第九十三話 きみ、なんでこんな会社に入社したの?
わたしには子どもが3人います。
2番目の子は美術が好きで、高校も美術コースを取り
学生向けの美術展で成果も取って美大へ行く……はずでした。が、第一志望の美大に
落ちたら「もういい。受験はおわり」 っていう……。専願だったがそこの美大は
落ちても次がある。一回目が落ちたら二回目、三回目も挑戦できるのに、彼は聞き入れない。
どうも一回目で受かって当然だと思い込んでいたのが、落ちて自信をきれいさっぱりと
なくしたらしい。彼の特性、いや個性でもあるが、親のわたしもどうしようかと思いました。
彼は落ち込むだけ落ち込むと、いったん、環境を変えて働いてみるというので、高卒で就職しました。
で、学校推薦とやらで面接だけですんなりと入社が決まったのですが、数日後に
同じ室内にいた男性に笑いながら言われたのが冒頭の言葉です。
きみ、なんでこんな会社に入社したの?
ここは若い人が来ちゃダメなところだよ?
給料も安いし、バカばっかりなのに?
彼は驚いて黙り込んで返答もできなかったそうです。社会の冷たい風の第一波でした。
でも周囲の温かい気遣いもあって、勤務して無事一年が続きました。来年の支社設立で
異動の話もあって、また彼はうろたえていますが、もう成人していますし
親のわたしも見守っているだけです。退社したかったらしてもいいっていうだけ。
一応入社にあたり、某新興宗教と某マルチの名前だけは伝えていたらそこの社員でやはり
かぶれている人がいて、集会に誘われたとか。わが国にはいろいろなものが蔓延していますよね。
お局さまの人事課の女性(まだ30代後半だとか)にきつくあたられ、もう仕事したくないやと
電話してきたこともあったけど、まあまあなんとか、やっていってるみたい。
連休の時にわたしのいる家に戻ってくつろいでいたら、彼はこういいました。
「お母さん。去年、ぼくが新人だったときに、この会社はダメだよ、なぜ、こんな会社に入ったのって、言った人いたでしょ?」
「あ~いたね」
「会社がダメなのではなくって、新人のぼくにいきなりこんなことをいう人がダメだったよ」
「そりゃ、まあそうでしょうねえ」
「言われたときにはわからなかったけど、その人、会社の誰にも相手されなくて、パートでしか働けない人だったよ」
「聞くけど、年齢はどのぐらい?」
「40代はんばのおじさんと、その取り巻きというかおばさんたち。みんなパートだけど、いつも固まって人の悪口ばかり言ってるよ。それか給料が安すぎる話」
「そうか~そういう人たちは、どこにでも生息しているんだなあ」
「ぼくは、ああいうふうには、なりたくない」
息子よ、成長したなあ。
それがわかっただけでも、社会に出た意義があると思うよ。
わたしは良い母親ではないけれど、何もわかってない人を意図的に悲しませたりするような人間には
育てていない。年上の人間が全員年下の人間を導くとは限らないけれどもこれはダメでしょう。
そんなことを思った春の宵。
明日は4月1日。
晴れて入社する人も多いかと思います。
おめでとうございます。良い春になりますように。
若い人も、老いた人も年度始まりは平等です。
幸多かれと願っています。
ふじたごうらこ拝