表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/95

第二話・嫁入り道具


 私が結婚した時は三十六才でした。相手は四十才代。過去エッセイを読んでくださる方なら、同居人の田舎育ち田舎住まい、専業農家の長男、高卒というデータを覚えておられると思います。私は過干渉な母がうっとおしくて海外とまでいかなくても、できるだけ遠くに嫁ぎたかったという本音は隠して実行しました。


 実家の母はこの結婚に反対でしたが、私は平気でした。母だけが親戚を巻き込んで結婚するなと騒いでいるだけ。父は寡黙な人で好きにしなさいというだけ。着々と準備をすすめる私に母は仕方なく許してくれた……と思いきや、今度は反動で、ものすごくはっちゃけてしまいました。金銭管理は専業主婦の母にまかせており、私の通帳なども母に預けていたのですが(著者注:通帳は母を介して例の叔母が好きなように保険加入などの操作をしていたが未だに本体の通帳は返還されてない)、父名義の郵便貯金を切り崩してまで、以下のことをしました。

① 桐のタンス、新車、家財一式

② その中に詰めこむ着物一式

③ 家具一式

④ それらに全部赤白の布をかけて大阪から車を連ねて輿入れをしたい。


 大変ありがたいことですが、私のためというよりも、買い物好きの母がやりたいこと。私の意見や夫の意見をきかない。

 私は桐のタンスや京染の着物よりも現金がいい。買ってくれるなら車とパソコンだけでいいと母に言いました。お嫁入り道具の輿入れ……その時はすでに平成二桁でしたので、一体いつの時代だよっていうことです。新居は狭いのに、どこに入れるのか……無理やり入れましたがぎゅうぎゅう詰めです。

 そんなある日、母は実家にきもの屋さんを呼んで、八畳しかない和室に着物を一杯広げさせていました。母に帰って来いと呼ばれて一人暮らしの分譲マンションから実家に帰宅した私は、幸せそうに買い物を楽しむ母を見て唖然としました。かしこまっている、きもの屋さんを前に親子喧嘩勃発。

「着ないからいらないっていったでしょ。祖母の着物があるからもうそれでいいって」

「でも葬式の時は夏用と冬用も必要でしょ。いいお仕立てでないと嗤われるわよ」

「葬式用の着物? 夏用と冬用? いいお仕立て? 私がそれ着るの? 絶対に、いらない」

 きもの屋さんがそばに控えているので、母は声には出さないで目で怒る。私は平気。というより、唖然とした。なぜそこまで着物にこだわるのか。

 母は私にいずれ子供ができたら、小学校参観に着物を着なきゃいけないからそのためにも晴れ着を一着という……そ、それ……一体いつの時代の話だよ……。子の参観日に晴れ着……。

 私はその時から母がおかしいと気づくべきでしたね……自己流の思考、昔ながらの因習にとらわれてそうすべきだと頭から信じている。お会計はその時点で百万を越えている。私はきもの屋にすべて不要だと告げました。

 きもの屋さんは経営者夫婦で来られていましたが、奥さんの方が商売に長けていて、私がはっきりそういうと、結婚する本人、着物を着る本人である私に背中を見せた。帰らない。母にばかり話しかける。母もまた私を無視して商談に入る。今なら私だってもっと強硬に帰れと言えますが、当時はまだ気が弱かった。未だに後悔の渦です。そして未だに、そのきもの屋の奥さんが大嫌い。私に背中を見せていたので彼女が着ていた毛糸のセーターの上にざっくりと刺繍された花のデザインまで思い出せる。


 私に無断で購入した桐のタンスは三本もあり、狭い家の中、未だ邪魔扱いです。当時はわからなかったのですが、娘の十三詣りの備えて着つけ教室に親娘で習いに行ったとき、先生に着物を見てもらったら、季節にあわせた着物はありましたが、それにあわせた襦袢(じゅばん=着物用の下着)がまったくなかった。

 新調の色留めそでは嫁ぎ先の家紋を入れるためにさすがに襦袢も誂えていますが、それらが役にたったのは初めての子どもの宮参りだけ。祖母や母のお古全般が丈が短くてあわない。わかりやすい言い方をすれば、数合わせだということです。

 きもの屋さんから購入したのは、すべて母の好み。とりあえずタンスの中は中古と母の注文した着物を入れて持っていきました。全部私のためという大義名分だけど、母が娘の嫁入りと称して大きな買い物をしたかっただけと思う。

 それも母が私のためを思ってやってくれたから感謝しないといけない。でも、いらいらする。こういう細かい悶着はそれこそたくさんあって、当時の婚約者から「悪いがきみのお母さん、おかしくないか」 と言われてしまいました。

 子も無事生まれた際に、一番大きな雛段飾りや一番大きなこいのぼりの購入にこだわり、同居人が母ではなく私の父に直接電話して断る事態になりました。母とて私の新居の狭さも知っているはずなのに、なぜそんなに大きなものにこだわるのか。

 親の子、子知らずとは言いますが、父の亡き後、多額の現金が入ってきたときは、母は再度はっちゃけ、宝石買いに狂いました。全部、娘のためという言い分でばんばん買うので怒りました。私の実妹Zも怒っていました。のちにZが母に、暴言暴力をふるう原因の一つになっています。

 立て爪といわれるデザインなんて時代遅れで誰もしない。私自身も医療職なので指輪いらない。何度も親子喧嘩しました。すると今度は孫娘のためにと買いだしました。正当な名目下で買う。己は買うと満足して一切使わぬところがイラクサです。母は他人との交流を望まず、しかも出不精なので宝飾品は買うだけで終わりなのです。それのどこが楽しいのか未だに理解できぬ。お似合いですという宝石屋のお世辞がいいのかな……。

 安くても小さくても自分で働いて金額は少なくても自分で選んだ宝石が一番大事です。母はお金を稼いだことは一度もないのに、父のなけなしのお金をそうやって使いました。


さて。嫁ぎ先には代々の嫁入り道具が収められている部屋があります。その中で手作りのタンスがありました。義母、またその義母のものです。持ち主が亡くなってもなお捨てられずに蔵の中にある。山の中の田舎の村の話。娘が生まれて嫁ぐその日のために、気長に桐の木を植えておく。嫁入り日が決まったらそれを斬り倒してタンスにする。大工、今で言うDIYを日々の農作業のあいまにやっていたという。義母は素人じゃけ、下手じゃろう、といいつつも、それらを案内して見せた顔は誇らしげだった。実物には牡丹か椿かよくわからぬ花も彫られていた。色も入れていない。義母の父や祖父はタンスを手作りし用意し、母親たちは蚕から糸を取り、染めて反物にし、手縫いで嫁入り用の着物に仕立て上げている。昔のはなしとはいえ、すごく手間がかかっている。義母の出産時は当時は嫁入り先の居間で産む習慣だったので、お産の間は男親たちは家に入れず土間でじっと待っていたという。すごく新鮮に聞こえる話ばかりだった。

 さてさて。私が輿入れに持参したあと、実家に帰るごとに母は周囲の反応をすごく聞きたがった。嫁入り道具を見た嫁ぎ先の皆さんからの褒め言葉をあからさまに期待していた。母が嫁ぎ先を田舎と見下しているのはよく知っている。よい着物と言われなかった? たくさんあるね、と言われなかった? ばかり。この母の態度は今にしても恥ずかしいと思っている。


 同居人はJの悪行を知った今、よくそんなんで金持ちになってこちらを見下したよな? とあきれられたかな。Jたちは大阪の土地価格から見たら、私の嫁ぎ先の田舎山の価格なんか二束三文だろうとまで笑われたし。同居人はそれをしっかりと覚えている。母方の親戚達が私は恥ずかしい。離縁されぬだけましだと思っている。

 着物が詰まった桐のタンス……開け閉めするたびに、母が私を思って用意してくれたという感謝の気持のほかに、こういった複雑な思いも喚起されてしまう。私の娘は着物いらないっていうし、まさにタンスのこやし。実妹Zにあげてもいいですが、Zは祖母の着物全部私の荷物に持たしやがってと母にお金を要求したので現金をあげたと聞いています。それにZは、同窓会や記念行事での花束贈呈役などの場所でしか着ない。元々見栄っ張りな性格で新調にこだわる。Zが昭和の古い着物を大事に着てくれるとはとても思えない。

 まあ母の存命中は置いておくつもりです。桐の箪笥は子供たちが大きくなりどうにも手狭になったので、今年になって一つ処分しました。最初から邪魔だった。使う本人つまり私たちの意見を聞かず知らぬ間に母が購入したものだ。新居の玄関から入らない大きなサイズでクレーンで窓から釣って入れた。クローゼットがあるとあれほど言ったのに母のこだわりが強硬突破した。嫁入り箪笥を持って行かないと恥ずかしいといって。中身は古い着物と母が気に入った新調の着物でいっぱい……案の定まったく活用していない。箪笥には気の毒なことをしたが処分して正直せいせいした。まったく後悔はしていない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ