おやすみなさいが言いたくて
※メリーバッドエンドです
嫌な予感がする方、↑の意味がわからない方には
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吸血鬼が人を治めるなんて、と、はじめは周り中から言われた。人の血を糧とする吸血鬼。それにより治められる人の国なんて、牧場とどこが違うのだ、と。
統治を始めた当初は、国外はもちろん国内からですら、盛大な反発を受けた。およそ、二千年ほど前の話だっただろうか。今となっては反発もほとんど収まり、偏屈な反吸血鬼論者が声高に危機感を煽ろうとするばかりだ。
やることなすこと批判された過去を、思い返すと懐かしい。
吸血鬼のための法を整備すれば、やはりバケモノのための国を造るのだと謗られ、人のための法を整備すれば、甘い顔をしても騙されないぞと言い掛かりを付けられた。
他国との会談や他国への訪問も恐ろしく取り付けにくく、ようやく会談に漕ぎ着けて無事終えても、洗脳でも使ったのではと疑われた。
それでも諦めずに上に立ち続けて、少しずつ認められ始めたのが、十年後。私もだが、よくまあ人間たちも、反乱を起こさなかったものだ。反発はしても面と向かって戦うのは怖い、と言う話だったのだろうが。
それから十年、二十年と経ち、私が国を治め始めてから私の国で生まれ育った子らが社会に出始めると、私と言う統治者を当然のように認める者も増えて行った。意識の改革が、進んだのだろう。
統治開始から数百年も経ったころ、いつの間にか世界でいちばん人と吸血鬼に住みやすい国の名を獲ていたことに気付いた。
古代種の吸血鬼である私は、眠らないし、死なない。人よりずっと優れた頭脳を持ち、人よりずっと乏しい感情を持つ。吸血以外に対する欲は薄く、名声も富も贅沢も必要としない。統治者として、なかなか優秀とは言えないだろうか。
時に、冷たい、と批判されることもあったが、次第に人の機微を理解して行き、冷たいと言われる回数も減った。
秘書や要職には吸血鬼を置いたので、政の回りも早かった。古代種ではないので死ぬときは死ぬが、ほとんど睡眠を必要としないし、欲や感情で目を曇らせることもない。
ああ、軍のトップだけは古代種の吸血鬼が就いた。警察も兼ねる国軍は、ヤツの働きで随分と優秀になったようだった。……なにか大きな事件や事故が起こるたび、自ら出向いて行くのはどうかと思うが。
私が考案した制度のなかには、他国に取り入れられたものも多い。
吸血鬼の扱いに困っていた国は、意外に多かったようだ。
特に普及が早かったのは、パートナー制度だろうか。パートナーとして国に認可された相手以外の人間からの、吸血を禁止する制度だ。もちろん同時に吸血鬼をフォローする制度も整えており、我が国では人の血液が販売されている。日々捨てられ続ける輸血用の血液を、吸血鬼用に流通させたのだ。それ以外にも、牛や豚と言った、家畜の血液も流通させている。こちらも、元は屠殺場から廃棄されていたものだ。
……べつに、人の血でなければいけないと言うことはない。なんの血を好むかは、単に好みの問題だ。人間だって、そうだろう。トマトが食べられる植物で栄養価が高いことと、トマトを美味しいと感じるかは、別問題なんじゃないか?
吸血鬼を縛る法は、もちろん多くの吸血鬼から反対された。だが、同時に多くの吸血鬼から支持もされた。縛ることは守ることに繋がるからだ。吸血鬼の行動に制約を作る分、私は吸血鬼の保護にも努めた。無作為に人を襲わせない代わりに、人も吸血鬼を害してはならないとしたのだ。無論これも、こちらは人から、猛烈な反対を受けた。
吸血鬼など信じられるか。私に喰って掛かった吸血鬼狩りの形相は、お前こそが鬼ではないかと言いたくなるほど苛烈なものだった。
だからこそ、私は法を順守し、人を利する行動を取り、我が身をもって吸血鬼の安全性を訴えた。
死なない私こそ、矢面に立つに相応しいだろう。
傲慢な古代種はさておき、多くの若い吸血鬼は、むしろ人以上に、争いなど好まないのだ。
最低限の血さえ得られさえすれば、あとは静かに暮らしたい。そんな平和主義な吸血鬼たちは私の政策を支持し、こぞって私の国に移り住んだ。ときには彼らを理解し、支えるために血を差し出すパートナーと共に。
そんな移住もまた、私への批判のタネにされたことは皮肉な話だが、しかし私が平和主義の吸血鬼を利そうとしたことに間違いはないので、その批判は甘んじて受けた。
そんな風に、また千年、続いて行くと思っていた。
今、この瞬間までは。
向けられた剣先を見つめ、首を傾げる。
血縁を結ぶために使った、銀の刃。私と彼の血を吸った、この世界で唯一、私を殺し得る武器。
「……私を殺せば、あなたも死にますよ?」
彼は初めて会ったときと変わらない、無垢な少女のような顔で、頷いた。
「覚悟の上です」
そんな覚悟をさせるなにを、私はしてしまっただろうか。
「どうして?」
「あなたは悪くありません」
彼は少し申し訳なさそうな顔を作って、私に身体を寄せた。柔い喉笛を引き千切るくらい簡単な話だったが、そんな気は起きなかった。
どんな理由であれ、彼が私を殺すと言うなら、従おう。それくらいには、彼に情があった。愛していた。おそらく、この世界で唯一無二に。
「わたしの、我が儘なんです。ごめんなさい」
「良いですよ」
すべらかな頬に指を滑らせれば、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。二千年経っても変わらぬ、初々しい反応だ。
「あなたが望むのならば、なんだって喜んで叶えましょう」
そんな彼だから、二千年も飽きずに口説き続けてしまったのだ。
彼が私の目を覗き込む。
「本当に?死んでも、良いと?永遠の命を、わたしのために不意になさると言うんですか?」
「あなたもすぐ、追いかけてくれるでしょう?」
「ええ。もちろん」
迷いもなく、彼は頷いた。それで、満足してしまった。
良いじゃないか。もう、十二分に生きた。
「でしたら、問題ありません」
ああでも、心残りがひとつ。
「ただ」
「ただ?」
「可愛い恋人の我が儘の中身くらい、聞かせてくれませんか?」
懇願すれば、彼はくすりと小さく笑った。
「怒りませんか」
「怒りませんよ」
彼は私の首に刃を滑らせながら、耳許でそっと囁いた。
「あなたに、おやすみなさいが言いたくて」
柔らかい唇を頬に落として、彼は私に微笑み掛けた。
慈しみに溢れた瞳で、愛情に満ちた声が落とされる。
「おやすみなさい、いとしいひと」
彼の手が、優しく私の頭を撫でる。その手に溶かされるように、私は目を閉じた。
目を閉じても、彼の温もりを感じる。消え行く意識を、彼の静かな鼓動の音が導いた。
生まれて初めて訪れた眠りは心地好く、とても安らかだった。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
元々はもっとちゃんと前後関係を埋める予定でいたのですが
語らなくてもこれはこれで良いのでは……?と思って上げてみました
流れが唐突に感じられたら申し訳ありません
前後はどうぞお好きにご想像下さいませ
ジャンルを想定して書かないせいで
いつもジャンル選択で途方に暮れます
もし、いやこれはこっちのジャンルじゃない?などの意見がありましたら
感想欄でお教え頂ければ幸いです
あなたの口にされるおやすみが、幸せなものでありますように