「ねえ、遠山。どのシーンで泣いたか言い合いっこしようよ」

「嫌だよ、恥ずかしい」

 成田の突拍子もない提案を俺は拒否する。

「そっか、恥ずかしいかー」

 成田はにまにまと笑っている。なんだか悔しくなって、成田の持っていた『夏の庭』をひったくるようにして奪い、ページを捲る。

「このシーン」

 そして、開いたページを成田に見せて、ひそひそと言った。

「あ、同じ。おれもここらへん」

 成田が本を覗き込み、俺の額と成田の額がコツンとくっついた。

「なんかね、胸がきゅーってなって、涙出た」

 額をくっつけたままで成田は言う。気恥ずかしくなって額を離そうと身体を退くと、やんわりと二の腕を掴まれ、引き戻された。再び、コツッと額がくっつく。

「ごめん。もうちょっとだけ、くっついてていい?」

 ひそひそと、成田が言った。

「うん」

 わけがわからないままに、俺は頷く。

「泣いたところが同じで、なんかうれしい」

 成田は言った。俺も、そう思っていた。そして、素直にそう言えばよかったなと思う。だから、

「うん、俺もうれしい」

 ちゃんと口に出してみた。それは、なんだかとても気持ちのいい瞬間だった。



「あの時、ごめん。アンケート遅くなって」

 数日後。放課後の教室で帰り仕度をしている委員長に、俺はほんの少し勇気を出して話しかけた。謝る俺に、訝しげな表情を向けていた委員長は、すぐにその表情を緩め、

「え、いいよ全然。ていうか、もう、いつの話してるの?」

 あはは、と笑ってそう言った。

「いや、でも申し訳なかったなって。謝りそびれてたし……」

 しどろもどろになりながら言う俺に、

「遠山くんてクソ真面目だねー」

 彼女はそう言ってまた笑うと、

「じゃあね、また明日」

 手を振って行ってしまう。

「うん」

 俺も手を振り返し、鞄を肩にかける。

 そして、今日も図書室へ向かう。鞄は本で重たいが、罪悪感という名の肩の荷は下りた気がした。素直になるということは、気持ちのいいことなのだ、と改めて思う。


   *


 花火大会へ行こう。

 そう、成田に誘われたのは、夏休みも終わりに近づいたころだった。

「××河川敷の花火大会」

 スマホ越しの成田の声は、わかりやすく弾んでいる。夕飯までの時間、自室で本を読んでいた俺は、片手に持ったままだった本を脇に置き、「いつ?」と短く尋ねた。

「今度の土曜日だよ。ねえ遠山、行こう。夏の思い出をつくろうよ」

「夏の思い出」

 成田の言葉をオウム返しに口にしてみて、それはなんだかとても素敵なことのように感じられた。今年の夏休みは、結局、課題と読書と映画鑑賞しかしていない。親戚の家に行く予定だったが、なんだかんだで頓挫してしまった。

「いいよ、行こう」

 快諾し、集合場所と集合時間を決めて通話を終えた。読みかけの本を再び手に取って続きを読もうとするのだけれど、なぜだか内容がちっとも頭に入ってこない。ベッドにごろんと転がり、じっと天井を見つめる。窓から射し込む西日が、白い天井の一部をゆらゆらとオレンジ色に染めていた。自分がそわそわしているのが自分でわかる。

「楽しみだ」

 素直にそれを口に出してみると、自然と顔がにやけてしまった。


「今度の土曜日、友だちと花火大会へ行くから」

 夕飯の時にそう報告すると、「じゃあ、浴衣着て行きなさい」と母が言った。

「いつだったかおばあちゃんに買ってもらったやつ、あったでしょ」

「やだよ。暑いし苦しいし、動きにくいだろ」

 それに、張り切っている感がすごく出てしまいそうで気が進まない。

「せっかくお友だちと花火を見るんだから、おめかしして行けば」

 反論する俺に母は言う。なんだかうれしそうだ。きっと、今まで友だちのいる様子のなかった俺のことを心配していたのだろう。その顔を見ていると、これ以上浴衣を拒否するのは悪いなあと思えてくる。

「じゃあ、うん、着て行こうかな……」

 呟くように言って、俺は夕飯の続きに戻る。



 花火大会当日、バスに乗って集合場所へ向かった。浴衣なんて女性しか着ていないのではないかと思っていたが、俺のように浴衣を着た若い男性たちがちらほらと乗っていて、なんとなく安心する。張り切っているのは自分だけではないと勇気づけられたからだ。

 着付は近所の美容院でやってもらった。髪の毛もワックスで整えてもらい、鏡に映る自分がなんだか自分じゃないみたいでくすぐったかった。

「うーん、せっかくおめかししたんだから、顔の力抜いていこう」

 スマホで浴衣を着た俺の写真を撮りながら母が言った。

「あんた、すぐ眉間にしわが寄るんだから」

「そうかな」

 そんなに、眉間にしわを寄せているだろうか。鏡を確認して、指で眉間を押さえ平らにする。

 そわそわと落ち着かない気持ちで目的地までバスに揺られる。到着したそのバス停で、ほとんどの人が降り始めた。みんな、花火大会へ訪れた人たちなのだ。バスのステップを下駄でこわごわと踏む女性たちに続き、俺も同じように慣れない下駄で、用心深くステップを降りる。

 集合場所に決めていた時計のモニュメントの前に立つ。成田はまだ来ていないようだった。待つ間に読む文庫本でも持ってくればよかったと一瞬後悔したのだけれど、手にしているのは小さな巾着で、どのみち文庫本も入らない。きっと今読んでも内容も頭に入らないだろう。まあいいか、と楽観的に思えたのは最初だけで、時間を過ぎても成田が来ない。巾着の中のスマホが震え、「ごめん! ちょっと遅れる!」と、成田からのメッセージが届いた。土下座する猫のスタンプ付きだ。

「何やってんだ、あいつ」

 思わず独り言が漏れる。さらに十五分ほど待ってイライラし始めたころに、

「おーい、遠山ー」

 夕闇の中を、やっと成田が到着した。最初、認識できたのは声だけだった。成田らしき人影が近付いてくるにつれ、にこにこ顔で手を振っているのがわかった。つられて振り返しそうになった手をぎゅっと握り、

「遅い!」

 不満の言葉を投げつける。

「ごめん、ごめん。時間の計算間違っちゃって」

 へにゃへにゃと謝る成田にこれ以上怒る気にもなれず、俺は口を噤む。そういえば、こんなふうに成田と時間を決めてちゃんと待ち合わせをしたのは初めてだった。図書室でいつ来るかわからない成田を待つよりも、時間を決めてその時間に来ない成田を待つほうが落ち着かないなんて不思議だ。ああ、いま絶対眉間にしわが寄っているだろうな、と母の言葉を思い出しながら思った。

「遠山、浴衣かっこいい!」

 ぱっと表情を明るくして、成田が言った。成田が着ているのはいつものような普段着で、浴衣を着ている自分が急に恥ずかしくなる。

「遠山、紺色似合うね。肌が白いから余計に」

「そ、そうだろうか……」

 照れくさくなって、俺は俯く。成田の顔をまともに見ることができない。そんな俺の顔を覗き込み、

「照れなくてもいいのに」

 成田は邪気なくぺらぺらと話す。羞恥が沸点を超えそうで、居たたまれない。

「ここから河川敷までちょっと歩くんだけど、でも屋台が出てるからきっと楽しいよ」

 成田が言った。やっと話題が変わったことに安堵しながら俺は頷いて、歩き出した成田の少し後ろを行く。下駄に慣れていないせいで、いつもみたいに速く歩けないのだ。確かに、道は屋台で賑わっていた。人混みの中を、成田から離れてしまわないように、精一杯歩く。

「遅れたお詫びに、なにかおごるよ。なにがいい?」

 成田が俺を振り返って言った。

「うーん」

 正直、帯が苦しくて何も食べる気がしない。悩んでいると、成田はリンゴ飴の屋台に吸い寄せられるようにふらふらと軌道を変えた。

「おれ、リンゴ飴食べようっと。遠山は?」

「いや、俺はいいや」

 リンゴ飴の予想外のでかさに驚きつつ断ると、

「じゃあ、なにか欲しくなったら言ってね」

 成田はそう言って、真っ赤な飴を舐めながら歩く。

 最近どんな本を読んだとか、あの本に挫折したとか、この本がおもしろかったとか、そんな他愛ない会話をしながら歩くうちに、足にじんじんとした痛みを感じてきた。鼻緒が擦れて、足の指の間に靴擦れができてしまったみたいだ。しまった、やっぱり普段着でくればよかった、と後悔していると、道の脇に設置されたスピーカーから花火の打ち上げ開始の連絡放送が流れ始めた。

「あ、もう始まっちゃうよ! 遠山、急ごう!」

 成田が歩調を速めた。その小走りに付いて行けず、俺は立ち止まる。

「おまえ、先に言ってろ。俺は後から行くから」

「え、どうして?」

 成田は、立ち止まる俺のほうまで引き返してきて尋ねた。

「いいから、先に行け」

「遠山、もしかして足痛いの? 下駄だから?」

 言い当てられ、なんだか申し訳ない気持ちになる。決まりが悪い。俺は俯き、

「悪い。もっと動きやすい格好でくればよかった」

 成田に謝罪の言葉を口にした。

「俺のことはいいからさ、おまえは先に行ってろ。せっかくの花火がもったいないだろ」

 まるで、小説や映画のクライマックスシーンでよくあるようなベタな台詞を吐いてしまったことが妙に滑稽だった。

「いやだよ! ひとりで見たって意味ないもん!」

 成田は、何か主張のある時のように拳を握り、声を上げた。

「せっかくの花火だもん。遠山とふたりで見たいよ」

 そのストレートな主張は、俺の心の底の、後悔や羞恥や劣等感や、その他の雑多に入り混じる暗い感情を花火のようにぱっと明るく照らした。

「ほら、遠山」

 成田がリンゴ飴を持っていないほうの手を、こちらに差し出した。俺は素直にその手を握る。

「ゆっくり行こう。こっち、人があまりいないほうの道を通って行こう」

「うん」

 まるで母親に手を引かれる子こどものように俺は大人しく成田に従う。成田は歩調を俺に合わせてくれている。ゆっくりと歩き、屋台で賑わっていた道から外れ、人通りの少ない裏道に出た。

「もしかしたら、このあたりからでも花火が見えるかもしれないよ」

 成田が言い終わらないうちに、ドン! と破裂音がして、向こうの空が明るくなった。

「あ……」

 ちらりとだが、花火の端っこが落ちてくるところが見えた。

「遠山、こっち、ここからなら……」

 成田に手を引かれ、街灯もない暗くて細い路地に入る。その路地の先の空に、ちょうど花火がきれいに見えた。

「ほら、ここからなら見えるよ!」

 はしゃいだように言い、成田は目尻を下げたやわらかい笑顔で、ね? というふうに俺を見た。ドン! ドン! と鼓膜を刺激する音と湿気を帯びた熱い空気を感じながら、なんとなく、ここは夏の底なんだな、と思う。夏の底で成田とふたり、手を繋いで花火を見ている。きっと、俺はこの日のことを、いつまでもいつまでも、繰り返し思い出してしまうだろう。そんな予感を覚えた。

「きれいだね。ね、遠山」

「うん、きれいだ」

 暗くて狭い路地から、真っ黒な空に咲く色とりどりの花火を、俺たちは見上げていた。繋いだままの手が、どちらの汗ともわからないくらいに湿っていて、妙に照れくさい。

「ねえ、遠山。来年の花火も、いっしょに見ようね」

 花火に照らされた、成田が言った。

「うん、そうだな」

 短く答えて、約束された来年の夏を思うと、なんだか胸が熱くなった。

「遠山。眉間のシワ、なくなっちゃったね」

 そう言って、成田は笑っている。


   *


 二学期が始まった。

「ねえ、遠山」

 成田とは、相変わらず放課後の図書室でひそひそと話をするだけの仲だ。

「本読むの、楽しい」

 隣に座る成田が言った。目線は、机の上に開いた本に注がれている。

「どうした、突然」

「おれ、遠山に会わなかったら、こんなふうに本なんて読んでなかったかも。本当に、一生読まずに人生終わらせてたかも。でも今は読んでる。それってすごいことだよね」

 成田が読んでいるのは、スティーヴン・キング著『ドロレス・クレイボーン』。俺は、まだ読んだことのない本だ。成田は最近では自分で本を選び、趣味としての読書を楽しんでいるようだった。

「その本、そんなにおもしろいのか」

 興味が湧いて尋ねる。

「うん」

 成田は顔を上げ、俺の目を見て力強く頷いた。

「リトル・トールっていう小さな島に、ドロレスって名前のおばあちゃんがいるんだけど、そのおばあちゃんのドロレスは島のお屋敷で家政婦をしていて、一人暮らしの奥様のお世話をしてるの。奥様はヴェラって名前でこっちもおばあちゃんなんだけど、ドロレスはお屋敷の家事と、寝たきりのヴェラの介護をしてる。ドロレスはヴェラを殺した容疑者として警察署で聴取を受けてるんだ。その聴取でドロレスが喋ったことがずーっと書いてあるの。全部、ドロレスの台詞でできてる本。聴取されながら、ドロレスは今までの自分の人生を語っていくんだ。ドロレスとヴェラは仲が悪くて、いつも口汚く罵り合って喧嘩ばかりしてたんだけど、でもたぶんこれは、そのふたりの友情……ううん、なんかふたりの、そういう不思議な絆の話」

 熱量のある声で、成田はもどかしそうに話す。

「ホラーじゃなくて?」

 スティーヴン・キングといえばホラーのイメージを強く持っていた俺は思わずそう聞いてしまう。

「ホラーじゃないよ。書き方っていうか、表現がリアルで怖いなって場面もあるけど。ドロレスの人生を、自分がいっしょに体験してるような気分になっちゃう」

「おもしろそうだな。今度読んでみる」

 俺が言うと、

「うん、読んで読んで」

 成田はうれしそうに笑った。そして急に真顔になり、

「理由や状況がどうであれ、人の死に関わるってしんどいよね。ドロレスは強いよ」

 ぽつりと言ったあと、

「おれ、遠山が死ぬところ見たいな」

 唐突な感じで成田はそう続けた。

「今度は『夏の庭』の話?」

「うん、この本読んでて思い出したんだ。遠山が死ぬのは嫌だし怖いけど、でも見たい。遠山がおじいちゃんになって死ぬまで、おれ、あの子たちみたいに見張っていようかな」

 成田は神妙な面持ちで、とんでもないことを言い出した。

「おまえのほうが早く死ぬかもしれないじゃないか」

 呆れて言うと、

「じゃあ、遠山はおれを見張ってていいよ。そんで、おれが死ぬところを見てよ」

 揺るぎない口調で、成田はそんなことを言う。そして、

「どっちかが死ぬまでって思ったらさあ、結構長い間いっしょにいられる気がするよね」

 ケロッとそう続けたので、

「おまえ、死ぬまで俺といっしょにいるつもりなの?」

 そう尋ねると、成田の顔が一瞬で真っ赤に染まった。

「わかんないけど、うん、たぶん、そう」

 そんな曖昧な言葉をしどろもどろに呟いて、成田は目線を本に戻す。

 俺は思う。そうか、俺はもう、ひとりに戻る必要はないんだ。

「ありがとう」

 思わずそう言っていた。

「え、なにが? なんで?」

 成田は頬や耳を赤く染めたまま、不思議そうにしている。




【参考】


『蠅の王[新訳版]』(ハヤカワepi文庫)

ウィリアム・ゴールディング 著 / 黒原敏行 訳


『夏の庭 The Friends』(新潮文庫)

湯本香樹実 著


『ドロレス・クレイボーン』(文春文庫)

スティーヴン・キング 著 / 矢野浩三郎 訳


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