第三十四話・伝統伝承が途切れた私的理由・前編
ある日、同居人から以下のことを言われました。
「きみは、伝統を継ぐことについて一切興味がない。やはりお父さんの成育歴の影響かな……」
私の嫁ぎ先は、義父が専業農家で母屋は築百年以上の古い木造です。農家といえども、それなりの風習が残っています。蔵もあるし、家紋女紋過去帳もある。いずれも義父が継いでいますが、義父の時代から生活が便利になり、古来の伝統が少しずつ、すたれている。昔ながらの風習は全部が全部伝承されていない。むしろ簡略されるか、なくなっています。義父はそれをしんどいこともあるし、時代の流れだろうと言いました。ちょっとさみしそうでしたが。
地方の田舎は新入りに厳しく、よそものは警戒する。そして古くからの組織だっています。稲刈りが終わるとそれぞれの地区で一泊二日の小旅行です。参加しない選択肢はない。税金も皆ほぼ同じ金額なので、税務署に振り込むのではなく、地区ごとの集金係が一軒ずつ集金して村役場に収めていました。少なくとも私が嫁いだ平成十年代まではそんな感じでした。葬式も家族総出で手伝う。近所の人も葬式が出たら平日でも仕事を休むのが当然という感覚です。私はそれを知る最後の嫁です。昔ながらの生まれてから死ぬまで顔見知りの運命共同体に参加して別世界に引っ越してきた感覚がありました。
ちょっと話がそれますが、私は実家の母から言われて、義母に対しては相当な警戒心を抱いて嫁ぎました。嫁姑との関係は良くなるはずはないという感覚です。振り返って見て馬鹿なことをしたものです。育った環境が違い過ぎるので最初からうまくいくはずがないという思い込みで、同じ敷地内で住んでいながらかなり距離を置いていました。
実際の話、義母は過疎地の大家族で育っていますので、一度家に上がり込むと、なかなか帰りたがらないというのが私にも苦痛……そのほかの近所の人もいい人ばかりだが、裏口からノックもなしであがりこむ、一度あがると、用件が終わっても、ずーーーといる……新婚時は今後のつきあいをどうしたらいいのだろうと、真剣に悩んだものです。でも思い切って、それを言うとわかってくれたのは嬉しかったです。申し訳ない話ですけれども。
私は一見おとなしく、内向的にみえるらしい。が、義父母に昔から敵意を持つ近所のクソババと表だってケンカしてくる荒々しい嫁です。そんな騒ぎを起こすものですから、穏やかに迎えてくれた義母にとってはつらかったかもしれない。嫁も遊びに行っても、家に長時間いさせてくれないし。
例のクソババは、義母が元来おとなしいものですから、嫁もそうだろうと舐めてかかっているところがありました。義母はじっと我慢して心許した友人に陰口を聞く程度で発散していました。私はそうでないので、本当にいろいろとありました。義母にしてみれば、過疎地にわざわざ嫁に来てくれたから粗末にできないと言う意識もあったかと思います。嫁の来てもない人も多いからと。荒々しい嫁でも、来ないよりは、ましなのかも。おまけに専業農業なのに、その手伝いも最低限しかしなかった……重ねて申し訳なかったです。
話を戻します。私の実家は、義実家と比べ、伝承自体も元々ありません。父から教えられていません。私の父は心理的な被虐待児童であったから……伝統がどうのこうのと、いかに旧家であれども、継母に虐待されていたらそれどころではないし、そんなもの、価値がないと思うのも当然です。
父の父は、つまり父方の祖父は某議員さんの後援会長をしていてあちこちに顔が利く人でした。でも家庭を顧みない。子どもの世話や教育は、後妻、つまり父から見て継母まかせでした。父子で四季折々のしきたりを一緒にやることはなかった。継母はそういうことを気にする出自や性格ではありません。己の立場と己の産んだ息子と祖父のお金だけを大事にする人でした。その結果、どうなるかはもうわかるでしょう。
父の実母が早世しなかったら、父もあんなふうにはならなかったと思います。祖父母たちは従妹同士の結婚でした。でも祖父はそれが嫌だったようで、産褥期で伏せっていた祖母を早々に見捨て、妾を神社の裏に住まわせていました。当時は妾ではなく、「てかけ」 さんと読んでいたようです。手を掛けるという意味だと推察しています。これらは父方からの親戚から聞きました。祖父の後妻は長居公園の元花売り娘だったらしいが、某まで売っていたかどうかはわかりません。でも囲われてこの人を絶対に逃すものかと決めていてその通りにしました。祖父も親戚一同がどう諫めても別れず、祖母の死後はそのまま家に引き入れて住まわせました。後妻は自動的に父の継母になった。その結果、家が絶えました。
私はそんな父に育てられたので伝統を正直大事と思わない。伝統を大事にするような旧家は、同じような旧家で家系的に傷がない結婚相手を求めるのも今にしたらよくわかります。たとえば神社仏閣の家系であれば、似たような家から相手を選ぶなども、継承を重視するなら非常に合理的です。家柄を重視する人は多分そこも見ているはずです。先祖に申し訳ないなどという感情があるし、家柄の認識、価値観があう。
もちろん今は令和の時代で誰しも平等ですので、家系を大っぴらに鼻にかけるようなふるまいは、逆に人格を疑われます。でも今なお、あるにはある。どんな未来になろうとも、伝統を重視する人がいる限り、存続はする。それは貴重で残せるなら残しておくべきだと私も思います。同居人はそれを皮肉にする。
「伝統を大事に思ってるけど、我が家に関して実行はない」
私は気弱です。
「お正月や、お盆、彼岸などは、最低限のことはやってるよ……本気で昔方式なら旧暦でやらなきゃいけないし、順番がややこしすぎるし……」
一度、どこがどうややこしいか、イチから書いて文章に残しておくか……悪嫁なりに。いや、そこのところ、悪いのは全部私だから。




