第四十四話・幽霊を叱った話
オカルトめいた話が嫌いな人は読まないでください。
ちょっと前の話。国内某ホテルチェーンの一室にチェックインしました。宿泊費が手ごろなシングルルームです。しかし、一歩入れば奇妙な違和感がある。この感覚はなんだろうとキョロキョロします。ま、いいかと荷物をベッドの上に置いて整理しようとしたら、ピキという音がする。ついでバキ。
私の耳では音の方角はわからない。外から聞こえるのかな? と思って窓を開ける。飛び込み自殺防止用に措置されている、窓がほんの少ししか開かないタイプです。
その変な音は外部からではない。部屋の中から……絶え間なく音が聞こえる。まぎれもないラップ音です。あからさますぎて逆に笑ってしまいました。しかしこれではゆっくり疲れを癒せない。
私は部屋の備え付けのデスク上の電話でフロントに連絡します。部屋を変えてくれと申し出る。理由を聞かれたので、とにかく部屋にきてくれと私は言いました。実態を聞かせるのが一番です。
若い男性のホテルマンがすぐに来てくださいました。すると、なんと音がぴたりと止まる。静寂な部屋になりました。今まで変な音がしていたと私が説明すると、彼は窓によって耳をすませる。私がチェンジをあらためて願い出るとあっさりと承知された。
「新しい部屋とカードキーの用意をしますので、このままお待ちください」
私は彼に質問します。
「今まで私以外にもこの部屋を変えてくれと言われたことがあるでしょ」
退出しかけたホテルマンは、こくりと頷く。私は荷物を解かずにそのままベッドに腰かける。すると一人になったと見るや、またピキバキいう。私は腹がたってきました。
実は私は、若い時にこういうことを何度か経験しています。初めての時は、恐れおののくだけでした。私の泊まるホテルは安い所ばかりなので、海外だと夜のフロントに誰もいないことは普通にある。怪音のする部屋にそのまま宿泊したこともあります。しかし、ここは日本ですし今の私は当時の私ではない。
私は立ち上がって怒鳴りました。
「あんたね、ホテルマンが入ってきたときだけおとなしくして、私が一人になったら音を出す。バカじゃないの。死んでから人に迷惑かけて楽しいのか。人を怖がらせるのが好きなのか、生前から愉快犯みたいな人間だったのか。ホテルも損だし、私も疲れているのにお前となんかとつきあえん」
それから私は良いことを思いつきました。口調を変えて優しく見えない相手に向かって話しかけます。
「いいこと教えてあげましょう。そういう能力があるなら、私の叔母のところへ行きなさい。ぜひどうぞ。いい? よく聞いて。場所は大阪のまるまるまるのばつばつばつで、名前はJ、電話番号はゼロロクのさんかくさんかくぺけぺけ。わかった? さあ、行っておいで。農協の横領して私腹を肥やした善人のふりして生きてる悪人だから。きっとおなたとはお似合い。なんなら憑依してもいいよ。私はJの姪だから血縁者として許可する」
叔母Jのことでブチぎれている私は、叔母Jの個人情報を全部幽霊にぶちまける。急激に音が小さくなる。
男の人が怖いというイメージが心の中で広がる?? なにこれ。怪音の発信者は若い女の子か。わかってほしい? なにが? 私はつきあってあげられない。男性が怖いなら叔母Jは女性だし大丈夫、行って憑りついでおいで。
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ほどなくしてホテルマンがカードキーを持ってきた。私は改めて新しい部屋に案内してもらう。さっきのと同じ間取りで同じ広さのシングルルームです。ホテルマンが去り、やれやれと思うと、部屋の入り口で小さくペシと音が鳴った。おまけにホテルの備品が触ってもいないのに、目の前で落ちた。頭にきました。
「ついてくんなや。巣に帰れ」
思い切り怒鳴ってそれから背後に神社を背負っているつもりで祝詞を唱える。気配が消えてその後は何事もなく眠れました。相手は生きている時から、俗にいわれる「かまって」 ちゃんだろうとは思いますが、非常に迷惑です。
怪音や備品を落とせる能力はおそらく生きている人間、この場合は私の生体エネルギーを拝借している。でも言っても通じる相手ではないので、その道に通じた本物の手で押さえるか蹴散らすしかない。神道や修験道はこういった怪の消去スイッチを祝詞で祓う。霊能力の有無や理屈ではない。そういう道を通じた人たちは、常人に理解できない回路を自然と会得されている。
翌朝、チェックアウトがてら、改めてこの話をしようとフロントに行ったら日本語がやっとの外国人しかいない。ポルターガイストの概念をわかってもらうことから話をすすめるのは難しい。時間もない。だから私は支配人に電話をくれと言づけました。するとそのフロント担当者が心配そうに「ドウシテ、デスカ」 という。「大丈夫だから」 というとホッとした顔をする。幽霊話を海外の若い人に話すのはハードルが高いことがよくわかった。
後刻、支配人が電話をくれた。生粋の日本人だったのはありがたかった。
クレームではないと最初に断ったうえで、あの部屋をチェンジした客が私のほかにいるはず、理由は言わないでホテルを引き払った人もいるはず。お祓いした方がいいよだけ言いました。素直に部屋を変えてくれたホテルマンがチェンジを申し出る客がいることを認めた話はしなかった。彼が怒られるとかわいそうだから。
それでこの話は終わります。私は霊感ゼロ、もしくは非常にしょぼいものです。若い時は生理の直前になると妙にカンが働くときはありましたが、とっくの昔に枯れたはず。
今回の幽霊は、多分若い女の子で、私が年上で頼りたかったのだと思う。が、ホテルは旅人の疲れを癒す場所でもあるのがわかってない。死んでも尚自分のことしか考えてない。一般常識がすでに通じない。きちんとしたところで修練を積んだ人なら対応できるが、私のような中途半端な人間の前で存在を主張しても仕方がないのに。
私はあの子に対しては、叔母Jの居場所を知らせたのでJの生体エネルギーを奪ってどうにかしたらいい。私は嘘をつき通して生きていた叔母Jが憎いので、幽霊に面と向かって誘導したのは新趣向です。怪音を怖がる人間ばっかりじゃないということをあちらも学習したと思う。
これを読む読者様もいずれは死ぬでしょうが、死んだ後もなお、生きている人間を脅したり存在を主張しないようにしましょう。誰の特にもなりません。
因果応報はこの世にはない。生きているうちにできることはした方がいいです。




