彼女への想い
ーーー愛おしい。ソフィアをこんなに愛おしいと思う日が来るとは思いもしなかった。
シャルルは自分の身体に寄り添うようにして眠るソフィアをこれ以上ないほど愛おしく見つめていた。
ーーーふっ…まるで子どもだ。
彼女が眠っているのをいいことに何度口づけをしただろう…この細く豊かな黒髪に…広く形の良い丸い額に…柔らかい頬に…小さなピンク色の口唇に…。
彼女を手元から離したくない。そばに置いておきたい。その一心で彼女を王宮で預かりたいと申し出た。
怖かったのだ。一度家に帰してしまったらまた元の彼女に戻ってしまうのでないか。またあの冷たい目に戻ってしまうのではないか。
そう思うと彼女を手放せなかった。
彼女のことが、彼女との時間が今の彼には何より大切なものだった。
「おやすみ」
そう言うと、彼はソフィアの額に、そして口唇に口づけをしてベッドから立ち上がった。
ソフィア・ヤヒャエドーラ。
彼女との婚約が決まったのは2年前。
彼が18歳、彼女が16歳の時だった。
彼女の印象は「言葉を失うほど可愛い」
美人というより可愛いのだ。
小さな子どもがそのまま女性になったように愛らしい顔だった。
そして一度彼女を見ると忘れられなくなるほどに人々を惹きつける彼女の目。
彼女の目は人を魅惑する。魅了するのではない魅惑だ。
特に男性はイチコロだった。
彼女にその独特な視線を向けられると男はみんな彼女に夢中になった…シャルル以外は。
シャルルは彼女のその目や視線が好きではなかった。それは男を魅惑しているのを知っている目だったからだ。彼女はそれを武器にしている。それがシャルルは受け入れられなかった。
なぜなら彼は幼い頃からずっとそういう目を女性に向けられていたから。
むしろ彼にとっては女性というものは、そういう目をしているものであり、そのことに心底、辟易していた。
シャルルランド・ドゥワシャード・カサヴェテウス
金色に輝く髪にエメラルドグリーンの瞳。絵に描いたような完璧に整った容姿。その姿は「神話の神も嫉妬する」と言われるほどに美しい。
冷たい印象を与える長いまつげに形どられた切れ長の目と薄い口唇は、妖艶さを放つ色気となって女性達を魅了した。
その上、我がカサヴェテウス王国の第一王位継承者だ。
女性達が夢中にならないわけがない。
ソフィアと婚約して2年。彼女と心から笑いあったこともなければ、打ち解けて話をしたこともない。愛情すら感じたことはなかった。
彼女が隣国王室と縁戚関係になければ婚約などあり得ない存在だった。
そう思っていた…あの日までは。
彼女が自分の代わりに毒を飲んだ。
あのグラスに毒が入っていることはわかっていた。全て計算通りの流れだった。
意識が戻らない彼女のそばにいたのは正直に言えば罪悪感からだ。
彼女が自分を庇う人間だなどと微塵も考えたことがなかったことへの贖罪だった。
それだけだ。愛情ではなかった。
しかし目が醒めた彼女は明らかに何かが違った。
今はそれが何かわかる。
毒気だ。彼女から一切の毒気がなくなっていた。
今の彼女が自分を見つめる目からは純粋さしか伝わってこない。
自分の話に目を輝かせたり、目を丸くして驚いたかと思うと目を細めて笑ったり、からかうと睨んでくる。
そこには計算の1つもない。なさすぎて男として少し自信をなくすほどだ。
ーーーこれも、毒をもって毒を制すのうちに入るのか?
「『情けなくなんかない。フツーにえらいと思う』…か…」
彼はあの日から何度この言葉を思い出しただろう。ソフィアの言葉に励まされる日が来るとは…
ーーー俺が変わったのか?彼女が変わったのか?