第四十七話・一人暮らしの老親が倒れて、その後。
田舎では老人世帯が多いです。働ける場所が少ないので、若い人はみんな都会や街に出ています。今回の前置きは短くここまでにします。
過疎の田舎にGさんという女性の後期高齢者がいたとします。数年前に夫に先立たれて一人暮らし。加齢のため足元がよろけたりするようになりましたが、デイケアなどは拒否する人です。少々耳は遠いですが頭はしっかりされています。Gさんの息子さんの一人をHさんとします。成人済みで五十代独身のため、Gさんの世話人代表です。兄弟が世帯を持っていたら独身が親の面倒を見る仕掛けになるのは、どういうわけか。Hさんは、仕事の関係でめったに帰ってこれません。他の兄弟も。
Hさんは母親のGさんを心配して、なにか異変があるとすぐに連絡するように言い含めていました。Gさんの近所数軒にもHさんにすぐに繋がる携帯電話番号を教えていました。
ある日、Gさんは体調がおかしいので、言いつけ通りすぐに息子のHさんに連絡しました。会話しても、口がもつれている。当然Hさんはムラの診療所に行くようにいう。それからHさんは一番近い家に住むIさんに電話して、母の様子を見てくださいと頼みました。驚いたIさんは杖をつき、いそいでGさんの家に行く。幸運というべきなのかわかりませんが、そこの田舎は鍵をかける習慣がありません。Iさんは普通にGさんの家の玄関をあけ、あがりこむ。居間で倒れているGさんを発見。すぐに救急車を呼び、付き添って医療に繋いでくれました。
幸い命に別状ありません。Iさんは医師から数週間の入院ですむと聞かされると、Hさんに連絡しました。Hさんは安堵しました。それからIさんに、そういうことなら、急いで戻らなくてもよさそう、どちらにせよ仕事の都合とコロナ禍で戻りにくいのでよろしく頼むと言ってきました。Iさんは困惑しましたが、困ったときはお互いさまだと思って引き受けました。
Gさんが入院した病院は、救急車で一時間かかるところです。Gさんは面会不可ながら無事入院できたのはよかった。しかし、救急車に同乗したIさんの帰りのアシがない。Iさんは自動車免許をもっていない。そして一人暮らし。タクシーに乗って帰ると一万円以上かかります。バスを乗り継いで帰るしかないですが、お金を持ってきていない上に、年金暮らしのIさんにとってバス代でも大きな負担です。
Iさんは困ってこれまた共通の友人に頼んで迎えに来てもらいました。病院前のロータリーに一時間以上座って待っていたそうです。
それ以降もなぜか病院からはIさんにオムツやパジャマの洗濯について連絡がきます。しかしムラの中で普段親しくしても、遠い入院先まで気軽に通えません。困ったIさんは、Hさんに連絡しました。Hさんは謝りながら、改めて頼みごとをしてきました。数週間だけなのでGさんの面倒を見るようにと。もちろん諸経費は後で払う、お礼もすると。治療方法や差額ベッドなどのお金がからむことも、迷惑はかけないと言いました。
Iさんは、断ればGさんがかわいそうだと思って引き受けました。車を出してくれる善意の人がいて、コロナ禍で面会できないままながら、ポリデントなどの入れ歯用具、補聴器電池などこまごましたものを看護師通じて差し入れました。Hさんからの病棟へ連絡があったようで、おむつや洗濯などの処理までは言われませんでした。特筆すべきなのは、Iさんや車を出す善意の登場人物全員が八十代だということです。退院後も通院のこともあるし、どうするのだろう。Hさんが帰らないなら、Gさんは後遺症が残ったので施設に入るしかない。それか在宅でヘルパーを頼むしかない。
Iさんたちの話を聞いた人たちは、Hさんが厚かましいと怒っていました。一度ぐらいこちらに戻ってあいさつすべきだと。Iさんはじめ近所のほぼ全員の子どもたちは都会や街中にでています。みんなもし何かあってもすぐに帰れないことは承知です。だからお互いさまだけど、我が子がそんなふうだと迷惑だと感じたのです。老人同士で助け合いするには田舎では限界があります。また田舎では福祉のお世話になるのはハジと思う人も未だにいます。
助け合いの精神は田舎ではまだこうしてかろうじて生きています。でも機敏に動ける若い人が本当にいない。どうしても高齢者同士の助け合いは限界がある。そういうわけで、介護が必要になった親を街の施設に入れる人も多い。かくしてムラの人口も減って活気がなくなる。
さっさと普段からデイケアに通い、万一の時には医療にすぐに繋がるようにすべきですが、その後がどうなるかが自分で決められない。自分のことなのに、いざ病気になると自分で解決できないことがいくらでも湧いてくる。それを念頭に置いて普段から危機管理はしておくべきだけど、どうしてよいやら。
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遠方の親が入院になったら子はどう動くべきか。私の場合は、実家のある大阪から私の居住地の病院まで転院させました。私は母方の親戚と絶縁しています。母の実妹、つまり叔母Jによる勤務先横領処理を母の通帳と実印を使っていたのがわかり、告発した私を悪者にする人たちに、どうして頼れようか。犯罪者とそれを庇う人たちには絶対に頼れない。私は事情を知った婚家先から泥棒の一族には違いないとまで言われています。被害者だと思っているが、何もしらない世間様からは連帯責任で私まで泥棒扱いされるのかと未だ落ち込んでいます。
手術やリハビリを経たあと、別の叔母が私に無断で勝手に連れ帰ろうとしてこれまた揉めました。結局母の強い要望で私が折れて再度一人暮らしです。別の叔母が私に内緒で勝手に母の実印を変更しているのがわかり、さらに実家近所から一人暮らしは無理ですとの指摘があり再度私の元に連れて帰りました。ここ数年まったくもって波乱万丈でした。実母は元々医者嫌い、デイケアをすすめると怒る人です。散財して次の年金が入るまでお金を送ってといってくる人でした。こちらの施設に入ってもらった時は本当に安心しました。
なお義母も九十代で施設入所中です。八十代前半で認知症になりデイケアのお世話になっていましたが、家族の留守にボヤを出されたら同居は無理……料理をしたがるのも善意だし、何も悪いことしてないのにと泣くのでかわいそうでしたが、心からお願いして入所していただきました。
施設に入れると、少なくともご近所さまには迷惑はかけません。施設の存在は本当に有り難いです。でも入所のタイミングを計るのはやはり倒れてからになる。親が入院中なのに帰れないといい、その理由に仕事とコロナ禍をあげたGさんの息子のHさんは配慮がない。だって近所に世話を丸投げした形になっているから。田舎は怖いところで、そういう話はバーッと広がる。ひどい話よねえというニュアンスで私の耳にも入ったわけです。普段から月に一度でいいので、親をよろしくと近所にまめにあいさつする人であったら、この話も変わってきたと思います。
まったく別件の話ですが、別のムラで一人暮らしの高齢者が手術の必要な病気になり、人様に迷惑がかかる前に死にますと遺書と迷惑代と葬式代を置いて自殺しました。それを潔いといって未だに褒める人もいます。人間の最後は誰しも切ないです。我が子であっても迷惑はかけたくない。私はGさん、息子のHさん、ご近所のIさんたちの気持ちがそれぞれわかります。解決のしようがありませんがとりあえずGさんの早期の回復を祈りつつ筆を置きます。
 




