入れ替わってる?!
「おぅえぇえっっ!」
女性用の小部屋で胃のものを吐き出しながら彼女は覚醒した。
ーーーーどういうこと?ここどこ?私だれ?何このドレス?仮装大会?
「おぅえええええっっっ……きっつ…」
ーーーなんで?でも絶対おかしい。だってさっきまで道歩いてたんだよ、小松町のコンビニの前だったじゃん!デニム履いてたよね、私。
その時、脳裏に大きな光の塊とクラクションが蘇った。
ーーーーーーーーー死んだ?私、死んだの?はねられたとか?
え?でもさ、でもさ、死んだらドレス着れるの?え?白装束じゃなかった?なんでこんなフリフリ?え?フリフリで三途の川渡る的な…なに??なに?なに?あ………………まさかの…………転生?
ーーーーうっそ!マジか!これって転生?あるんだ!マンガとかにあるやつ!マジか!
ってことは私、今…まさかまさかのお姫様?
「か、鏡!鏡!これって絶対、絶世の美女なやつじゃん!金髪?エメラルドグリーンの瞳?……………
「って黒髪やないかーい!しかも目は茶色って…茶色って…微妙…
「いやでもさ、顔はさ、顔は前より100倍かわいいよ!うん!めっちゃかわいい!黒髪もめっちゃ長くてふわふわしててかわいい!でも……ヒロインはだいたい金髪とかシルバーだよね、………マジで黒髪って…モブ…悲しいまでにモブ…転生したのにモブ…
「というかここどこ?私、誰?…この状況やばくない?…
「ってか、この身体の子どこ行ったの?え?そうだよ、転生ってあくまで身体の子はそのままじゃない?
…どこ行ったの?え?なにこれ?…私達…『入れ替わってる?!』て言ってる場合じゃない…
「それにしても…このドレスの子が私になってたら笑うよね、ごめん、安定のモブ以下…スーパー広瀬でフリーター2年目とか…不憫すぎて…いや、マジでごめん。
「とりあえず名前わかんないと帰れないし、どうしたらいいわけ?」
ふっと床を見ると封筒が落ちている。
「おおお~!!招待状!!よっしゃ!…ソフィア・ヤヒャエドーラ…ソフィア・ヤヒャエドーラ…ソフィア…ソフィア…ソフィアなのね!ってか私、文字読めるじゃん!ここに来て天才現る!
あなたはソフィアちゃんなのね!よしっ!これで帰れる!とりあえず誰かに名前言えばなんとかしてくれるよね、って迷子かよっ!でもとにかく仕方ない!行こう!帰ろう!」
ソフィアはドアを開けた。
そこは廊下で、同じようにドレスを着たたくさんの若い男性や女性が行き来している。
そして音楽が流れ、人々の楽しそうな話し声や笑い声で溢れていた。
ーーーお城じゃん!これってパーティーとかそういうやつ?うっそ!すごっ!…でも今は帰りたい。どうでもいい。情報料多すぎてしんどい。気分悪い。
ソフィアはとりあえず出口を探そうと廊下へ出た。
人の波について行くと扉がいくつかある明らかに会場であろう場所に出た。
ーーー水もらえるかな…吐いたから口気持ち悪い。水だけもらいに行こ。
部屋の中を見ると、少し先の扉あたりに飲み物などがありそうだ。そこへ行こう。
「また殿下はドリントルド男爵令嬢と踊ってらっしゃるわ」
「今日のお二人も本当にお似合い」
「でもソフィア様がいらっしゃるのに…」
「ソフィア様とは…そろそろご婚約を解消されるんじゃないかって言われてるわよ」
「まぁそうよね、あんなに堂々と2人で踊るなんて…あてつけのようだわ」
「まぁソフィア様も…あれでは殿下がお心移りされるのも仕方ないわ」
ーーー『殿下』とかマジで?たしか王様の息子だよね?まんまマンガの世界。一度くらい生殿下見ておきたい…でも今は水。
彼女は自分が会話にされているソフィアだとは気づいていない。
「これって頂いてもよろしいのですか?」
給仕係らしい人物に声をかけた。
「は、はい!はい!ど、どうぞ!」
「ありがとうございます」
声かけちゃいけないのかな?めっちゃキョドってるけど…
「とりあえず…………はぁーーーーー」
ソフィアは長いため息をついた。
ーーー水は水なんだ。そこは理解。
ーーーってか言葉通じてるし…なんなの?パラレルワールド?まぁなんにせよ言葉通じるのは有り難いね。
ソフィアが水を飲んでいると前方に立っていた人々が彼女を見て道を開けるように移動している。
しかし彼女は気づかない。
ふっと前を見るとホールの中央でカップルが踊っているのが見えた。
ーーーあれがお似合いとか言われてた2人か…お似合い…お似合いか…
「康介君…」
そうだ、彼はどうしているだろう。
つきあい始めたのはほんの数ヶ月前。
この間、初めて手をつないだ。彼女にとっては初彼だ。
「1年半、ずっと好きでさ…ようやく康介君も好きだってわかって…これからもっと一緒にいれると思ってたのに…」
ほんの少し、涙が滲んだ。
ーーーー待って、入れ替わってるとしたら、ソフィアちゃんが今、康介君の彼女してたりするの?
「は?めっちゃイヤなんですけどっ!」
急に苛立ちを感じてホールの2人から目を逸した先にいた給仕…さっきの男性とは違う…
ソフィアがいる場所からそれほど遠くはないが、入口付近から動かない。そして給仕のわりには給仕をする気はなさそうなのが明らかだ。
ーーーなんか、あの人…おかしい。あれは『黄色』だ。
スーパーに勤めていると怪しい人物が目につくようになる。
実際に何かしでかすとは限らない。でも確実におかしい動きをする人間が時々いる。
スーパーに商品を買いに来る客は目線が真っ直ぐだ。目的の物、或いは何か掘り出し物はないか…商品を見ているという意味で目線が一定なのだ。
しかし時々目線が泳いでいる人間に出会う。
商品を見ていない。目的が商品ではない。何か違うものを見ている。
『人』だ。人の動き。商品を見るフリをして人を見ている。
その『人』が店員の場合もあれば、小さい子どもや女性の時もある。要注意だ。絶対に許さない、店員としても人としても。そしてそういう人物をスーパー広瀬では『黄色』と呼び店員全員が警戒態勢に入る。
そして今、そこにいる給仕の男も…黄色だ。何かがおかしい。
でもこの世界のことはわからない。いきなり声もかけづらい。とりあえず泳がそう。
その男に気を取られていた彼女は自分が呼ばれていたことに気づかなかった。
「ソフィア…ソフィア」
ーーーソフィア、呼ばれてるよ!…マジで絶対あの男ヤバい。声かけるかな…どうしよ
「ソフィア……ソフィア!!」
ーーーうるさいなぁ。だから、ソフィア、呼ばれてる…………おっと、ソフィア?って私じゃん!
「はい!はい!はい!なんでしょうか!」
前を見ると驚くほど美形で背の高い男性が眉間にシワを寄せ苛立った顔で立っていた。
ーーー爆イケっ!
「もはや婚約者の私などに返事もしたくないのか」
ーーー婚約者?うっそ、この人婚約者なの?ソフィアちゃん、モブとか言ってごめん、めっちゃ爆イケな婚約者いるのね!
「あーいえ、ちょっと聞こえなくて」
「この距離だぞ。私に恥をかかせたいのか?」
「いえいえいえ、決して」
ソフィアはなんとか笑顔を作ってみた。
すると男性は一瞬にして嫌悪の表情を浮かべ言った。
「なんだそのヘラヘラした顔は」
ーーーはあ?ちょっと訂正、なにこの人、ウザいんだけど。
「ほんとに聞こえなかったんです、少し考え事をしてたんです。それとも、なんですか?この国では考え事をするのにも婚約者さんの許しが必要なんですか?めんどくさっ!」
「な、な、なんだと?」
ソフィアは「はぁー」とため息をついたついでに、そっと目線だけ先程の給仕に戻した。
その時、その男が手に持っていたトレイの飲み物の1つに何かを入れた。
「え?」
「だからそんなに私と婚約しているのが嫌なのかと聞いているのだ」
「え、違っ、え、今そんな話どうでも……」
ーーーあれ何?今の何?
「そんな話?どうでもいいだと?」
「いや、だからあの……もう!何なんですか?何の用ですか?私、今、忙しいんですけど!」
ーーーなんなの、この爆イケ、しつこい!
「もういい。君の気持ちはよくわかった。
追って婚約解消の手続きをする。もう君にはうんざりだ!」
「殿下、行きましょう」
彼の後ろに寄り添うように立っていた可愛らしい金髪の女性が声をかけると、2人はソフィアに背を向け歩き出した。
ーーー殿下?殿下って言った?今の殿下なの?マジで?ソフィアちゃんすごっ!殿下と婚約してたんだ!でも、ごめん、今この瞬間、婚約解消されました、すまん。でも結構ウザい男じゃん。空気読めない男は出世しないよ!ってもう既に出世してるし
って、いやいや、そんなことより黄色男………………え?
目の前で、去って行った2人に例の給仕が飲み物を差し出している。
殿下には赤い飲み物。女性には白い飲み物。
そしてさっき彼が何かを入れたのは…………
「赤!!!殿下!それダメ!!」
ソフィアは思わず走り寄った。
後ろから呼ばれた殿下は驚き振り向くがその顔は明らかな嫌悪と疑念の色に染まっていた。
「なんだ?」
「それ、それ、ダメです」
「なんだ、婚約解消がダメなのか?今さらなんだ?」
ーーーは?何言ってんの?!
「違います、それ、それです、赤、ダメ!」
「もう撤回はしない」
「だから違う!それ飲んじゃだめ!」
ソフィアはグラスを奪おうとするが、背の高い彼がグラスを持ち上げる。
「やめろ!なんのつもりだ?」
「だから、それ、何か入ってる!入ってるから!」
「いい加減にしろ!見苦しいぞ!」
「見苦しいのはあんたでしょ!マジでうざいっ!あたしが飲むから貸して!」
ソフィアはなぜそうしたのかわからない。
でも身体がそう動いたのだ。
彼から無理矢理グラスを奪うと、彼女はそれを口に含み飲み込んだ。
そして………彼女の口から血が溢れ出した。
「ソフィア!!!!」
ーーー転生して秒で死ぬとかマジでモブじゃん………