激うざ爆イケ殿下
ーーー変な夢だったなぁ…。疲れた。身体がだるい。今日仕事だっけ?康介君一緒だったかな…。またどっか行きたいな。それにしても身体だるい。しんどい。ムリ。なんだろ風邪ひいた?
「ソフィア!ソフィア!」
ーーーーうるさいなぁ、まだソフィアとか言ってるし………ソフィア?
重たい瞼をゆっくり開けると男性の顔が真上にあった。
「激うざ爆イケ殿下」
「ゲキ?バ、バ、バク…なんだ?」
「い、いえ、殿下?」
声が出ない。囁く程度にしか声が出ない。
ーーーなにこれ?
「わかるか?私がわかるか?…医者を呼べ!」
誰かがバタバタと走る音が聞こえる。
「ソフィア、わかるか?私だ、シャルルだ」
「シャ、シャルル…」
ーーーって、名前だったんだ
「そうだ、ソフィア…すまない、本当にすまない、君になんと詫びればいいのか」
そう言うと彼はソフィアの額に優しく手を置いた。
ーーー夢じゃなかったんだ。
「あなたが悪いんじゃない」
ーーー聞こえてる?言えてる?
ソフィアは思うように声が出せないことに気づいた。
「いや、私が悪いのだ。君にこんな辛い思いをさせて…ソフィア、すまない」
「いえいえ」
ーーー聞こえてるなら良かった。
その返事に何故か彼がひどく驚いた顔をした。そしてすぐに柔らかく微笑んだ。
「ふっ、ソフィア、『いえいえ』って……こんな時にそんな可愛い言い方をしないでくれ」
ーーーは?
「ここは?」
「王宮だ。あれから1週間だ。1週間君は意識が戻らなかった。君の父上と母上にもすぐに知らせよう」
「父上と母上」
ーーーソフィアには両親がいるんだ…。
「ああ、お喜びになるぞ」
「………はあ」
その後、医師の診察を受け、お湯を飲み、両親に会った。
その間、ずっとシャルルはそばにいた。
予想はしていたが、ソフィアは両親がわからなかった。泣きながらソフィアに抱きつく母親と父親を前に、ぐったりしているフリをしていた。なんとか早く帰ってほしかった。
シャルルは彼女の両親に当分ソフィアを預かりたいと願い出た。
王宮付きの医師が全力で治療にあたると。
ソフィアは心底有り難かった。
今、両親の元に戻ったところで取り繕うのに疲れるだけだ。
もう少し状況を知りたい。知識を得たい。全てはそれからでしかない。
「ナーラと申します。ソフィア様のお世話をさせて頂きます。なんでもおっしゃって下さいませね」
ナーラは優しく微笑んだ。まさに母親のような慈愛に満ちた微笑みだった。
ソフィアはなかなかベッドに起き上がることも出来ず、声も元には戻らなかった。
それでも毎日朝、昼、夜とシャルルは会いに来た。
夜は少し時間があるので、いつもその日あった話をしてくれたり、面白かった本の話などをしてくれた。
ソフィアは声が出しづらいながらもシャルルと過ごす時間を楽しみにしていたし、2人でよく笑った。
時には「今日は少し仕事をしてもいいかな」とシャルルがベッドに腰掛けて書類を広げることもあった。
「明日は大臣達と会議があるのだが…勉強しておかないと足元を見られるからな。私はまだまだ学ばないといけないことが多いのだ…情けない話さ」
そう言って眉を下げて笑うシャルルに
「何が情けないのかわからない。フツーにえらいと思う」
と言ったが、聞こえていたかどうかはわからない。
殿下は生まれつき殿下なわけではない。それは立場にすぎない。
彼は彼なりに人知れず努力して努力して『殿下』になっているのだ。
ソフィアは書類を広げる彼の隣で眠ったり起きたり…まどろみと呼ぶには少し身体が辛いが、それでも彼の隣で眠るのは心地よかった。
書類を読みながら時折、彼女の頭を撫でたり頬を撫でたり腕を撫でる彼の手がソフィアに安心をくれた。
「ソフィア様が目を覚まさない間、殿下は本当に本当にご心配されていたんですよ。
ふふっ。それにしてもソフィア様がお目覚めになってからの殿下ときたら…」
ナーラがお茶を持ってきながら笑った。
数日前からソフィアはベッドに身体を起こすことができるようになっていた。
「殿下は小さい頃から感情を表に出さないよう教えられています。将来国王になるにはそうでなければいけません。
なのにソフィア様のこととなると、殿下は感情を抑えることができないようですね」
「ふふっ」ナーラが嬉しそうに笑った。
「感情を表に出さないよう…殿下も大変ね…」
大きな声はまだ出ない。それでも少しは声も戻ってきた。
ーーーでも私の前では感情出しっぱなしなんだけど。
そう。シャルルはよく笑う。それがソフィアの彼に対する一番に思いつくイメージだ。
よく笑いよく喋る。そしてよく「可愛い」と言う。
ーーーキャラ変?
「殿下、こんなに毎日ずっと私のところに来て大丈夫なんですか?」
「仕事ならちゃんと終わらせてるぞ。」
「いえ、お仕事じゃなく。あの可愛らしい彼女。デートとかしなくていいんですか?私にはお気遣いなく。恋人は大切にしないと、です。」
とたんにシャルルの顔が曇った。
「ソフィアは余計なことを考えなくても良いのだ。それに彼女は恋人などではない」
「ほぉー私という婚約者がいながら、あんなに楽しそうにダンスをしていたくせに」
ソフィアはわざとイヤミっぽく言ってみた。
するとシャルルは目をパチクリさせ
「覚えているのか、あの時のことを」
「はい。殿下がすっごいイヤそう〜な顔で私を見てました」
「!!!!なんでそんな余計なことは覚えているのだ!忘れろ!!」
そう言ってソフィアの頭を左手でくしゃくしゃにした…とても優しく。