第七十六話・僧侶にも守秘義務がある
守秘義務とは、職務上知った秘密を守るべきことや、個人情報を開示しないといった義務のこと。
守秘義務ある職業は多い。特に警察や医療関係者は当然、戸籍や住民票、税金などを取り扱う公務員もそう。彼らは他人に知られたくないプライベートなことを知り得る立場にいる。
この私とて医療従事者、知人から◎◎の薬を飲んでいることを人に言わないでくれ、通院は家族にも内緒なので言わないでくれと頼まれることがあります。もちろん他言しません。それが当たり前です。
さて、今回のエッセイの主旨は、僧侶も守秘義務がある……なぜ職種限定で書くのかといいますと、我が子をいじめた主犯の親がそうなので。
僧侶の仕事の一つは葬式や年忌で檀家を回ること。必然的に檀家の秘密を知り得ることもある。
私の子どもをいじめた主犯は、その僧侶の親から聞いた話を楯に、我が子を虐めるようにいじめっ子の一部を脅迫していました。なぜわかったかというと、いじめっ子の一人が涙ながらに「脅かされてどうしても断れなかった」 と謝罪してきたから。
本来ならば、私がいじめをした当事者とその親に直に言うべきことであります。が、数年前のことでもあり、同居人が蒸し返すなという。私は子どもをいじめた主犯とその僧侶の親をどうしても許せず、記録を残しておきます。
我が子は、容姿に関する陰湿ないじめを執拗に受けました。いじめは中学二年生から開始され不登校ながら、かろうじて卒業しました。その後も外見をひどく気にする子になってしまいました。公立高校に進学したものの中退、一年遅れで別の高校に通学中。いじめの発覚から数年後たちますが、未だ摂食障害、つまり過食嘔吐があります。加えて自傷行為、希死念慮が治っていません。年末に抑うつ状態から自殺未遂をして警察に緊急保護、精神科の急性期病棟に入院です。医師はいじめのPTSDから不安発作がきているとはっきりといい、子どもは地元でバイトをしても、知り合いが来ると手が震えて仕事ができない。
親としては自死を選ばず天寿を全うしてほしい。外見だって自己卑下感を持つことなどないのに、キモイと言われたことが心の底にこびりついて取れない。いじめは犯罪と同じです。子どもをいじめてここに至るまで追い込んでも、あの主犯は犯罪に問われることはない。あれが現在もなお青春を謳歌していると思えば悲しくてならない。
だからこそ……当時の私たちは主犯に級友たちの前で謝罪をさせたかった。しかし、学校側は主犯にも将来があるといって拒否しました。私は主犯に対して、部活絡みのいじめもあったので試合出場停止措置を取れと望みました。それも拒否です。
部活どころか登校できなくなるほど心が弱っていた我が子をしり目に、学校側は堂々と主犯を出場させ、スポーツ推薦をしました。主犯の親も遠方の寮付きのそのスポーツ進学高校に行かせた。
先生たちの腰が抜けた対応は、主犯の父親が土地の有力者であり、かつ代々続く僧侶であったからとみています。間違いなく忖度が働いています。
私はいじめ被害者の親としてもっと強硬な態度をとるべきであったと大変悔やんでおります。主犯に脅かされてやむなく我が子をいじめた男の子は泣いていたそうです。
僧侶という身分ながら同居の家族に対して檀家の秘密を、世間話の一環として晩酌がてらに話すのは理解できます。しかしその娘が我が子をいじめるのに、脅迫の材料にしたとは思わなかったか。これは、まぎれもない事実です。
あんまりではないか……私は夫に対してもう一度当人とその父親の僧侶と話し合うべきではないかと言いました。しかし同居人は拒否。
「きみはよそから来た嫁の立場だ。だからこそ当人を糾弾しても平気だ。ぼくは代々この土地に住んでいる。例の僧侶もその父親もよく知っている。おじいさんはもう亡くなったがぼくの母校の教頭先生でとても立派な人だった。その孫が我が子をいじめたのは、ぼくとて許せない。しかし立場というものがある。ぼくや親戚のことを考えて軽率な行動をとらないでくれ」
非常に冷たい言い方でした。これが田舎の有力者に対する流儀でしょう。私は悔しがるだけ。事実ムラの周囲に檀家がいる。彼ら檀家衆がいじめっ子側の僧侶を守る側にたち、いじめられっ子の母親の私に矛先が向くのはありえる。その結果、こちらの親戚や人間関係に支障をきたすと困る。田舎の悪い所でもある。
私はやむなく面談は見送り、そのかわりに寺の総本山に対して電話しました。
……僧侶たるものが娘に檀家の守秘義務を教え、それを聞いた娘が家の秘密をばらされたくなかったら、いじめに加担するよう脅迫した。こういったことは寡聞にして聞いたことがない……
元来僧侶に対して罰則はなく、もし問題が起きた場合は異動になる。主犯の家は代々の僧侶なので異動はない。主犯は長女なので僧籍の婿をとる可能性も大。誰も知られなければそれでいいのか。
僧侶も主犯に他人の弱みをわざと教えたと思わない。主犯がいじめをさせるために脅迫したとまでは知らぬはず。
ただ僧侶にも守秘義務があり、檀家の秘密を主犯含む家族に対して口外せぬように言えるはず。
総本山広報担当者は非常にていねいでした。本件はその僧侶が抱えている檀家に対してもかなりの信頼失墜を起こさせる行為だ。
わたしは主犯とその親たる僧侶を憎んでいる。国宝がある総本山の尊い仏だってそんな僧侶をかかえている限り二度と拝まない。
この話はこれで終わりです。
この世はいじめっ子が堂々と胸張って生きていられるところです。例の主犯はどうせわたしのいうことなど心に響かないでしょうけれども。




