3話:出立とトカゲ駆除
翌朝、ヴィットリオとフランは旅立つために村の門まで来ていた。試練のため、盛大な見送りなどはなく、ビアンカとリーリア、リーシア母娘だけが来ていた。
ビアンカが責任者として真面目な表情と口調で二人に説明する。
「試練はエルフの森までの嫁取りだけれど、いくつかの条件があります。知っている通り、他の龍の力を借りてはいけない。空を飛んではいけない。そして、街道にでたら普通の人間と同じ手段で移動すること。龍の力で疾走したら周りの被害が大きくなりますからね。最後に、路銀として里から渡すのは金貨五枚。不足した時には法に触れぬようになんとかしなさい。質問はありますか?」
「あの馬車を持ち出すことはできますか?」
フランがかつて自分たちが里に来た時に使った帝国謹製の馬車をさして尋ねた。それについて顔をしかめられる。
「ダメです。まず、引く馬がいません。そして、目立ち過ぎて試練以上の問題の種にしかなりません。最後で一番大事なことですが、ここから馬車を持ち出すにはどう頑張っても空を飛んで運ぶしかないので、どうやっても条件を破ります」
「仕方ありませんね」
回答を聞いてフランはあっさりと引いた。元から期待していなかったが一応聞いてみるくらいの感覚だったのが一目瞭然だった。
「ヴィーも準備は大丈夫? 忘れ物してない?」
「大丈夫。荷物はちゃんとマジックバッグに入れてあるよ」
軽装の鎧と剣、小さな鞄しか持っていないように見えるヴィットリオだが、柔らかな笑みでリーリアに答えた。古龍が人間状態の時に使う鞄は全てマジックバッグ、容量無制限の魔法の鞄であるために入れてあるという言葉に間違いはない。着替えや生活雑貨、数日分の食料に採集道具など旅に必要な物は全て準備済みである。
「ヴィー、こっちに来なさい」
「なんです?」
フランと話していたビアンカがヴィットリオを引っ張っていき、フランはリーリアを足止めするように立ちふさがって話しかけた。
「武器はちゃんと管理しなさいよ。とりあえず、一度抜いてみなさい」
「え? 分かりました」
小声ならリーリアに聞こえない距離まで離れたビアンカはヴィットリオに言いくるめるように指示を出した。それに疑問を浮かべながらもヴィットリオは剣を抜いた。
リーリアの乳歯で作られた剣は、磨きをかけられて一層の輝きを放っていた。ただし、どす黒い靄のような形で刀身にまとわりつくエフェクトのせいで、完全に魔剣か呪われた武器にしか見えなかった。
「分かってはいると思うけれど、それは絶対に人に持たせてはダメよ。ただでさえ愛が重……情念が深いブラックドラゴンが精魂込めて磨き上げた逸品だからね。下手すると持った瞬間狂い死ぬわよ」
ビアンカがリーリアに聞こえないようにヴィットリオに伝える。言っている内容は、200年も逆光源氏を進めている自分を棚に上げた内容であるが、本人は自分はそこまで重くないと思っているのだった。
実際に所有者を限定する呪いが付いた武器と言われたのに、ヴィットリオは笑って柄を軽く撫でた。
「リーリアが僕を思って自分の牙で作ってくれた剣ですからね。そうそう誰かに渡したりしませんよ」
「……今の話を聞いてそういう答えが返ってくるのは予想してなかったかな。うん。気を付けて行ってらっしゃい」
苦笑いを浮かべると、ぽんぽんとヴィットリオの背中を叩いて送り出す。ちょうど話を終えたフランもリーリアのしかめっ面に追い出されるようにしてヴィットリオに合流する。
「じゃ、行ってきます」
「はい。ケガしないようにね」
近くに散歩に行くような気楽さで挨拶をすると、里の外の大森林へ向けてヴィットリオとフランは大きく跳躍した。
飛んではいけないとは言われたが、跳んではいけないとは言われていない。とんちのようなことだが、普通に歩いたのでは里から森を抜けるまで何か月もかかってしまう。それゆえまず最初に知恵を試されていると言っても過言ではなかった。
大樹から大樹へと跳びながら外周の街道を目指して進んでいく。
「さて、フラン、まだ大丈夫?」
「もちろんですとも。今日のうちに森の街道まで抜けておきたいですね」
実際に街道から里までの距離を体感しているフランとしては、今日のうちに街道まで出るのが最低目標であった。その理由としては、森の中で野営するよりも街道まで出た方が野営するにしても楽であったからである。大型生物は二人の気配に怯えて出てこないとしても、不快な虫は湧いてくるので少しでも虫から逃げられる街道の方が良いと思うのは当然だった。
「ん? トカゲが何か襲ってる?」
大樹から大樹へと跳びながら街道へ向かっていると、街道でレッサードラゴンが襲撃しているのが見えた。街道である以上は、そこを通っている旅人であるのはほとんど確定である。
「ここにいるトカゲたちはドラゴンを恐れて人間を襲うことはありませんが、よそものでしょうか」
「何にせよ、困っているなら助けないと」
「そうですね。助けてもらったら、次は助ける側にならないと」
二人は急いで街道へ向かった。
【街道SIDE】
「お嬢様を守れ!」
護衛の騎士が声をあげ、街道の横から襲って来たドラゴンの注意を馬車から逸らそうとする。だが、馬車を引いていた馬がドラゴンの気配でパニックとなり暴れて横転してしまった。さらに、横転で怪我をした馬の血の方がドラゴンの注意を引き付けてしまっていた。
「くそっ!」
一人の騎士が前足を切りつけるが、固い鱗に弾かれてしまう。それどころか、ドラゴンに前足で薙ぎ払われて吹き飛ばされると、二度三度バウンドして動かなくなる。
「お嬢様、お逃げください!」
騎士の声に馬車の中から馬車を叩く音が聞こえるが、悲しいことに横転して扉が開かなくなった馬車から出てこれる人物はいなかった。
ドラゴンが舌なめずりをして馬車へ向かって一歩を踏み出す。騎士たちが守りに入ろうとするが、咆哮一つで体が震えて動きが止まってしまった。
ここまでかと騎士たちが思った瞬間、空から落ちてきた何かがドラゴンの頭を切り落としたのだった。
「は?」
思わず騎士の口から間抜けな声が漏れた。自分たちが全く相手にならなかったドラゴンが瞬く間に始末されたのもそうだが、首を切り落としたのが軽装の若者だったからだ。
「さて、今のうちに血抜きしなきゃ」
そんな騎士たちの感情は無視して、ドラゴンを殺した若者、急行してきたヴィットリオは食肉処理として、心臓がまだ動いているうちに魔法を使って血を抜き取った。抜き取った血をそこらに捨てるとまずいと教えられているので、バッグに入れていた採集道具の中から魔法の薬瓶を取り出すと瓶詰にしてバッグに収納する。
「とりあえずは、これでいいか。フラン、そっちはどう?」
「死んではいませんので、何とかなりましたよ」
ヴィットリオの声に答えたフランの声に騎士たちがふり向くと、先ほどドラゴンに吹き飛ばされた騎士の隣でフランが治癒魔法を使用していた。魔法の光が収まると倒れていた騎士がゆっくりとだが起き上がろうともがき始める。
「き、貴殿らは……」
「あの馬車の人は助けなくていいの?」
騎士たちの中で一番偉そうな人物がヴィットリオに話しかけたが、ヴィットリオの言葉で我に返ると慌てた様子で馬車に駆け寄っていく。
「お嬢様! ご無事ですか!」
騎士たちが馬車を起こそうとしている間、ヴィットリオはサクサクと食肉となったレッサードラゴンを収納していくのだった。
息抜き作品なので更新速度は気分次第になります。