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南川風花

「街ですか?」

「ああ。まだ外に出ることは止められたが、馬車から見るだけなら行っても良いと医師から許可が出たぞ」

「行きたいです!」


結局、この世界に来てから彼女は王宮より外に出たことがない。


その日はナーラと何人かの侍女達がソフィアを着飾らせてくれた。

薄っすらと化粧をし、ドレスは薄いイエローの控えめなものを選んでくれた。


あの夜のドレス以来、ひさひざのお姫様気分にソフィアは我ながら子どものようにワクワクしていた。

「用意は出来たかい?」

「見て、殿下!皆さんがめちゃくちゃ可愛くしてくださったの!」

ソフィアはシャルルの前でクルッと回転してみせた。

ドレスのスカートが広がり、本当にお姫様のようだ。


「まるで子どもだな」

そう言って頭を撫でながら

「誰にも見せたくないくらいキレイだ。このまま押し倒したい」

耳元で囁いてイタズラっ子のように笑った。

「殿下こそ子どもだから!」




馬車も街も初めてだ。まるでどこかのテーマパークにでも来たような感じだった。


とりあえず馬車の乗り心地はひどかった。道が整備されていないせいでとにかくお尻が痛くなるくらいガタガタ揺れた。なのに狭い空間でシャルルと過ごすことが楽しくて仕方なかった。


見るもの見るものが全て新鮮で楽しい。

ーーーそう考えると、テーマパークってよく出来てるのね。

などと妙に感心してしまう。



街には思った以上に人がいた。そしてとても賑やかだった。

馬車から降りないのは正解かもしれない。

人々の様子を見ているだけでも精気が吸い取られそうだ。



馬車が止まった。

「すぐ戻るからね」

そう言うとシャルルは馬車から降り、とある店に入って行った。


馬車の窓から人々を見ていたソフィアは、ふっと建物と建物の隙間に目が止まり息が詰まりそうになった。

賑やかに行き交う人々の陰に隠れて、遠くからでもわかるほどボロ布だけの、およそ服とは思えないものを着て座り込む人々が見えたのだ。


よく見るといたる隙間に、同じような人々が隠れている。


何人か女性もいる。子どもを抱いている女性もいる。

ここは向こうの世界ではない。

きっと道端で暮らし、人知れず死んでいく人が向こうの世界よりずっとたくさんいるのだ。



ーーー私は本来あちら側だ。



南川風花、それが彼女の名前だった。

彼女は両親を知らない。気づいた時には祖父母に育てられていた。

祖父母は愛情深い人達ではなかった。しかし最低限、育てる、ということはしてくれた。心から感謝している。


高校卒業を機に一人暮らしを始めた。

高校の時からバイトをしていたスーパー広瀬でそのままバイトを続けた。

個人経営が少し大きくなった程度のスーパー広瀬では、社員にはしてあげられないと言われた。

それでも良かった。働いてお金を貰って自立できればそれで良かった。


本当はもっと勉強したかった。大学も行きたかった。だからソフィアとしてここに来て、シャルルに色々なことを教えてもらえるのが楽しくて仕方なかった。学ぶこと、知識を得られることの喜びを彼女はシャルルに与えてもらったのだ。



ーーーでも本来私は馬車に乗って殿下の隣にいられるような人間ではないはずだ。

こうして街で働くこの人達や、もしかしたらあの暗い隙間にいるあの女性だったかもしれない。

何かの間違いでこうしてドレスを着ているけれど…そう、何かの間違いで………。



「待たせたね」

シャルルが戻ってくるなりキスをした。

「離れていると寂しくて」

「数分だし!」

真っ赤になって抗議しながらも、2人はもう一度キスをした。


気づけば康介君のことを思い出すこともなくなっていた。

寝る前に思うのはいつもシャルルのことだ。

しかし、幸せすぎて忘れそうになる現実にそろそろ向き合う時が来たのだとソフィアは心を決めた。


ーーーーーーーーーーーー


翌日、ソフィアはシャルルに願い出た。

「家に帰りたい?」

「はい」

「なぜだ?」

「…家に帰れば何か思い出せるかもしれないからです」

「では私も一緒に行こう」

「いいえ、1人で行きます」

「………帰したくない」

「ふっ、もし私がここに戻ることをお許し頂けるのでしたら、すぐに戻ってきます」

「当たり前だ。許すに決まってる…どれくらいだ?何日で帰るのだ?」

「殿下がお許し下さるだけで結構です」

ソフィアが可愛らしく微笑んだ。

ーーークソっ、可愛い顔して!


「熱が下がったら、だぞ」

「はい」

街見物はソフィアの身体にも心にも…少し重いものだった。


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