策略
「殿下、血が!」
肩の下あたりの服が切られ、そこから血が出ている。
口の端にも血筋がつき、顔も殴られて赤くなっている。
「大丈夫ですか?」
「……………」
「殿下?」
「……………」
「怒って……ます?……よ……ね」
「……………」
ーーーーめっちゃ怒ってるし!
「……………すまない」
不意に立ち止まると彼は俯いて涙を流し始めた。
「殿下…!」
「クソっ、見るな」
そしてまた前を向いて歩き始めた。
彼女はそっと彼の頬に流れる涙を拭いた。
血だらけの殿下が下着姿のソフィアを抱いて部屋に戻ると侍女達はパニックになった。
「彼女にすぐ湯浴みをさせろ」
「陛下に報告したら戻ってくる」
それだけ言うとシャルルは側近らと部屋を出て行った。
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ガチャリ
着替えをしたシャルルが入ってきた。
ベッドの上で枕を背に座り書を読んでいたソフィアは顔を上げた。
「今日はここで寝るぞ」
「はい」
シャルルがシーツをめくり、彼女の横に入ってきた。
「…………」
「…………」
「今日はすまなかった。君にあんなことをさせてしまうなんて…すまなかった。」
「私が勝手にやったことです。」
「私は…俺は気が狂うかと思った。いや、君に何かされるなら気が狂うほうがマシかもしれない。
誰も…俺以外の誰も、もう二度とソフィアに触れさせたくない」
シャルルは彼女の肩を抱き強く強く口唇を押しつけてきた。
「疲れているとは思うが、きちんと話をしておかないと…体調は大丈夫か?」
「はい」
ーーー私もあなたに話さなければいけないことがあるのです、殿下。
「君が飲んだ毒、あれを仕掛けたのも兄だった」
シャルルの母は正妃として王室に迎えられたが長く子どもに恵まれなかった。
父は第二妃を迎えた。
そしてロデルコがうまれた。
運命のイタズラか、その1年後に正妃がシャルルを産んだ。
ロデルコが第一王子だが、王位継承者は第二王子のシャルルとなった。
サライヤ・ドリントルド男爵令嬢。
彼女はロデルコによって操られている駒でしかなかった。
ロデルコに愛されていると思い込み、彼に言われるままシャルルに近づき、彼とソフィアの仲を裂き、彼を暗殺しようとした。
ロデルコが王位継承者になれば晴れて自分が婚約者になれると信じ込んでしまった。
そんなわけはないのに。
ロデルコが彼女を選んだ理由はギリギリ王太子に近づくことはできるが、何かあればすぐに見捨てることもできる男爵令嬢という身分、それだけだった。
もし全てが計画通りに進み、ロデルコが王位継承者になれば、彼はその場で彼女を捨てただろう。
サライヤがシャルルに纏わりつき始めてすぐに、その計画はシャルル側の知るところとなった。
だが敢えてシャルルは彼女を受け入れた。
ロデルコを断罪するためには、彼の犯行を白日の下に晒さなければ…。
あの舞踏会ではシャルルの部下達が客人のフリをして何人も紛れ込んでいた。
怪しい動きは全員が確認し、すぐに動ける態勢も整っていた。
そしてソフィアが毒を飲んですぐに毒を入れた実行犯の男は捕らえられ、その後サライヤも捕らえられた。
2人は後日処刑された。
サライヤに同情の余地がなくもないが、騙されていたとはいえ王位継承者暗殺の一翼を担ったのだ。それは処刑に値する。
愛は人を愚かにする。人として同情はするが罪は罪だ。
ロデルコの策略は首謀者をソフィアにすることだった。
サライヤに婚約者を取られたソフィアが嫉妬に駆られ2人に毒を盛った、という筋書きだ。
実はサライヤのグラスにも微量だが毒が入れられていた。
しかしソフィアが思いがけぬ行動に出たことでロデルコの計画は狂った。
2人はロデルコに指示されたと自供した。しかしいくつかそれを示す証拠はあったが、王子を処刑するほどの決定的な証拠が出なかった。
そしてもちろん、ロデルコは躊躇なく2人をその場で切り捨てた。
結果、ロデルコだけが証拠不十分で流刑となった。
流刑、そこは海峡の向こう、決して戻ってこれることはないと言われる地へ送られることだ。
しかし、ある日、その島から彼の姿が消えた。