2話:古龍と打ち合わせ
我が家の様に親友の家でどかっとソファーに座ったビアンカは他の皆が不承不承でも座ったのを確認して口を開いた。
「さて、ヴィーとフランは明日里を出る訳だけれど、その理由は分かるわよね? リーリア?」
名前を呼ばれたリーシアの娘、リーリアは心底不機嫌そうになって口を開いた。
「ハイエルフの森に婚約者を迎えに行くんでしょ。龍神様が成人の儀式として指定したから、空を飛ぶことも他の龍の力を借りることも厳禁。戻るまでちょっと時間がかかるっていう旅よね」
「そう。だから、明日からは私もシアもリーリアも手を貸せない。でも、準備は手伝ってもいいって言質を取ったから、装備品をしっかりと準備したの」
ビアンカの発言にリーシアは頭を押さえて呻いた。
「いつの間に龍神様からそんなお言葉をいただいたのよ……」
「龍神様と私は友達だもん。やっぱり伴侶は自分で好きなように育てるといいわねって、盛り上がっちゃってさー」
「はぁ? 誰があなたの伴侶よ。ヴィーは私の夫なの。お母さんと同い年のおばさんは私の慈悲で愛人くらいを許してあげるだけでしょ」
ビアンカの言葉にリーリアが噛みつく。けれど、ビアンカも笑うだけでまともにとりあわない。それが気に入らないのかリーリアが更にヒートアップしていくのを見てリーシアの方がため息をついた。
「娘と親友が同じ人に嫁ぐなんてロマンチックなんだけどねぇ。ケンカばっかりで大丈夫なのかしら」
「ビアンカもリアもじゃれてるだけですからね。何だかんだで仲良しですよ」
ヴィットリオが言いあう二人を見て笑っているが、フランは今更ながら現状に首を傾げた。
「……人間の常識で言えば、娘と親友が同じ人に嫁ぐとか普通はありえないし、愛人や寵姫の派閥争いなんて普通なんですけどね。ドラゴンの常識に慣れ切ってしまったのは良かったのか、悪かったのか……」
フランがぶつぶつと言っている間に二人のじゃれあいもあらかた終わって、突っかかっていったリーリアが肩で息をしている。
「龍神様の指示じゃなければハイエルフの嫁なんて取らせないのに。っていうか、ヴィーにエルフの婚約者ができた理由はビアンカが私を置いてヴィーだけをエルフの森に連れて行ったからじゃない」
「外交だからね。それでも正妃ではなく序列なしにしたのは褒めてくれてもいいと思うんだけど」
また言い争いが再発しそうだったが、二人を笑ってみていたヴィットリオが首を傾げる。
「それで、どんなものを準備してくれたの?」
その言葉に二人ともころっと態度を変えて、自分がどれだけすごい物を準備したのか自慢が始まった。
「私の鱗を使って、旅に耐えられる軽くて、丈夫で、見栄えする鎧を準備したわ。私の鱗だから白銀に光って、ぱっと見ただけだと金属鎧に見えるから目利きできる注意が必要な人間とどうでもいい人間を見分ける道具にもなるのよ!」
ビアンカが胸を張って自慢する。それに対してリーリアは少し自信なさげだった。
「ヴィーが今使ってる剣って、私の乳歯から作った剣だからもっと良い歯で作りなおそうって思ったんだけど、ヴィーが大事に使ってくれてるのが分かってもっと大切にしてもらいたいなって手入れだけしっかりとしておいたの」
くねくねと悶えながら早口で言い切ったリーリアの頭をヴィットリオが撫でると、恍惚の表情で立ち尽くしてしまう。
「ありがとう、リア。あの剣は大切な繋がりだからね。リアもそう思ってくれると嬉しいよ」
「えへ、えへへへへ」
ビアンカは無言で二人に近づくと、リーリアをヴィットリオから引きはがして自分と共に座らせた。そして、荘厳な雰囲気を作ると、半ば呆れた表情で見ていたフランに声をかけてリーリアが抗議できないように話を進める。
「フラン。いえ、私の眷属、フランチェスカ。この試練は二人で一つの課題をこなすもの。元が人間だから特例で認められたこととはいえ、私の眷属として恥ずかしくない結果を残しなさい。……旅の間の抜け駆けは絶対禁止だからね。協定の第三条はしっかり守りなさいよ?」
ビアンカの言葉で恍惚から復帰したリーリアも睨むようにフランを見つめながらこくこくと頷く。二人から見つめられたフランは目を泳がせて白々しく笑った。
「も、もちろんですよー。私はヴィットリオ様の従者ですからー」
「こっちを見なさい。あの馬車に積んであった荷物に、使用人と主人の秘めた愛のどぎついエロ小説があったのは知ってるんだからね」
「私は若様が生まれた瞬間から知っております。それゆえに若様が望まれることがすべてに優先でございますので」
ビアンカの追及に態度を変えてフランはにやりと笑う。けれど、フランの態度に何かを感じとったのか、リーリアが張り合うように叫んだ。
「私の方がヴィーとは一緒だったもん。一緒に育ってきたんだからね!」
いわゆる乳兄弟の関係である。それ故にリーリアもヴィットリオに独占欲を感じるのだけれど、一夫多妻が普通な龍の文化では抑えなければいけないと自制しているのだった。これが一夫一妻が普通な社会であれば刃傷沙汰まで行っていたので幸いだったかもしれない。
「出立前日なのに、いつもと同じで騒がしいわね」
「でも、いつも通りで安心しますよ」
ため息を吐くリーシアに対して、ほほ笑んで動じていないヴィットリオは大物だった。まるで貴公子のような態度である。好かれるのも当然とリーシアが思うように、ビアンカもヴィットリオの顔で思いだしたことがあった。
「で、昔に聞いた時内容はヴィーに伝えているの?」
「ご自覚を持っていただくためにお伝えしております」
ビアンカがフランに尋ねたことに、ヴィットリオは首を傾げてこともなさげに言い放った。
「生まれが帝国の皇太子だってこと? でも、もう帝国は崩壊してるし、帝国の後継の国ができてるんでしょ? 今更、名乗り出たって信じてもらえないって」
「まあ、そうでしょうね。人の寿命から考えれば、孫の孫の孫の世代よりも離れるもの」
ヴィットリオの発言にリーシアが頷く。室内に居る中で、子持ち主婦という一番人生経験積んでいる存在なので説得力があった。
「信じてもらえなくとも、礼法だけはしっかりと学んでいただきましたので、下で貴族に招かれても対応は大丈夫でしょう」
「元貴族令嬢のフランがそう言うなら、他の龍の様に人の社会でもめ事を起こすこともないか」
「しがない子爵家の出でしたが、宮殿での礼法は間違いないと自負しております」
フランは帝国子爵令嬢であった。宮廷で皇太子の世話を出自の怪しい人間にやらせるわけがないのは道理である。
「むー。しばらく会えなくなるんだから、ヴィーもフランももっと遊んでよ! ねー?」
「そうだね」
二人が話している間に密かにヴィットリオに抱き着いて、頭を撫でてもらっていたリーリアが声をかける。二人の視線を集めるのに成功すると、ヴィットリオには見えないように勝ち誇った笑顔になる。
そこからはリーリアの反対側にフランとビアンカのどちらが抱き着くかの熾烈な争いが始まった。苦笑するヴィットリオと頭に手をやって悩むリーシアも含めて、いつもと同じ時間が流れたのだった。
ストックが切れたので、またお待ちください。プロットはできているのです。
次回更新は、邪神様の方が先になるはず……。