非日常のなかの現実
きっとこの物語はハッピーエンドであって欲しいな。
大切な人が失われることなく、また日常に戻れればいいのに。
パソコンから顔を上げて、窓を見ると外はもう暗くなっていた。
「もう、こんな時間か」
いつもならもう少し残業してから帰るところだけど、今日は一日中家で仕事。
いわゆる、『リモートワーク』というやつ。
私は、会計関係と在庫情報のデータ管理の社内用プログラムの修正と、一部データの打ち込みがタスクになってる。
社内チャットに通知が入った。
『終業時刻となりました。作業中のデータを保存し、簡易報告フォームへ本日処理した内容をご記入ください。皆さま、今日もお疲れさまでした。』
入力を終えて、パソコンの画面を閉じた。
「いつまで、こんな生活が続くんだろうなぁ」
小さくため息を吐きながら、私はキッチンへ向かう。
1Kで風呂トイレ別の小さなワンルームマンション。
アクセスもさほど悪くないし、そこまで困ってなかったけど、1日中ここにいるってなると辛いものがある。
まぁ、化粧をしなくていいのは楽だからいいけど。
薬缶を火にかけて、戸棚から安っぽい紅茶パックを取る。
リモコンでテレビをつけると、ニュースをやってた。
あぁ、また、新型ウイルスの感染者数と政府の対応の話か。
チャンネルを変えると、有名なコメディアンの追悼番組をしていた。
彼が感染したとの報道から、ほんの数週間で重篤化し、亡くなられてしまった。
正直なところ、実感がない。
また年末年始の特番に、ひょっこり出演するんじゃないか、とすら思うほど。
チャンネルを変えると、スポーツニュースをやってた。
野球には興味がないものの、重いニュースから逃れたかった。
……が、こちらも新型ウイルスがテーマだった。
ある選手が感染したとかで、球団の対応が報じられている。
興味がないものの、チャンネルを切り替えるのは放棄して、沸いたお湯をカップに注いだ。
カップの中が茶葉の色に染まる瞬間を見るのが、好きだった。
カップを持ってキッチンから部屋に戻り、クッションの上に座った。
ふわふわで触り心地のいい、たれ目の動物のクッション。
半年くらい前に、彼氏と飲みに行った帰りに寄ったゲームセンターで取ってもらったものだ。
どことなく彼に似てる気がして、面白いので尻に敷いている。
ふと、スマホで彼にチャットを送ってみる。
付き合って1年ちょっとだけど、最初のころみたいに電話する頻度が上がったここ数週間。
こっちから電話するのはちょっと悔しいけど、一日中誰の声も聞かないでいると、なぜか不安になる。
ノアの箱舟みたいに、この部屋だけが切り落とされて世界を漂い、しばらくして外に出ると、そこは何も無くなってたりしそうで。
誰かと繋がっていることを確認したくて。
誰かに必要とされていることを感じたくて。
そう思っていると、彼の既読がついた。
数秒後、クッションのキャラクターと同じスタンプが送られてきた。
それを見て、私はすぐに彼に電話した。
あーあ、今日も私の負けだ。
また私のほうから電話しちゃった。
そう思いながら、彼の声を聞いて頬が緩んだ。